初めてのお茶会
前回までは、シュゼル(5歳)は悪役令嬢ことカトレア・リストヴェルム公爵令嬢(5歳)の誕生会にて5歳児とは思えぬ饒舌な挨拶と堂々とした(鈍感とも言う)カーテシーをかました。
第一印象がよかったのかリストヴェルム公爵に気に入られたシュゼルはカトレア嬢と両家公認の友人となり、美少女を堪能した。やばいやつ←
そして何か甚大なミスを犯した!らしい!
以上。
私は今、何をしているでしょうかァァァ!!!
正解はァァァ!王宮のお茶会に参加している!
でした!!!
とまあ、何故心の中が荒ぶっているのかというと、以前ならば王宮のお茶会なんて招待状が来るはずなかったことが原因。
いや別に王族=破滅フラグとは思ってないよ。ただ、王族=面倒くさいとは思っているけども。
なんてたってうちは由緒正しい弱小伯爵家ですから。王族からしたら歯牙にもかけない存在だ。だから、いくら王子達と歳が同じでも招待状なんて来ないと思ってた。
まあ、リストヴェルム公爵令嬢の友人なのだから来ないとも言いきれなかったけれど。
だからといって私は来たくなかった。選択肢があったとしたら断固拒否の一択だった。もちろん、そんなものありはしない。
実はあれから更に2年経ってて、私は7歳になっていた。カトレア嬢は誕生日がまだ先なので6歳だ。けれど、滑舌や人格はだんだんとしっかりしてきている。
そんなカトレア嬢は今では私の大親友だ。お互いの家を行き来するようになって、初めはカトレア嬢も弱小伯爵家の屋敷の小ささに驚いていたけれど(とはいえ、貴族家だけあって平民よりは何倍も大きい)、何回も訪れるうちに慣れたようだ。
実際、屋敷の大きさや部屋の広さは違えど、派手さ以外に貴族の屋敷で大きく違うことは無い。しいて言えば、うちの料理人は他の家より腕がたつ。前に私が色々と注文をつけたのだが、発想が画期的だとか褒められた。
画期的なのは現代日本であって決して私の発案などては無いとここで訂正しておこう。
冒頭へ戻る前にこの2年で私が頑張ったことについて纏めておこう。
1つ目ヴァイオリン。これは単純に前世でもやってみたかったことだ。幼い頃から習っておくとそれなりに弾けるようになるらしい。やってみたら、かなり難しいがそれなりには出来るようになった。
2つ目ピアノ。これも殆どヴァイオリンと同じ。それに貴族といえばピアノという安直な理由もある。こっちはなかなかせいかがでない。本当に難しい。
3つ目教養。これは前々から人前に出ても恥ずかしくないように行っていた唯一の勉強だ。礼儀作法や社会の簡単なルール、それから細かいマナーなどを母様に教えて貰っていた。
4つ目文字の習得。2年程前に紙とペンを手に入れるのに苦労したのはこれが関係している。
当時の私が書けるのは日本語だけだった。だが、使用人に見つからずに手に入れるのは不可能だ。迷った挙句に意を決して使用人に紙とペンはないかと聞くと、使用人は「ああ、お絵描きですね」と直ぐに用意してくれた。最初からそう言えばよかった。時間の無駄になった。
文字の習得自体には時間はそう掛からなかった。一種類の文字を覚えればいいだけなので日本語よりは簡単そうだった。
5つ目領地改革。化粧水を作り領地の門外不出の特産品にした。バカみたいに売れた。財政は立て直った。その資金で治水工事をした。喜ばれた。あと、化粧水を更に改良しようと思ってそれ用の商会も興した。
化粧水作りでは、医療用としてグリセリンはあったのだが、エッセンシャルオイルを作るのが難しかった。子供の頃ふしぎの庭ものがたり読んでてよかった。ハーブ系はあの本に何でも載ってる。
大量生産は難しかったから、希少品としてバカみたいな値段を付けた。公爵家を通じて王家にも取り入った。多分、お茶会はそれが原因。
でも、財政難を立て直すにはこれが一番簡単だったんだよな。一応、我が家は使用人とか解雇せずに借金もせずに、建前として最低限貴族らしい生活をしてたけど、さすがに誤魔化しが利かなくなってきていた。
一番大きいのは経営が出来る人が家に来てくれたことかな。旅の商人を土着させるのはそれなりに大変だった。化粧水をみせたら自分が売りたいって残ってくれたけど。
って訳で漸く冒頭へ戻る。
領地改革って思いっきり王族が興味持ちそうなことしかしてなかった。自分でびっくりした。
でもこれで地盤は安泰!誰に媚びなくてもいい!
