5歳児の挨拶
前回までのあらすじ。シュゼルは5歳にして覚醒した。父「カトレア・リストヴェルム公爵令嬢(悪役令嬢)の誕生会に行かないかい?」その言葉を引き金に前世の記憶が蘇ったシュゼル。1週間昏睡状態だったので念の為、外出禁止令が発令された。
取り敢えず紙に『七色の虹の欠片』について纏めた。以上。
さて、という訳で私は現在、カトレア嬢の誕生会に来ています←
結局、行くことになりました。あれから2週間は経っています。1週間ちゃんと部屋で大人しくしていた私は無事に外出禁止令を解いてもらえました。ぱちぱち。
それにしてもさすがリストヴェルム公爵邸。弱小伯爵家の屋敷とは比べ物にならないくらい大きい。やばい。すごい。語彙力なくなる。
そうそう、私のお家、バージス伯爵家は実は結構由緒正しい家柄らしい。お酒の入った父様がそう言っていた。しかし、最近は経営が苦手な父様のせいか、先代のせいか、財政は芳しくないらしい。
だからこそ、シュゼルは悪役令嬢の取り巻きなんてやっていたのだろう。ヨイショしとけばおこぼれに預かれるとでも考えて。
貴族なんてそんなものである。いやむしろ、そんなものの集まりが貴族である。
因みに悪役令嬢は王子達の攻略ルートに特に頻繁に出てくるけど、婚約している訳ではないんだって。本当にただの嫉妬だね。
家格は問題ないんだけど、どうやら王様が第1王子と第2王子、どちらにも後ろ楯をつけたくないらしい。父様と母様が話しているのを盗み聞きした。えっへん。
ええっと、つまり、それぞれの王子にまだ派閥を作りたくないらしい。何なら自分の意思で決めさせたいのだとか。中央貴族と地方貴族の対立は根深いものがあるけれど、それを王子に決めさせるなんて果たして出来るのだろうか?
閑話休題。
約25歳の脳で考えても分かんないや。
「シュゼル?もしかして体調が優れないのですか?」
おっといけない。今はカトレア嬢への挨拶の順番待ちをしているところだった。
黙り込んでしまった私を心配そうに覗き込む母様に対して、私は慌てて子供らしい笑顔を作る。
「だ、大丈夫です母様。私は元気ですよ?」
答えると、今度は反対側から父様が頭を撫でてくれる。
「無理だけはしないでくれよ」
それに私は黙って頷く。
そろそろ、順番が回ってきたようだ。
私は深呼吸して目の前の幼いながら既に美しい少女と向き合う。
「ごきげんよう。カトレア・リストヴェルムですわ。ほんじつはわたくしのたんじょうかいへおいでくださり、ありがとうございます」
今回はカトレア嬢の顔を知ってもらう為のパーティーでもあるので爵位が上のカトレア嬢が先にカーテシーを見せてくれる。
本来なら家格が下の者が先に頭を下げねばならない。そして、名乗るのは家格が上の者がそれに答えた場合のみだ。貴族のルールは面倒くさい。
カトレア嬢のたどたどしい可愛らしい挨拶と同い年とは思えぬ美しいカーテシーに一瞬見惚れてしまった。
「ご機嫌よう、カトレア様。私はシュゼル・バージスと申します。本日はお招きに預かり、とても光栄にこざいます」
負けじと私も教えられた通りのカーテシーをする。
顔を上げるとカトレア嬢は何故か固まっていた。いや、カトレア嬢だけではない。後ろで見守っていたリストヴェルム公爵夫妻や私の両親までもフリーズしている。
はて、自分は何か間違いを犯しただろうか?
と可愛らしく小首を傾げてみる。
その時、こほん、と母様の咳払いが聞こえた。
慌てて私はまた背筋を伸ばす。
それを見て金縛りから解放されたかのようにリストヴェルム公爵が話し出す。
「いやはや、驚きましたな。5歳の少女がここまで完璧なカーテシーを見せてくれるとは!」
いい歳の取り方をしているおじ様、もといリストヴェルム公爵は更に続ける。
「ご機嫌よう、シュゼル嬢。私はアーサー・リストヴェルム。どうか娘の友人になってはくれないか?」
急展開過ぎだろ。
と、心の中でツッコミを入れつつ、丁寧に返す。
「ご丁寧なご挨拶、お言葉、ありがとうございます公爵閣下。大変嬉しく思います。カトレア様さえよろしければ私を友人にしてはいただけませんか?」
もちろん、本人への確認は忘れずに。
「わた、わたしも!あなたとおともだちになりたい!」
頬を染めて必死に訴えてくるカトレア嬢に私は心の中で瀕死になっていた。
何より気に入ってもらえたことが嬉しかった。
私はほっと安堵の笑みを浮かべる。
「カトレア様、これからよろしくお願いいたします」
私はもう一度、頭を下げた。
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緊張していたからか時間はあっという間に過ぎた。
あれから、お互いの両親も挨拶して一度退散した。というのも、順番待ちの列は私たちの後ろにまだ続いていたのだ。
列が完全に途切れたところを見計らって、もう一度カトレア嬢に挨拶をしに行った。今度は私から、先程はありがとうございます、とカーテシーをした。
カトレア嬢に私のカーテシーは堂々としていて綺麗だと褒められた。とても嬉しかった。
私もカトレア嬢のカーテシーが美しくて見惚れてしまったと伝えた。彼女はまた嬉しそうに頬を染めた。そこで、もしかしたら私は人たらしの才能があるかもしれないと気付いた。
帰りの馬車で母様に言ったら怒られた。確かに公爵令嬢をたらすなんて恐れ多い。反省した。
カトレア嬢とは別れる前にお互いの家に招待をする約束をした。もちろん、先に招待させていただくのは私だ。
あの麗しい少女と友人としてまた会えるのだと思うと他のことはどうでもよくなってくる。
だから、私はミスを犯したことに気付けなかった。それが後になって大きな障害になるとも知らずに。