前世の記憶
“それ”は急に頭の中に流れ込んできた。
少年漫画や異世界転生もののラノベが大好きだった大学生の記憶。月に何冊も漫画を買っては直ぐに金欠になっていた。サイトで小説も読み漁っていた。
だからだろうか、自分の置かれている状況は簡単に理解できた。とはいえ、理解はできても体は追いつかない。急激に増えた記憶に頭がショートしてしまったのか私は気を失った。
次に目が覚めたのは1週間後だった。
目を覚ました時、家中大変な騒ぎになった。それもそうだろう。気絶したと思ったら1週間も昏睡状態で目を覚まさないのだ。
母や父だけでなく使用人達まで大号泣していて、我が事ながらちょっと引いた。私としては起きてたら1週間経っててびっくり。くらいのノリなのだ。別に死んでないのだからと思いつつ、心配してくれた事実が素直に嬉しかった。
そんな訳で私はまた何かあって倒れてしまってはいけないと、暫く部屋から出ることを禁じられた。そこで思い出した記憶をもとに今の私の状況を整理してみようと思う。
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使用人に用意してもらった姿見の前で自分を観察してみる。
前世と同じでくせっ毛で、くるくるはねて言うことを聞かない真っ黒な髪に同じく真っ黒で吊り上がった猫のような眼。
猫っ毛に猫目ってどれだけ猫と縁があるのか。
因みに前世ではどちらかと言えば猫派だった(聞いてない)。
「それにしても、結構かわいいかも?」
確かに立ち絵だと悪役令嬢が美人過ぎて取り巻きの印象は薄かったけれど、登場人物の顔はモブも含めてそんなに悪くなかったよなあ。
ヒロインの友人のモブキャラも普通にかわいくて二次創作では攻略対象とくっついてたりもしていた。
私ことシュゼル・バージスは乙女ゲーム『七色の虹の欠片』、通称にじかけ、の世界の悪役令嬢カトレア・リストヴェルム公爵令嬢の取り巻きだ。
正確に言えばまだ取り巻きではないが。というのも、父であるバージス伯爵からリストヴェルム公爵家の長女、カトレアの誕生会に出席しないかという言葉を耳にして私は思い出したのだ。
カトレア・リストヴェルム公爵令嬢はにじかけの世界の悪役令嬢ポジション。断罪されて投獄されたり打首にされたり盗賊に襲われたりする。
シュゼル・バージスも似たようなものだ。というか、取り巻きなのでついでに酷い目に遭ってる感じ。その辺、制作陣の雑さが伺える。
だが、正直な話、私はにじかけをやったことはない。アニメや漫画、二次創作なら読んだことはある。俗に言うにわかファンだ。
何故なら乙女ゲームというジャンル、読むのはいいが自分では攻略できないからだ。そんなに何人もの男相手に時間を掛けて媚びていられない。
乙女ゲームをするくらいなら週刊少年漫画を読むかモンスター育成ゲームでLv100にしてチャンピオンをボコボコにしてる。ビックサイズの火を噴くドラゴン?スパダリがワンパンしたわ。お陰で個体技限定演出見逃した。後で幼体貰えたからいいけど。
とにかく、本編のあらすじはざっくりとしか分からない。何ならアニメでは殆ど悪役令嬢は出てきていない。攻略対象との恋愛がメインだった。悪役令嬢の末路を読んだのは漫画や二次創作だった気がする。
そういうのって稀にゲームと全然違う展開だったりする。
うーん、考えても分からん。
今の私には悪役令嬢に対する知識はほぼゼロ。分かってるのは酷い目に遭うってことだけ。
まあ、攻略対象について知ってるだけましか。
あと確か、このゲームCVだけはめちゃめちゃよかった気がする!
前世の私は割と楽観的だった。どうやら今世の私もそうらしい。昔から頭を使うのが苦手で行き当たりばったりだった。
この時の私はまだ何とかなると思っていた。