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2.ニューウェーブタウン(3)

 時間はわずかに遡る。


 アーバンがマスターの料理と戦っている頃、店の外では数人の男たちが集まっていた。ある者はライフル銃の手入れをし、ある者はタバコをふかして遠くの景色を眺めている。


 やがて地響きとともに、大男がやってきた。すると、その場に緊張が走る。


「お、お疲れ様です」

 仕事前の慣習に倣い、彼が好みそうな肉を用意していた男が固くなった表情で鳥の丸焼きを差し出した。


「……なんのつもりですか?」

「へえ? い、いつものお食事ですが……」

「冷えたお肉を食えと……言うのですか?」

「そ、それは……。集合時間にお出しできるように準備していたのですが……」

「ワタシが来るのが……遅かったとでも?」

「ひ、ひいいい!」


 殺意の点った冷たい目で射すくめられ、男は失禁寸前まで恐怖に陥った。

 殺される。男は己の死を予感した。


「それはワタシが悪かったですね。ごめんなさい」


 あっさりと威圧感を引っ込め、謝罪した。何事もなかったかのように差し出された鶏肉にかぶりつく。

「ここですかねえ、ネズミがいるのは」

「へ、へえ、オックスさん。よそ者が寄るとすれば、酒場かと」

「お約束、ですねえ」


 鳥の骨をべきりと歯で噛み砕き、男の笑みが凶悪なものへと変わる。


「突撃」



 蹴破られたドアを踏み越え、乱暴に男たちが侵入すると、店内に銃を向けて威嚇する。


「う、うわあ! ファミリーの奴らだ!」「ひいい!」

 客たちは慌てて床に這いつくばる。無害で逆らう意思のないことを示した。力なき市民にそれ以外の何ができようか。


 あらかた静まり返ると、巨大な影が入口を破壊しながら入ってきた。


「ご機嫌麗しゅう、皆の衆」


 牛が喋ったと誰もが思った。


 二本脚で立つ、二本角の巨牛――しかしそれは、れっきとした人間だった。

 天井に突き刺さりそうな二本の角は帽子の飾り、牛の頭蓋骨だった。

 人としての範疇をギリギリ保ってはいる、ビッグなボディ。大の大人の男が四人は腕を広げなくては一周できないほどの腹回りだった。普通の服では到底耐えきれないので、特別製のものすごくよく伸びる素材でできたオーバーオールを華麗に着こなす。この男もガンマンなのか、ガンベルトを巻いている。腰なのか腹なのか見分けるのは困難だが。


 厳めしいほどの存在感を放つ身体に似合わず、顔は柔和な微笑みを絶やさない。

「モー、君たちが静かになるまで十秒かかりました。いかんねえ。人が来たら静かにしなくっちゃ。大事なお話もできやしない」


 舐め回すように店内を眺めると、床に伏せた客たちは一斉に顔をそらす。


「オックスだ……」「”荒くれ牛”オックス、なぜこんなところに……」


 こそこそと小声で疑問を口にする。彼らの目に付こうものなら、どんな目に遭うかわかったものじゃない。


「なあ、なんだあいつは。人間なのか?」

 張りつめる緊張感の中、全く空気を読まない発言をする人物が一人だけいた。


 アーバンだった。


 やや呆れつつ、訊ねられたアヤメはこっそりと耳打ちする。


「この町を支配しているマフィアの一人、”荒くれ牛”オックスよ。その獰猛さと残虐性は組織でも随一。滞在する町々で問題を起こしては保安官を殺しつづけ、別名”シェリフキラー”なんて呼ばれたりするわ」

「……”シェリフキラー”」


 保安官殺し。物々しく物騒な肩書き。誇張ではなく、その名が示す危険度そのままのマフィアだった。


「あなたがこの店の主人ですか。突然すみませんねえ、騒がしくして」

 オックスは悠然と歩み寄り、マスターに話しかける。


「……オックスさん。こんな店に何の用ですかな。金はちゃんと払ってるし、何のトラブルもありはしないはずですぜ。そんな物騒なもの向けられちゃ、お客さんたちもビビっちまう」

