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3.ロドリゲス・ファミリー(2)

 シルバーマウンテンの麓に、荒廃しつつあるニューウェーブタウンに似つかわしくない、豪奢な洋館がある。

 地元の人間は誰も寄り付かない、虎の口。


 ロドリゲス・ファミリーのアジトである。


 常に百人以上の構成員が駐在し、酒や武器の密造、取引などアウトローな活動に勤しんでいる。誰も取り締まることはできない。ここが覇権の中枢なのだから。


 迷路のように複雑な作りの館内、その最奥の部屋までは喧騒は届かない。世の中から乖離したような、超越したかのような静けさを湛える部屋だった。

 赤い絨毯を敷き、その上には高級な調度品の数々。館の主の品格、そして権力が窺える。

 息の詰まるような緊張感で満たされた部屋に、人が集まっていた。彼らはロドリゲス・ファミリーの幹部。それぞれが放つプレッシャーがぶつかり合い、常人では一秒たりとも部屋に留まりたくないだろう。


「……以上が事の顛末でして、モー」


 オックスは頭を垂れ、自分が経験した事件を語った。若き保安官に敗北し、あろうことか生かされた屈辱の記憶。


「で、お前は逃げ帰ってきたってわけか」


 壁に寄りかかり、弾倉の入っていないリボルバーをくるくると弄ぶ男が言った。軽薄な笑みを浮かべ、嘲るように銃口をオックスに向ける。


「そ、その、奴もなかなかの手練れ。ワタシの力でもってしてもあと一歩及ばず……」

「わかるよ。完敗だったんだろ?」

「ぐっ……」


 なけなしのプライドが見栄を張らせたが、すぐに看破されぐうの音も出ない。


「ら、ランダルさん、その、しかしですね」


 なおも言い訳を重ねようとすると、部屋の隅に佇んでいた女がパチンと扇子を鳴らし、遮った。


「…………」

 女は無言で不快の意を示す。


「ということです、ドン。いかがいたしましょうか」

 部屋の奥、マホガニーのデスクのそばに不動で立つ男がいた。爬虫類のようにちろりと舌を出し、重厚なイスに座る男を窺う。


「……せめて、腕の一本や二本や三本くらい……落としてきたんだろうな?」


 イスに体を預けウィスキーを嗜んでいた男が答えた。

 その男が口を開いた途端、室内の重圧が一段濃くなった。


 一筋縄ではいかない豪傑揃いの幹部が集まった中でも、誰ひとり逆らうことのできない人物。


「ど、ドン・ロドリゲス……」


 オックスほどではないが、大男と形容できる人物だった。体を揺らすごとにイスが軋みをあげる。サングラスの奥の眼光は人を射殺す迫力を伴う。首領にふさわしい威厳と貫録を持っていた。


 デスクの上にあったシガーケースから太い葉巻を取り出すと、横に立つ不動の男がおもむろに近づき、葉巻に火をつけた。

「……すう」

 ひと息。たったひと息吸い込むだけで火が燃え上がり、みるみるうちに葉巻が灰へと変わっていく。

「……ふう」

 ひと息。たったひと息吐くだけで、一本分の葉巻の煙が吐き出された。普通に楽しめば一時間はゆうに楽しめる葉巻を、たった五秒で吸いつくしてしまった。味を楽しむでもなく、時間を楽しむでもない、邪道な吸い方だろとも誰も文句を挟めない。誰がドン・ロドリゲスに意見などできようか。


「どうなんだ、オックス」


 萎縮していたオックスは慌てて姿勢を正し、弁明を始める。

「え、ええ。いえ、あの、その……ワタシのスタイルでは部位を落とすことは難しく手ですね、ハイ。押しつぶしたり蜂の巣にするのは得意なのですけど」


「バカヤロウ。テメエの手は飾りか、歯は粘土か? 何でも使って落として来いよバカヤロウ!」

「ひ、ひいっ!」

 怒りの気配を感じたオックスは首を竦める。


「やれやれ、使えねえ手下を持つと苦労が絶えねえな。ランダル、お前がケジメをつけるか?」

「ご勘弁を。こいつにはキチンと言って聞かせますよ」

 にやけた顔はそのままだが内心の動揺は隠せず、弄んでいたリボルバーを取り落した。


「ガキの使いじゃあねえんだぜ、オックスよ。ネズミの駆除もできねえ、どこの馬の骨ともわからねえ保安官に負ける。……で、そいつの名は?」

「へ、へい。アーバンとか言ってました」


 その言葉に、ロドリゲスはぴくりと反応した。

「アーバン……そう言ったか?」

「は、はい。アーバンとかいう、銃を使わない保安官でした、モー」


 地鳴りがした。

 地震か爆発か。いや違う。


「ハハハ。はははは。ハーッハッハッハッハ!」


 ロドリゲスが笑っていた。歓喜に満ちた笑い声が地の底より響く怨霊の怨嗟の如くに湧き上がっていたのだった。


 部屋の中の者(オックスを除く)は唖然とする。ドンがこんなにも感情を表すところなど初めて目撃した。


 喜び? 憎しみ? 喜怒哀楽入り混じった感情は、全てそのアーバンという保安官に注がれていることだけは理解できた。


「ドンの知り合いで? なんならワタクシが消してきましょうか」

 脇に控える男が尋ねると、


「いや、そんな保安官は知らねえ。オレたちに楯突くというなら、お前ら好きに料理してやれ」

 ロドリゲスは立ち上がる。


「ドン。オックスの処罰は」


 ドン、と銃声が鳴り響いた。ロドリゲスが持つ銃から白煙があがっている。

 オックスは額から血を流し、びくびくと痙攣を起こした。


「運ばせておけ」


 銃を床に投げ捨てると、部屋から出ていく。それに伴い、幹部たちも続いていった。


「………………」

 ドアが閉まる前に、女が振り返る。


 赤い絨毯にどす黒い染みができ、その上で倒れるオックス。

 ファミリーの一員だろうと容赦なく切り捨てる、非情なる男、ドン・ロドリゲスの恐怖の片鱗を垣間見る光景だ。


 女が何事か考えていると、入れ替わるように黒服にエプロンの集団がやってきた。掃除部隊は館内の汚れをくまなく落とす、きれい好きの集団だった。


 掃除部隊がオックスをどうやって運び出すか会議を始めると、女幹部はそっと離れていった。

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