2.ニューウェーブタウン(5)
激しい戦いの惨状を残す酒場。しばらくは営業できないだろう。
店の外に、巨大な体が横たわる。
ロドリゲス・ファミリー随一の残虐さを持つ〝荒くれ牛〟オックスが討ち取られた。
討ち取ったのは若き保安官アーバン・クロサイト。
一点の曇りもない星のバッジがきらめく。
正義はここにあり。秩序が旗を揚げ、混沌たる町に反撃ののろしが上がる。
「……なぜ殺さない」
オックスは意識を取り戻した。だが手足は縛られ、身動きができないようになっている。
「お前にはやってもらうことがある。生きていてもらわねば困るんだ」
アーバンがオックスの顔を見下ろして言った。
「ねえ、何をするつもりなの?」
アヤメが訊ねる。オックスの運搬、捕縛はアヤメやマスター、逃げ出して遠巻きに見ていた客たちを動員して行われた。その際、どうするつもりなのかを説明してなかった。
「メッセンジャーとしてドン・ロドリゲスにメッセージを伝えてもらう。いいか、こう伝えろ。『銀色の肘がお前を殺す』とな」
「モ、モーわかった。ならば縄を解いてくれ。いや解いてください。これでは歩くに歩けません」
「解く必要はない。アジトはどの方角だ?」
「え、ええと、あっちの方で」
手が使えないので顎で指し示す。
アーバンは納得して頷き、腕を引いた。
「な、何故に構えるので? 一体何をするつもりで……?」
「俺が届けてやる。受け取り拒否不可の速達便だ。配達料は代金引換……ロドリゲスの命で支払ってもらうがなーッ!!!!」
力を限界まで溜めた、肘鉄砲。ダメージを与える目的ではなく、オックスの巨体を浮かせ、爆発的な勢いでもって吹き飛ばした。
空の彼方に星が一つ瞬いた。
「これでお前はファミリーに喧嘩を売ったな」
マスターが諦めたような、しかしながらすがすがしさを含んだ笑顔で言った。
「これは宣戦布告だ。これから戦いが始まるんだ」
「アーバンはドン・ロドリゲスを知ってるの?」
ニューウェーブタウンにおいてその名は恐怖の代名詞となっているものの、どんな人物なのか、詳しい人物像を語れる者はほとんどいない。ファミリーの人間でさえも、限られた者の前にしか姿を現さない。だから伝聞や想像のみ伝わっている。曰く、セントラルシティを陰から支配していた、国中のあらゆる地下組織とパイプがありその重鎮である、山を越える大巨人、不死身の肉体を持つなどなど、ありえそうな話から荒唐無稽な創作話まで出てくる始末。だが、もしかしたら本当の話なんじゃないかと町の人間に思わせるほど不気味な存在として認識されていた。
「ああ。ドン・ロドリゲスなんて名乗るのはあいつしかいない」
アーバンは痛む両肘を押さえて言った。
「ロドリゲス・ジャスパー。かつての友であり、兄弟弟子であり――師匠の仇、俺が殺すべき相手だ」
ロドリゲス・ジャスパー。二十歳。元無銃流門下生でアーバンの兄弟弟子。愛称、ロディ。
アーバンがロディと出会ったのは家を追い出され、行くあてもなくこの世の全てを呪っていた末に、シルバに拾われた十歳のある日だった。
初めはシルバの子供なのかと思ったが、話を聞くに、ロディも家族を失ったばかりのところをシルバに拾われたのだという。元より家族などいないに等しい生活だったアーバンだが、少しばかり境遇の似ていたロディに親近感を覚えた。
「俺はアーバン。よろしくな、ロディ」
「うるせえバカ死んじまえ」
取っ組み合いの喧嘩。それがロディとのファーストコンタクトだった。
たった二人だけの門下生の道場で、来る日も来る日も肉体を研鑽し技を修練し、互いに高め合う毎日の中で少しずつ友情を築いていた。
「なあ、アーバン。なんで人間って死ぬんだろうな」
「そんなの、弱いから死ぬんだろ。強くなくちゃ生き残れない」
「戦闘技術ばかり磨いたところで、今の世の中どれだけ役立つってんだよ。脳みそまで筋肉でできてんじゃねーのかこのバカ」
「なんと!?」
取っ組み合いの喧嘩は日常茶飯事。最後にシルバから愛ある拳骨をもらうまでがお約束だった。
親友であり、兄弟同然に育ってきた、少なくともアーバンはそう育ってきた、少なくともアーバンはそう信じていた。
あの日までは。
『脆いもんだな、人間なんてものは。あれだけ強かった師匠もこうなっちゃあ、二度と動き出すことはない』
血塗れのロディがあの時何を考えていたのかわからない。五年間の日々は全てまやかしだったのではないかと疑うほどの残酷な仕打ち。
アーバンにとってロディは、友であり兄弟であり、血は繋がっていなくても流血で絆を結ぶ奇妙な関係だった。