「んん、これは失礼。用が終わればすぐに引き上げますよ。お詫びに、今度家族の皆さんと食事にきますよ。その時は豪勢な料理をお願いしますねえ」


 家族。それは文字通りに肉親を示すものではないことくらい、この場にいる者は理解している。


「ウチにある肉じゃあ、満足できないでしょう。もっといい場所にした方がいいですよ」

「ここにはとびきりの肉があると聞いたんですがねえ。店主よ、注文をいいですかな?」

「……ええ、どうぞ」

「特別な……ネズミを出してもらいたい」

「……!」


 マスターと、そしてアヤメも身をこわばらせる。


「最近ネズミが家の周りをチョロチョロしてましてね。部下に駆除を命令しておいたんですよ。ところが、その部下が死体となって発見されました。ずいぶんと恐ろしいネズミがいたもんだ」


 オックスはゆっくりとアヤメに近付いていく。本人は普通に歩いているつもりだが、一歩一歩が床を踏み抜きかねない足音を発し、建物が揺れる。


「お嬢さん。何か――知らないかな?」

「――ッ!」


 肩に手を掛けられ、息を呑む。バレている……!


「オックスさん、よしてくれ。その子はただの旅行者だ。あんたたちには何も関係ない!」

「無駄ですよ店主。我々は全てお見通しなのだから。賊を庇うと言うなら、あなたも同罪ですよ?」


 ギロリと睨む。マスターは一瞬だけ怯むが、すぐに毅然として睨み返す。


「帰ってくれ。ここはあんたらヤクザもんが来るところじゃあない。俺の店は食事を楽しみに来てくれる人たちのためにある。俺は友を救うことができなかった。だからこそ、俺は町の笑顔を守ろうと決めた! うまいものを食わせ、笑顔になってもらう。そのための場所なんだ。あんたは……お呼びじゃないんだよ!」


「言うねえ、弱者が」

 オックスの口角が邪悪に曲がる。


「お前は何も守れやしない。町の笑顔も、客も、店も。そしてお前自身の命も」


 ガンベルトに吊ってある銃に手を伸ばす。オックスの大きな手ではちゃちな玩具に見えるが、紛うことなき本物の拳銃。六連装式の大型リボルバー。一発で人を絶命せしめる威力を持つ。


 それが、マスターに向けられ――


「ぶうあっ!?」


 寸前、オックスの顔面に水がかかった。


 アーバンがコップを投げたのだった。滴る水を手で払い、苛立たしげな目を向ける。


「さっきから目に入っていたが……、貴様は?」

「俺か? 俺の名を聞いたのか? よく聞けよく憶えとけ、それがお前らを地獄へ叩き落とす死神の名前となる!」


 イスに足を乗せ、オックスを見上げるように見栄を切った。


「俺はアーバン! 保安官、アーバン・クロサイトだあああああ!」


 胸に輝く金の星。悪を断じる正義の証し。遠くで民草の嘆きがあれば、行って邪悪を絶やし、目の前で非道あれば、迅速に解決する。


 それが保安官。それが正義の執行者。


「…………」


 シンと静まり返る。ある者は驚き、ある者は呆気にとられ、ある者は目を覆い、ある者は口を押えてなに名乗ってるのよ逃げられなくなったじゃないこのバカという罵倒を必死にこらえる。


「君が……保安官だって?」


 ただ一人、他と違う反応を示した。


 オックスだ。


 白目をむき、体中が痙攣しているかのように震わせている。


「お、おい、まずいぞ! オックスさんが怒る!」

 オックスの並々ならぬ様子に、驚きから覚醒した部下たちが色めき立つ。


「二つ、教えてあげましょう、若いシェリフ。一つ、ワタシは保安官が大嫌いだということ。奴らはワタシが好きに遊んでいるところを狙って水を差しに来る。無粋極まりないゲスな連中だ」

