それからのこと
いつの間にか昇っていた朝日で僕は目が覚めた。昨日、あんなことがあったのに寝てしまった僕になんだか腹が立ってしまう。
慌てて横を見るが、いつも横に居てくれる人は居ない。血で濡れたライ兄の荷物だけが置かれている。ライ兄の荷物と一緒に置いてかれた。そんな恐怖が心の底の方からが出てくる。
「起きたのか?」
不意に前方から掛けられる優しい声と眼差し。昨日、色々とお世話になったユキミ・クロツキさんだ。カイナの出身だそうだ。もしも、ライ兄が側に居たらカイナについてカイナの英雄たちを絡めながら教えてくれただろう。
「アレンさん起きたんすか。朝飯出来てますよ。ユキミの姉御もどうぞ」
次に、声を掛けてパンと卵焼きを渡してくれたのは、とても親孝行な元盗賊のブロイシュ・イーガンさん。彼は盗賊をやっていたとは思えないほど腰が低く、僕にも敬意を持って接してくれるとてもいい人です。
僕は年上の人に敬語を使われるのは慣れていないせいか、凄く緊張してしまう。ライ兄みたいに気軽に話しかけてくれるほうがとても嬉しい。
「アレンさん、食べないんですか?」
もう一人僕に敬語を使ってくれるベーデ・ルーデェクトさん。昨日、兄弟なのにブロイシュさんと何故ファミリーネームが違うのかを聞いてしまったら色々と複雑な家庭の事情があるそうだ。あまり触れて欲しくないことを聞いてしまったらしい。凄く動揺させてしまった。人の家庭の事情には気を付けよう。僕とは違って、ライ兄ならば絶対にこんな失礼な質問はしないだろう。
「あっ、あの…。いえ、いただきます」
どう聞けばいいのか分からない。ライ兄はどこ?そんな簡単な質問で心の中にある一番聞きたいことが聞けない。ライ兄が居ないとやはり僕はだめなんだ。
昨日ライ兄が倒れた後、急に僕の剣が輝いた。
多分、ペグレシャンが何かしてくれたんだと思う。
光が消えたら黒い服を着ていた人たちも 消えていた。残っていたのは、地面に血塗れで倒れているライ兄と元盗賊さんたちとユキミさん。
状況が分からない僕たちに、とにかく場所を移そうとユキミさんの冷静な判断で、今居る森の拓けた場所に移動した。ライ兄を連れて。
僕は薄情にもそこで苦しむライ兄の最後を見ずに寝てしまった。ユキミさんにお前に出来ることはないと言われ、医術を少しだけ勉強したことのあるというベーデさんの緊迫した声を震えながら聞いていたが、いつの間にか寝てしまっていた。
ライ兄が居るはずの赤く染まる地面に目が惹かれる。ライ兄がどうなったの、とても聞きたくてとても聞きたくない。僕の知らないうちにライ兄は地面の中に居るのでは無いか。
そう考えるとこの人たちの優しい気遣いが、僕にとってはとても気持ちが悪いものに思えてしまう。
せっかく貰った朝食、食べれるだろうか。
僕の周りにいる人たちがとても怖い。この優しい人たちと一緒に居ることが。
やっぱり、僕は“同士殺し”なんだ。あの時、ライ兄の誘いを断るべきだったんだ。朝食なんかのんびり食べていて良いわけがない。この人たちと一緒に居るべきではないんだ。
そう考えると涙が出てきそうになる。無理に手に持っているものを口に入れる。泣いたらいけない。また、人の同情を貰ってしまう。ライ兄みたいに…。
木製の板が鳴る音が静寂に響き渡る。昨日、ユキミさんが即興で作って仕掛けたナルコとかいう道具だ。ユキミさんが剣を取る。
「ドワッ!イッタ~!ツゥ~、何だこれぇ?」
聞き慣れた声がした。お腹を擦りながら立ち上がる見慣れた姿。今の僕が一番聞きたかったもの、一番見たかったもの。
「お前か。声が大きい静かにしろ。昨日のを呼び寄せたいのか」
「ツゥ~イテ~。そいつは失礼しました。こんな訳わかんないもんがあるとは知らなかったもんでね。おっ、起きたかアレン」
痛みで少し歪んでいる見慣れた苦笑を浮かべてくる人。
駄目だった。また、泣いてしまった。
「おい、男だろ。泣くなよ~」
泣きたくなんてない、けれどもどう言い返せば良いのかも分からない。頑張っても涙が止まることもない。
ゆっくりと側に寄ってきたライ兄に何も考えられず抱き着いた。
「アツゥ~!ちょっと落ち着けアレン」
結局、どうしようもない僕にはライ兄が必要なんだ。