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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戻しの命 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うう……ここ数ヶ月は出費がかさむなあ。知り合いの冠婚葬祭、ほっぽるわけにもいかないし、きついところよ。あーあ、どっからか臨時収入でも湧いてこねえかなあ。

 一応な、宝くじは買ってるんだ。10枚くらい。せめて払った分くらい、取り返せないかと思って。実際に一度、うまく運んだことがあってさ。それからはちょっとあてにしちまってる自分がいる。


 振り戻し。俺たちはよく、これを期待したり心配したりする。

 何かしらの形でバランスを取りたいと思うのは、自然の理らしいからな。浸透圧の話をはじめて聞いた時、「ほえ〜」と感心したものさ。

 ならば、振り戻しを失くすことができれば、俺たちは絶頂で居続けることはできるのか?

 これについて、最近ひとつの昔話を仕入れたんだ。よかったら、聞いてみないかい?



 むかしむかし。

 あるところでは、生まれたばかりの赤子を占い、その生涯における吉凶をある程度把握しておく、ならわしが存在したらしい。

 ある新婚夫婦も子を授かり、占ってもらったのだけど、示された結果はかんばしくないものだった。生まれた子供は、このままだと8つまで生きられないだろうと宣告されたんだ。

 占いは、あくまで起こり得る可能性を示したものだが、夫婦としては落ち着いていられない。

 事故に遭うのを防ぐため、その子をできる限り家の中から出さないようにした。やむを得ず外へ出る時は、片時も自分たちのそばから離しはしなかった。

 それでも、自らの足で立つ頃になって、子供はいやに咳が目立つようになってくる。更には血の混じったタンが絡むこともあり、親たちのおののきは増していくばかり。

 

 労咳(結核)ではないか。

 恐ろしい病の名が、親たちの頭をよぎる。もしそうであるなら、子供が助かる見込みはほとんどないだろう。件の占い通りの結果に。

 子供は身体のだるさを訴えることが、増えてくる。明らかなきざしに、両親は子供を連れて神職に携わる多くの人に、助言を求めて回ったそうだ。

 様々な加持祈祷は、一向に効果を示さない。しかし何人目か、己のまぶたを大きく腫らして、両眼を覆い隠している住職が、ひとつの対策を授けてくれたんだ。

 

 まず桶いっぱいの酒を用意する。種類は問わないが、量はそれなりに必要だ。

 次に、その中へねじった鉢巻きを浸す。頭に被せられるほど長いものを使い、半日は家の外で空気にあて、もう半日は家の中で家族の気にあてること。それを三日間繰り返す。

 最後は四日目の夜。酒をたっぷりと吸った鉢巻きをしめ、家より丑寅(うしとら 北東を指す)の方角へ2500歩進むんだ。これまでの手はずに抜かりがなければ、その場に、本来ならあり得ざるものあらわれるはず。それに触れてみよと。

 両親は律義に指示を守り、四日目の夜には子供を含めた三人が、酒の冠をかぶって歩くことができるようになっていた。

 目指すは2500歩先。村の柵を抜け出てしまうと、向かう方角は遮るものがしばらくない、だだっ広い荒れ地が広がる。三人は一歩一歩を踏みしめながら、ついに2500を踏みしめる地点まで来た。



 それはほんの一歩手前まで、何もなかった空間に現れた。

 鉢巻きから漏れる酒臭さがあたりを包む中、わずかに傾いた巨大な振り子が、ゆく手を遮るようにたたずんでいたんだ。

 カナヅチを思わせる形をした振り子の先端は、垂直よりもやや左に傾いている。そいつはわずかずつだが垂直へ向かって動き、そのたびに子供はせき込んで、口の端からたらりと血を流した。

 どう触れれば良いのか、両親にはすぐ察しがつく。彼らは垂直になろうとする振り子を跳ね返すように、反対側から腕を添え、体重をかけてぐいぐいと押していく。

 振り子は図体にたがわぬ重さで、親たちが二人がかりで押しに押し、どうにか一尺(約30センチ)ほどを、汗だくになりながら返したんだ。


 両親が振り子に力を入れ始めたときから、すでに子供のせきは止まっていたらしい。それどころか、久しく身体を蝕んでいただるさも、すっかり消え失せている。

 奇跡だ、と三人は顔を見合わせて笑い、この場を後にした。件の住職に例を述べたかったが、家族が向かったときにはすでに、彼は息を引き取っていたらしいんだ。

 両親は存命の間、少しでも息子が体調を崩す気配を見せると、すぐさま酒の用意を始めたらしい。例の振り子を押し戻すたび、息子の体調は回復していく。

 しかも何度も繰り返していくうち、振り子が軽くなっているかのような感覚もあったが、自分たちの衰えはそれ以上だったとか。


 やがて息子が老いた両親に代わって、この奇妙な儀式の手順を受け継ぎ、ひとりで振り子を操作するようになる。

 調子の良さをじかに感じられる本人が相手だと、振り子は両親以上に大きく傾けられ

 息子の手がギリギリ届くかという、地面とほぼ平行線のところまで、振り子は引き上げられる。

 そこまでいくと、身体は健康そのもの。三十になり、四十になり、やがて両親が世を去った歳を迎えても、彼は昔と変わらぬ容色であり続けたらしい。


 ただ、もしものときに備え、自分の子供に教えようとしたときに、それは起こった。

 無数に重ねた操作の結果、すっかり手ごたえが軽くなっていた振り子。それを彼自身がひょいと動かしたところ、思いのほか滑っていった振り子は、彼の手が届かない上空にまで持ち上がっていってしまった。

 やがて見えなくなる振り子を、あっけに取られながら見つめていた親子だが、「そのうち、また戻ってくるだろう」と思い直し、撤収した。

 それからの数日間、彼はますます年齢離れした発奮具合を見せたそうだ。それはまさに、死にゆく者の最後の輝きともいえたかもしれない。

 

 彼はこの四日後に亡くなった。

 不安になった子供が再び件の用意をし、夜に家を抜け出してかの場所へ向かってみると、ブワンと大きく風がしなった。

 見ると、父親が持ち上げた方向の逆から、空気を震わす勢いで、あの大きな振り子がやってきたんだ。子供の目の前を横切り、地面と平行になるところまでくるや、今度はひとりでに戻り、真ん前で静止。

 それはわずかなずれもなく、地面へ垂直に吊るされている。あわてて子供が振り子に取りつくも、ぴくりとも動かない。数日前に軽やかな滑りを見せたものと、同じものとは思えなかった。

 なおも力を入れようとして、子供の手からふっと感触が消える。かけた体重のまま、土の上に手と膝をついた時にはもう、あの振り子は影も形もなくなっていた。

 引き返した子供は、父親がすでにこときれて、家族に囲まれている姿を目にする。周りの床には大きな血だまりができており、話では急に激しくせき込んで吐血を繰り返すや、あっという間に命を失ってしまった……とのことらしいよ。


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