 部下の同様とは裏腹に、オックスは静かに語る。


「もう一つは?」


「ワタシの……オレの前で保安官を名乗った奴はもうこの世にいない! 全員あの世へ逝ったからなああ!」


 激昂したオックスは、手近にいた部下の一人をひょいとつまみ上げた。

「お、オックスさん、掴んでるのはオレです……うわあああ!」


 憐れな男は悲鳴を上げ、アーバンに向かって投げられた。本人にとってはあ挨拶代わりの一投。軽々と人一人を投げるその膂力、野牛を体現するものだった。


反射肘(リフレクト・エルボー)ッ!」


 アーバンが突き出す両の肘、それは飛来する物体の勢いを殺し、かつ逆向きのベクトルを加えることで反射させる構え。無銃(ムガン)流においては防御にも攻撃にも使える、攻防一体の技として基本でありながらも有用性、修得難易度ともに高いレベルに据えられている。


 盾にように構える肘が、飛んでくる男の体を弾ませるように押し返した。


「うわあああ!!」

 ゴムボールめいた挙動で跳ね返った男は、情けない声を上げて来た軌道をなぞってとんぼ返り。戻っていく先は当然、投げてよこしたオックスの元。


「…………」

 アーバンからの返礼を、オックスは身じろぎ一つせずに腹で受け取った。空間を圧迫する肉の壁が衝撃を吸収し、めり込んでいく。男の姿が見えなくなるまで肉に飲まれ、限界まで陥没すると――


「ハアッ!」


 極限まで高められた弾性が男を発射した。


 すさまじい速度でもって撃ち出された男は、皆が呆気にとられる中、激しく壁に突き刺さることで停止する。


「モー、生意気なガキだな」

 さっきまでの慇懃無礼な微笑みはどこへやら、荒々しい野牛の如き面構えとなった。”荒くれ牛”の名にふさわしい迫力をともなっている。


 その迫力に飲まれることなく、アーバンは涼しい顔で言った。


「よし、決めたぜ」

「何をだね?」

「この町での初仕事。それは……牛追いだ!」

「こざかしい! モー、お前ら、構えろ!」


 オックスの号令で部下たちが一斉にライフルを構える。


 その刹那、アーバンはアヤメを抱え、カウンターを飛び越えた。


「ちょっとどこ触ってるのキャー!」

 アヤメの抗議の声は、間髪入れずに発射された轟音にかき消された。


「ひいっ!」「ケ、ケンカだあ!」「に、逃げろ!」


 この時間、この場所に居合わせてしまっただけの不運な客たちは慌てて店の外へと避難していった。オックス一味の狙いがアーバンとアヤメの二人だとしても、無関係の人間を巻き込まないような優しさは全く期待できない。ここに留まれば巻き添えは必至。


「アヤメはマスターと隠れていろ。俺が一人でカタをつける」

「一人で戦うつもり? あんた、武器なんて持ってないじゃない。あんな奴ら相手に素手で挑む気なの?」

「問題ない」


 言うや否や、アーバンは視界の端に捉えた、カウンターを乗り越えてこようとする男に、皿を投げつけ撃退する。


 敵の数はオックスを含めて五人。四人の部下は、主にライフル銃を装備している。親玉であるオックスはリボルバーを一丁持っているが、それだけで”シェリフキラー”と恐れられているとは思えない。未だ未知数の相手。