「______って聞いてますの?シュゼル」
現実逃避気味に思考の海に沈んでいた私に、隣のカトレア嬢が声を掛けてくれる。
ごめん、何も聞いてなかった。
「失礼致しました、カトレア様。あんまり天気がいいのでついぼーっとしてしまいました」
そう言うとカトレア嬢は頬を膨れさせてそっぽを向く。
「何か私より気になることがありまして?」
これは完全に拗ねている。かわいい。
「カトレア様は殿下方のお傍へ行かなくてよろしいのですか?」
これは単純な疑問。
現在私とカトレア嬢は庭園の隅っこの目立たない所にいる。もちろん、王妃様や王子達への挨拶を早々に終わらせて移動してきた。いくら王様が婚約者を決める気がないとしても、折角のお茶会だ。お近づきになりたい者は多いだろう。
王妃様は先程、私に化粧水について2、3質問すると王宮へ引っ込まれてしまった。お陰で王子達がたくさんの令息令嬢に囲まれてる。まるで生け贄だ。可哀想に。
「なぜ私が殿下たちのもとへ行かねばならないのです?」
きょとん、という効果音が着きそうな表情で逆に聞かれてしまった。解せぬ。
悪役令嬢カトレアはキラキラした見た目が好きじゃなかったのか。王子達に恋するのはこのお茶会がきっかけではなかったか。
「ええっと、今のうちにお近づきになっておいたら将来婚約できるかもしれないかと思いまして?」
「なぜ疑問形なの」
カトレア嬢は呆れたように溜め息を吐く。
「ここだけの話ですけれど、正直に言いますわ」
「何でしょう?」
「私は殿下たちなど興味ありませんわ。あなたの方がよっぽど素敵ですわ」
私の頭に疑問符が大量に浮かぶ。
「私の方が素敵ですか?殿下方よりも?」
「ええ、そうですわ」
いや、解せぬ。何故、カトレア嬢は胸を張っていらっしゃるのか。くそ。可愛いかよ。
到着して直ぐに挨拶させていただいたが、王子達は(なんなら王妃様も)大変見目麗しい顏だった。エドワードは僅かに癖のついたイエローブロンドの髪に勝ち気なモーブ(菖蒲色に近い)の大きな瞳。好奇心旺盛そうな顔をしていた。
クリストファーは反対に癖のない、絹のように滑らかなシルバーブロンドの髪に理知的なピオニーパープル(梅紫色に近い)の真ん丸な瞳。
王妃様はクリストファーと同じシルバーブロンドだった。恐らくエドワードは国王様似なのだ。瞳は曇りのない真っ直ぐな群青色。芯の通ったような美しさを持つ人だった。
そんな生まれた時からキラキラオーラを纏ってそうなロイヤルジュニアより素敵だと言われてしまった。
もしかしてカトレア嬢、お友達フィルター掛かってる?
「しかし、カトレア様。殿下方とこのようにお話できる機会はそうそうありません。お二人共ご多忙でしょうから。折角なので私達もお声を掛けに行きませんか?」
別に王子達に興味がある訳では無いが、将来王妃になる可能性が高いカトレア嬢はきちんと会っておくべきだと思うのだ。
「あなたも一緒に来てくださるの?」
カトレア嬢の宝石のような瑠璃色の瞳が不安気に揺れている。
「ええ、もちろんです」
安心させるように微笑むとカトレア嬢の手を引いてエドワード第1王子の方へ向かっていく。
そこでふと、足を止める。
「シュゼル?どうかなさいました?」
お茶会の会場は王宮の東の庭園だ。屋外なので当然、遮蔽物もある。木の陰から争うような声が聞こえた気がしたのだ。
「カトレア様、少々お待ちいただけますか?」
言うが早いかカトレア嬢の手を離すと私はそちらへ向かっていく。何となく急いだ方がいい気がした。
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とある少女の視点
私は元来、お茶会などの華やかな場が得意ではない。私は今年で8歳になるが、そういうお誘いは出来るだけ避けてきた。
8歳はまだ公式に社交界デビューした訳では無いので、招待があっても大抵は小規模なお茶会だったりする。その為、私にはまだ早いと言えば案外簡単に断れた。
しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。招待主は王妃様で、恐らく殿下たちと歳が近い子供がどんな子達なのかを見たかったのだろう。運が良いのか悪いのか、私と同じような年代には国の要職に着いている家の子息令嬢が多い。
実は私の幼馴染みもそれに含まれるのだが今は置いておこう。
では何故、私が苦手なものを長々と説明したかと言われたら、それを再認識する出来事が起こったからにほかならない。
現在私はお茶会の会場となっている庭園の端で数人のご令嬢に囲まれている。丁度、大きな木が遮ってお茶会の参加者からは見えないようになっている。