2.ニューウェーブタウン(4)
二人の戦いの様子を、アヤメとマスターは厨房から見ていた。
「うひゃあ、あれ、本当に人間同士の戦い? ありえないわー」
「アヤメちゃん、こんなところで見てていいのか? 早く逃げた方が」
「そういうわけにはいかないよ。元々は私の撒いた種。最後まで見届けるのが筋ってものでしょう。それに、彼の力量を見ておきたくてね。アーバンが本当にロドリゲス・ファミリーを倒せるかどうか」
「やっぱり君は……考えているのか」
「うん。ユリお姉ちゃんは、ロドリゲス・ファミリーと何かあったに違いない。それを見極めてお姉ちゃんの居場所を見つけ出し、故郷に連れて帰る。そのためには強力な協力者が必要なんだよ」
マスターは何か言葉をかけようとしたが、アヤメが戦闘に集中しだしたので押し黙った。
そして、目の前で繰り広げられる戦いを見守る。
(こいつ、思ったよりも厄介だ)
アーバンは攻めあぐねていた。
常人の何倍もある腹回りの肉。それは見た目のインパクトだけでなく、アーバンの攻撃を吸収する防御壁となっていた。
「肘鉄砲ッ!」
岩をも砕く威力を持つ必殺の肘も、オックスの腹の前では無力。ことごとくがめりこみ、弾き返されるだけだった。
「モー、ちょこまかと!」
対するオックスは、拳銃を器用に取り回してアーバンを狙い撃つ。しかし腹の肉が足元の視認性を著しく低くしているので、接近されると攻撃することができない。
互いに決定打を与えることができず、次第に膠着状態になっていく。
(手足、胴体は攻撃しても無駄。ならば狙うは頭しかない)
素早く辺りを見回し、形を保っているテーブルを見つけると、そこに足をかけて跳躍した。
「バカめ、頭を狙うことを予想してないとでも思うてか!」
宙を飛ぶアーバンめがけ、頭を振り下ろす。帽子についた牛の角がピックめいた鋭さでアーバンの体を貫かんとする。
「ぐうっ!」
寸前、かろうじて肘で角をいなすことができた。だがその代償として、攻撃の好機を失ってしまった。体勢が崩されたまま着地する。
「モー、お前の攻撃は効かん。勝負あったな」
何度目かのリロードを終え、高らかに笑いあげた。まるでもう決着がついたかのように、己の勝利を信じて疑わない。
「それはどうかな。そもそもお前の鈍重な腕前じゃ、俺に当てることなんて不可能だろう。それに、お前の銃もやがて弾が尽きる。攻撃できないのはお互い様だ」
「モー、モ、モー。人を殺すにゃ拳銃いらぬ。この腹ひとつあればいい。見てな」
言うと、オックスはあろうことか持っていた拳銃を自分の腹に埋めていく。ずぶずぶと飲みこまれていくのを見て、怪訝に思ったアーバンはすぐにさっきの光景を思い出す。
「まさか……」
「くらえ、肉射砲ッ!!!」
肉の弾力が、銃そのものを発射した。
風を切る速度で飛ぶそれを、反射神経で避ける。バァンと破壊音とともに後方の壁に穴が空く。突き刺さるどころか貫通し、夜の野外が見えた。人体で受けてしまえば、無事では済まないことは火を見るより明らかだ。
「肉射砲の利点は弾を選ばないことでね。口径が合わないと狼狽えることはない。オレの腹はどんなものでも飲みこみ、弾丸へと変える。瓦礫一つ、石礫一つでも凶器になるのだよ。さらに、こんな風にいっぱい詰め込めば……」
瓦礫や残骸、塵芥を描き込み弾倉とも呼ぶべき腹にセット。極限まで弾性を高め――
「肉散弾砲!!!」
一斉に飛び出した。
ひとつひとつの破片が弾丸として、散弾のようにアーバンに襲い掛かる。
泡を食ったアーバンはとっさに真横へと飛び退けた。ギリギリ躱すことに成功したものの、破壊の威力を見てはぞっとせずにいられない。
物が多い室内において、あの技は無限の弾を持っているも同然。何の用意もなく大きな弾……例えば、壊れていない丸テーブル大の大きさの物を食らってしまえばひとたまりもないだろう。
「モー、恐れおののけ、身の毛をよだたせろ! お前が怒らせたマフィアという存在は、決して逆らっちゃダメなものだとその身に刻め! 死んで後悔しろ!」
オックスが掴み上げたのは、アーバンがジャンプに使った丸テーブル。四人ほどが囲えそうな大きさの、樫の木でできた丈夫なもの。それをずぶずぶと……腹へと収めていく。
「…………」
黙ってそれを見ているアーバン。よもや、己の死を覚悟し腹をくくったのだろうか。はたまた神に祈りを捧げているのか。
いや、この程度で諦めるアーバンではなかった。
この程度の相手に屈するアーバンではなかった。
その目は常に勝利を信じ、不可能だろうと可能にする。
「モー……! くらえ、肉射砲ッ!!!」
重い物体が、高速で発射される。体のどこに当たろうとも、致命傷は免れない。
だから、アーバンは肘で受けた。
「うおおおお、反射肘ッ!」
銀製の硬いプロテクターで受け止めればダメージはない。そして、衝撃をそのまま逆のベクトルへと変換する。
撃ちだされたのと同等、あるいはそれ以上の威力を伴って、今度はオックスへと押し返した。
「も、モー!?」
驚愕に目を見開く。否定したくとも、目の前に飛んでくる現実は疑いようもなく、避けようもなかった。
牛骨の帽子が空を舞い、粉々に砕ける。ダメージのいくらかを防いだのだろうが、それでも余りある威力は一撃で巨体を沈めるほどだった。
地響きに建物が揺れる。起き上ることはない。
「やれやれ。保安官を辞めたとしてもマタドールにはなりたくないな」
アーバンは肘の血煙を吹き消した。