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7.対決(4)

「これで……本当に全部終わったんだね」

 銀色の空間に、一粒の涙が落ちる。彼か、あるいは彼女か。詮索する者はいない。


「……後は、これをどうするかだね」


 黒色の石は全てを見ていた。運命の潮流の起こり、そして終演を。悲劇を繰り返さないためには、これを永遠に人の目の届かない所へ葬らなければならない。


「ドクターに相談しよう。破壊はできるだろうが、もしかしたら研究に使えるかも知れん」


「でしたら、ワタクシが引き取りましょう。これからにも必要ですので」

 出入り口に人影があった。


 ハイデヒース。


 幹部の一人、”発砲巳人(はっぽうみじん)”!


「てっきり逃げたものと思っていたが……ドンの敵討ちでもするつもりか?」

「そんなボロボロの体で凄まれても迫力はありませんよ。ホホホ、ロドリゲス・ファミリーはもう終わりでしょう。今更未練はありません。次の宿り木を探すだけです」

「また同じようなことをやるつもりか?」

「ええ、何度でも。永遠に。人間がいる限りワタクシの楽しみはなくならない。人間がイモタルを恐れて右往左往する様はとても面白い。人生を懸けてもいいと思える程愉快なのですよ」

「お前が楽しむためにロディを唆したのか……? ユリをイモタルにしたのか?」

「娯楽こそ人生。そうではありませんか?」

「……貴様だけは許すわけにはいかないようだ」

「銀の武器を持たないあなたが、ワタクシの敵になるとでも? 冗談にしても笑えませんよ」


 慇懃無礼に笑うハイデヒース。傷だらけのアーバンなぞ相手にならない。そう言わんばかりだった。


「銀だったらこの空間に張り巡らされているだろう。お前の頭を叩きつけてこすりつけてやる」

「確かに。ワタクシもイモタルである以上、壁に触れた瞬間に灰になるでしょうね。でも、今のあなたにできるでしょうか? こう見えてもワタクシ、体力には自信があるのですよ。昔、坑道で作業員をしていたものですから」

「坑道の作業員?」

「おやおや。ドクター・ラッセルやドン・ロドリゲスから聞いてませんでしたか。では、冥土の土産にワタクシの身の上話でもして差し上げましょう」


 舌をちろりと出し、楽しそうに語りだした。


「十年前のイモタル事件。その一番最初にイモタルとなった作業員はワタクシなのですよ。厚い銀の層を掘り進めていると、黒い石に突き当たりました。そう、あの隕石です。触れた途端、全身を何とも言えない快感が駆け抜けて行きました。欲望に駆られるがままに同僚の血をすすることで、すぐに自分を取り戻しました。同時に、この素晴らしい存在について理解したのです。人間のままでは味わえない幸福感、解放感。他の連中も程なくして暴走したのですが、何人かは唐突に灰となってしまいました。そいつは、掘り出したばかりの銀を持っていました。幸いなことに、弱点を知ることができたのです。神秘の体でも破滅を迎える。ワタクシは生き延びるために考えたのです」


 決して慢心することなく潜み、露見しない程度に「食事」を続け、数年間を潜みながら過ごした。その末に、出会うことになる。

 ロドリゲス・ジャスパーという隠れ蓑と。


「イモタルを知り、かつ暴力的なまでの強さを持ったお人でした。出会った瞬間、確信しました。この人なら偉業を成し遂げる。異形による偉業を。イモタルの力があれば、それを実現することもたやすい、と」


 不死身という特異性をマフィアの恐怖の中に隠すことで、聖教会への目くらましとなる。また、組織の不気味さを盛り立てるのにいい作用をもたらし、ロドリゲス・ファミリーの地位は盤石なものとなった。


「お前の遊びのためにロディを利用したのか」

「遊びとは心外ですな。人間、誰しも何かを成し遂げたい欲求を持つもの。ワタクシは、イモタルの力でどこまで行けるのかを試したかった。それだけのことです。それに、師匠殺しの直後で抜け殻のようだったドンに目標を与えて差し上げたのです。不死者の帝国を作り上げるという、大きな夢を」

「あいつは……ロディはいつか何かをやる男だという予感があった。正しく進めば歴史に名を残すことも可能だっただろう。それをねじ曲げ、闇の道へ落としたのはお前のせいだったんだな!」

「ホホホ。恨むならどうぞ。ドン・ロドリゲスは結局道半ばで失敗した。ワタクシは次を探しに行きます。その前に……あなたたちを抹殺してからですけどねえええぇぇぇぇぇ!!!」


