3.ロドリゲス・ファミリー(1)
オックスの襲撃から一夜が明けた。シルバーマウンテンが朝日に照らされ、一日の始まりを告げた。日の光が降り注いだ町は、今日も見かけの上では平和で穏やかな時間が流れる。
マスターの厚意でアーバンは、無事だった酒場の二階に泊めてもらった。目が覚めると、階下からの騒ぎ声に誘われて降りると、マスターと有志の町人が集まって店内の清掃をしていた。作業はアーバンの到来に気付き、そのまま休憩となる。
談笑の席でアーバンは言った。
「殴り込みだ。ロドリゲス・ファミリーの居場所へ乗り込むぞ、俺は」
ミルクを飲んでいたアヤメは噴き出した。
「む、汚いな」
「げほ、げほ……変なとこ入った……。あんた、何を言い出すのよ」
「敵がいる。戦う。倒す。たったこれだけのことだ。わかりやすいだろ?」
「わかりやすすぎて逆に突っ込みようもない……」
マスターが代わりのミルクを差し出す。
「ふふ、いいじゃないか。アーバンは銃を使わない主義なんだから」
「ああ、ハイハイ。無鉄砲ってことね」
むすっとした表情でコップを受け取り飲み始めた。
「マスター、俺はそう決めた。止めると言うならば、昨日の続きをするか」
「……いや、その必要はない。お前の強さは十分証明できたからな。正直、本当にやれるとは思ってなかった。見ていてスカッとしたぜ。……ロイスの仇を取ってくれてありがとうよ」
深々と、マスターは頭を下げた。
それにアーバンは笑顔で応えた。
「もう、だからっていきなり本陣に乗り込むのは無謀だって私は言ってるのよ」
アヤメは頬を膨らませ、一気にミルクを呷る。
「なんだアヤメ。心配してくれてるのか?」
「し、心配とかそういうんじゃなくてね、そのー、私も困るっていうか……」
「なんでお前が困るんだ?」
しどろもどろと要領を得ない話に、頭を捻っているとマスターが助け舟を出した。
「アヤメちゃんも連れて行って欲しいってことだよ」
「アヤメが? 何故?」
どう説明すべきかとあれこれ考え百面相の体を示すアヤメはやがて観念し、話し始めた。
「実は私もロドリゲス・ファミリーに用があるの。私のお姉ちゃんは一か月前にこの町に調査に来て、それ以降消息がわからない。まず間違いなく、奴らが関わっている。私はその証拠を掴んでお姉ちゃんを探し出そうと一人で諜報活動していたんだけど、あっさりと見つかって……このザマよ」
アヤメが接触を図ろうとしたのはオックスだった。一番町に顔を出していて、かつ組織内でもそこそこの立場の人物として、情報収集にはいいと思っていた。しかし、そこはさすがの〝シェリフキラー”と言うべきか、アヤメがスパイのようなことをしていると看破したのだった。
追いかけられ追い詰められ、あわやというところでアーバンの手もとい肘によって助けられた。
「一人じゃ無理だってわかった。それから、あなたが強いってこともわかった。だから、私はあなたにこう言うわ。お願い、私に協力して欲しいの。一緒にロドリゲス・ファミリーを調べてお姉ちゃんのことを探して欲しい」
混じりけのない懇願。出会ったばかりの男をどこまで信用できるか、アヤメ自身も計りかねる部分はある。でも、アヤメにはない強さをこの男は持っている。一人でロドリゲス・ファミリーに挑むのは無謀が過ぎるが、彼と一緒なら目標を達せられるのではないか。そんな希望を見出していた。今なら、ロイス保安官を止められなかったマスターの気持ちが理解できる。
この男に懸けてみたい。
一世一代の大博打。勝てば姉の行方がわかるかもしれない。負ければ二人もろとも死あるのみ。ギャンブルと言うにはリスクが高いばかりでリターンが少ない。
それでも懸けてみる価値はある。
ピンチを救ってくれたアーバンに出会えたことで、流れが大きく変わったのだと感じているのだから。
「……その首飾り」
「え? ……ああ、このペンダント?」
アーバンが指すのは、首から下げた銀の十字架のペンダントだった。
「お姉ちゃんが教会に勤めてて、お守りとしてもらったんだ」
銀は魔を退ける聖なる金属として、聖教会に属する神に仕えし聖職者は日常的に身に着ける。魔の者と戦うために、銀製の武器や防具を装備する組織もある。
そしてそれは、アーバンの師と同じ名だった。
「なるほど。お前も家族のために戦うんだな。よし、共に行こう。アヤメが姉と巡り合うまで、俺が守ってやる」
アーバンは父代わりだったシルバを殺害した兄弟同然の男を殺すため。アヤメは行方不明の姉の所在を掴むため。目的は違えど、向かう方向は同じ。そして、家族のために戦う覚悟を持っている、いわば同志だった。どうしてアーバンが拒めようか。
「だがな、アーバン。俺もいきなり乗り込むべきではないという、アヤメちゃんの意見には賛成だ。勝算なき行動は蛮勇という」
「む。ならばどうすればいいと?」
「町の外れ、川を越えた丘に、今は使われていない保安官の詰め所がある。ロイスはそこを拠点としていた。あいつがファミリーのアジトに挑む前に書きとめた記録があるかもしれない。それを得られれば、きっと役立つだろう」
指針が決まると、出立は早い。すぐさま準備を整えた二人は、マスターに別れを告げて進みだす。
戦いはこれから始まる。その一歩を歩み始めた。
「……頑張れよ」
幸多からんことを。
マスターは祈ると、店の修繕に戻った。