 情報が少なく、普通の策士ならば戦略の組立は難しいだろう。アーバンが導き出す答えは一つ。


「攻撃――あるのみだああ!」


 滑るようにカウンターを飛び出し、最も近くにいた男に肉薄する。


「てめっ……ぐわあ!」

 銃を取り回すよりも早く、手元を叩き落とす。その腕を取ってひねりあげ、背中に身を隠して盾とする。


 直後、散弾が如き銃撃が襲い来た。

「アババババババババ!」

 盾となった男の体に無数の穴が空き、血を吹き出し、あっと言う間に物言わぬ屍と化した。

 その死体を前方に蹴りつけ、後に続くように走り出す。


「おい、そっちに回れ!」

 男たちは挟撃しようと散会した。それは下策だった。


 アーバンは速度を上げ、跳躍。まだ空中を舞っている死体を蹴り飛ばした。

「ぐはあっ!」

 前で待ちかまえていた男にヒットし、もんどりうつ。バランスを崩し、戦闘不能とまでは行かずとも、わずかな間だけでも戦闘に参加できない隙ができた。


「バカめ!」「これなら逃げられまい!」


 着地の硬直を狙い、左右に挟み込む男たちが撃つ。

「うおおおお!」


 だが、その連携はすでに看破していたとでも言うように、空中で身をひねっていた。

 目標を素通りした二つの弾丸はクロスする。射線上にいるのは――


「ギャア!」「ぐへええ!」

 互いの銃弾を浴びた二人は短い断末魔を上げ、絶命した。


 四人の部下のうち、三人を突破した。あと一人。


「いてて……ぐふッ!」

 仲間の死体をぶつけられた男が立ち上がろうとするところに、必殺のエルボー。あっけなく倒れ伏した。


 硝煙が立ちこめ、砕けたテーブルやイスの破片が散乱し、血と火薬の臭いが充満する。死屍累々の屍山血河、地獄の釜が開いたような惨状をたった一人で築き上げたのだった。


「こんな雑魚にやられる俺じゃあない。さあ、後はお前だけだぜ、オックス!」


 部下の全滅にわななくオックスだったが、怒りで我を忘れるでもなく努めて冷静を装って返した。

「モー、正直、感服したぞ。ここまで強いとはな。お前が保安官じゃなければスカウトしたいところだ。ただ一つ、解せんことがある。なぜ! 一度も銃を抜かん! 傲慢か余裕か、そんなことでこのオックス様に勝てるとでも思うてか!」


「別に、余裕かましてるわけじゃないさ。俺が強いのは事実だが、だからといってなめてかかるほど驕り高ぶっちゃいない。これは俺のスタイルだ。銃を使わずにガンマンと戦う戦闘術、無銃(ムガン)流のなッ!」

無銃(ムガン)流だと? 笑わせる! 武器もなしに、無鉄砲にもこの俺に刃向かおうっていうのかあ!」


「そう、俺は無鉄砲。だが、鉄砲は使うんだぜ。鉄砲は鉄砲でも……肘鉄砲だがなあああああああああああああッ!!」


 銀色に輝くエルボーのプロテクターは戦いの中でも気高さを失わない。それはアーバンの強さの象徴であり、悪を許さない高潔さの現れでもあった。


「モモモモモモモモモモモ」

 それを受けて、オックスはこれまでにないほど体を痙攣させる。肉が波打ち波紋が浮かび上がる。


「ナ・マ・イ・キなあー!! ここまでオレを怒らせたのはあの保安官以来だぜえ! なんて言ったかな、ゴミクソにしてやったから名前も思い出せねえ。そうそう、ロイスっていったかなーッ? あいつと同じように、キサマも踏みにじって挽き肉ダンゴにしてやろうか!」


 ロイスの名を聞き、わずかに目を見開く。

「ロイス保安官。それは、前の保安官のことだな?」

「あのクソ野郎、モー苛つく男だった。弱いくせに正義漢ぶりやがって、オレ達のアジトまでのこのこやってきて。モー、たった一人でどうにかなるわけもねえだろ? すぐに返り討ちさ!」

「そうか。会ったことはないが、お前らを全滅させればロイス保安官の敵討ちってことになるのかな」

「敵討ち。そんなことは不可能! 何せこのオレの上には不死身にして無敵の幹部たち、さらにその頂点に立つお方、ドン・ロドリゲスがいらっしゃるのだぞ!」


 オックスの言葉に、アーバンはぴくりと反応する。


「ロドリゲス? お前らのボスはロドリゲスというのか?」

「モー? そんなことも知らずに来たのか? 我らロドリゲス・ファミリーの偉大なるドン・ロドリゲスこそ、すべての支配者たるお方だ。オレはあの方に忠誠を誓ったのさ」

「……」


 唐突に構えを解き、顔に手を当て考え始める。


「ロドリゲス……ロディ……まさかお前なのか? ふふ、ようやく手がかりを掴んだぜ」

 つぶやきは誰の耳にも届かない。不意に顔を上げ、再び戦いの構えをとった。


「どうやらそいつに会わなきゃならないようだ。だからお前を早めに倒す!」


「モー、吠えるな保安官!」


 アーバンの肘とオックスの腹肉が激突した。

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