 叫びに呼応するように、空間内が大きく揺れた。


「きゃあっ!」

 バランスを崩したアヤメが尻餅をつく。大きな揺れの後、断続的な振動が空間内、いや、シルバーマウンテンそのものを揺らす。


「自爆装置を作動させました。山の内部はまもなく崩れるでしょう」

「自爆か……! お前もただじゃ済まないぞ」

「いえいえ、イモタルですから。それに隕石だって既に避難機構が働いて、奥深くに埋まりました。全てが終わった後、掘り返すだけです。そして、新たな一歩を踏み出すのです」


 高らかに笑うハイデヒース。醜悪に濁る赤い目は、もうアーバンを見ていない。

 アーバンたちの逃げ道は塞がれている。このまま彼らが押しつぶされれば、隕石のこと、ハイデヒースのことを知る者はこの世から消える。


「う、おおお!!」

 揺れる地面、ましてや立っているだけでも奇跡的な体では満足に走ることもままならない。目は腫れ上がり、視界はすこぶる悪い。腕を振る度に壊れかけの肘が空気に触れ、気絶しそうな痛みを訴える。

 だが、それでも。


 前進することを止めなかった。


 シルバの、ユリの、かつての友の、そしてこの戦いに関わった全ての人の思いが、活力となってアーバンに突き進む勇気を与える。

 奴を逃がしてはならない。たとえこの体がどうなろうとも、ここで決着をつけなくてはならない。


「ホホ、無闇に突っ込んできたところで、無策に突っ込んできたところで、無鉄砲に突っ込んできたところで! ワタクシには勝てない! 我が両手には銃が埋め込まれている! 鎌首をもたげ、ムチのようにしなり、ヘビのように食らいつく! ワタクシこそが”発砲巳人(はっぽうみじん)”ハイデヒース! 永遠を生きる『人ならざりし者』なり!!!」


 大蛇の口の如く大きく開かれた両腕を、回し蹴りで打ち払う。

「うおおおお!」

 すかさず体重を乗せたタックルでハイデヒースを壁際まで押し付けた。


「グオオッ? ば、バカ力め……」


 銀に浄化され苦しむ化け物の顔面を鷲掴みにし、全身全霊の力でもって押さえつける。

 背中側から灰のような粉が吹きだした。確実に効いている。あと数秒もしないうちに終わる。


「終わらせは……しませんよ!」

 ゴキゴキとハイデヒースのあらゆる関節が外れ、するするとアーバンの怪力から抜け出す。


「悪あがきにしかならないぞ。お前はもう銀に触れたんだ」

「それは……どうでしょう。切り札は最後まで取っておくものですよ。世にも奇妙な”発砲巳人(はっぽうみじん)”! その真髄をご覧に入れましょう!!!」


 息も絶え絶えに言うと、ハイデヒースは頭に手を掛け、引っ張り上げる。すると、ずるりと衣が脱げた。


 いや、違う。脱げたのは……灰になりつつある皮膚! その下では肉を露出するでもなく、新しい皮膚が既に出来上がっていた。灰になった部分も元通り。銀の効果が進行している表皮を脱ぎ捨てることで、体の崩壊を防いだのだった。


「イモタルの超再生ならではの業! 壁に押し付けられた程度で死ぬ軟な体ではございません! さあさあ喰らいなさい!」


 伸ばした右手から発射された銃弾が、アーバンの太股を貫通する。左手から発射された凶弾がもう片方の足を貫く。がくりと膝をつきそうになるのを、気力だけで踏みとどまった。


「さあ、メインディッシュはこちら……」


 とどめを刺そうと興奮に目を見開くハイデヒースの頭が、ばちんと後ろに弾き押された。アーバンの姿勢が低くなった瞬間、後ろからタネシマが火を噴いていた。

 その隙を突いて、アーバンは肉薄する。


「だ、だが、銀もなく武器もないあなたにワタクシを殺せる道理はないッ!」


「ああ……銀もなければ策もなく、銃もない。……だがな、鉄砲は持ってるのさ。鉄砲は鉄砲でも……肘鉄砲だがなあああああああぁぁぁッッ!!!!!」


 渾身の肘鉄砲は、不死者の胴体を根こそぎ吹き飛ばす!


 力を使い果たし、そのままアーバンは倒れた。それを見て、ハイデヒースはにやりと笑う。

 だが次の瞬間、爬虫類のような目は驚愕と苦悶に見開かれることになった。


 胴体の修繕が始まらず、それどころか――血ではないものが溢れだしてくる。


「何……だと?」

 わなわなと震え、己の手を見つめる。その手はボロボロと崩れていった。


 崩壊。


 不死なる力を体現する再生力が発揮されない。傷が塞がらず、壊れて崩れる。


「ば、ばかな……」

 白い灰が、雪のように舞う。それはハイデヒースだったもの。何が起きたのか理解する間もなく、不死を誇った化け物は塵芥になってこの世から消滅した。

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