7.対決(2)
「アヤメ、行くんじゃない」
オックスとの戦いで満身創痍の体に鞭打ち、アーバンは前進する。
「お前は早くここから立ち去るんだ。ユリもそう望んでいる」
「アーバン、その傷……。お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどこ?」
「……それは」
言い淀んでいると、静観していたロディが口を挟む。
「なるほど。始末に失敗したオックスも、命令の半分は成し遂げたんだな」
「そんな……嘘でしょ、アーバン!」
信じたくない、縋るような目でアーバンを問いつめる。返答に窮するアーバンは沈黙を返すが、それは答えを言っているも同じだった。
膝をつき、愕然とするアヤメ。もう少しで姉と一緒に永遠を過ごすことができたというのに。
始末を命じたロディは、初めから約束を守るつもりなんてなかった。悔しさ、無念さ、空虚な憎しみが沸き上がる。
「まだ諦めるのは早いぜ。この隕石はいわば、イモタルの大本。未だに研究が終わらないブラックボックスの塊だ。将来的に、死んだ人間ですら復活させる術が見つかるかもしれない。灰になったイモタルですら蘇らせる奇跡がおきるかもしれない。そんな奇跡に縋ってみないか」
ロディの言葉が、アヤメの心に染み入る。
希望を失った彼女の目の前に、一本の糸が垂れ下がった。それは、すぐに切れるような、すぐに裏切られるような見せかけだけの希望だと見え透いている。だが、たとえ見せかけだとしても、まやかしだとしても、可能性があるなら縋らざるを得ない。可能性がゼロではないのなら、それに懸けたいと強く願ってしまう。
「どうすればいか、わかるな?」
そう言って、ロディは拳銃を手渡す。装飾を施された、美しい銃だった。十字架をあしらった、聖教会のシンボル。アヤメのペンダントと同じ、銀色の十字架。
「その銃は……」
アーバンは見覚えがあった。忘れようはずもない、悪夢がフラッシュバックする度に目撃していた、瞼の裏に焼き付いたその形は。
「憶えているか、師匠を殺してお前の肘を破壊した、思いで深い銃だぜ。これには一発だけ銀の弾丸が残っている。――アヤメよ、これで奴を殺せ」
銃を持つ手が震えながらも、アーバンに照準を合わせる。
何も迷うことはない。姉のためならばどんなことでもすると心に誓った。何があろうと揺らぐことのない、鉄の意志で誓ったはずだ。
アーバンは言う。
「ユリは言っていた。イモタルにされた時に死んだようなものだ、と。彼女はイモタルにされたことを悔やみ、妹には同じ目に逢って欲しくないと願ってた。お前はその願いを踏みにじり、さらには再び望まぬ生を与えようというのだぞ。よく考えろ」
「じゃあ……どうしろって言うのよ! お姉ちゃんがいない世界なんて、私には意味がない。生きる意味なんて、もうないのよ」
「生きる意味だと? そんなもの生きてから考えろ! なくてもいいんだ。だが、自分で命を投げるな! イモタルなんてわけのわからないものに関わるな! ユリの遺志をないがしろにするな!」
アヤメは十字架を握りしめる。どれだけ願おうとも、ユリは助けてくれない。もうこの世にいないのだから。
「迷うというのなら、俺を撃て。そして迷いを断ち切れ」
「それじゃ、アーバンが死んじゃう……」
「俺は死なない。拳銃よりも鉄砲の方が強いからな。…………鉄砲は鉄砲でも無鉄砲ッ!!! そして俺が使うのは肘鉄砲だがなあああああああああああ!!!!」
アヤメのために、ユリのために自分を犠牲にしようというのか?
いや、違う。
彼の目には後ろ向きの考えはない。死への恐怖はなく、アヤメを救って前へ進もうという強い意志が現れている。
「……信じていいんだよね?」
「当たり前だ。俺が信頼を裏切ったことがあるか?」
初めて出会った時、助けてくれた。
オックス一味を打ちのめした。
シュバルを連れ戻した。
こうして、ボロボロになっても助けにきてくれた。
いつだってアーバンは無鉄砲で、そして強かった。神様よりも信用に足る存在だった。
姉の代わり……ではない。
アーバンをアーバンとして、敬愛する人間として、信頼する。
「うわあああああ!!」
照準を合わせたまま、引き金を絞る。撃鉄が起き、火薬が爆ぜて弾丸が放たれた。一直線に飛び、アーバンを貫かんとする。
「反射肘!!!!」
発射に合わせ、肘を振り抜く。弾をはじき返し、
「ガアアアッ!!!」
ロディの頭へ反射させた。割れたサングラスが空を舞い、鮮血をまき散らして倒れた。
「アーバン!」
アヤメが駆け寄ると、両手で抱きしめる。
「よく気づいてくれたな。反射肘を狙っていたと」
「あれだけ啖呵切れば、何か考えがあるってわかるよ。でも、銃が怖かったんじゃなかったの?」
「ユリのおかげさ」
それだけを言うと、ロディの方へ歩いていく。
頭から血を流し、倒れたロディ。これで全てが終わった。そのはずだが、アーバンの心は晴れない。何かが引っかかる。理屈ではなく、ロドリゲス・ジャスパーという男を知るが故の勘だった。
「…………………………くくっ」
「……ロディ、お前、まさか!」
「信じるも者は救われると言うが……神様なんて信じてないオレですら救っちまうんじゃ、信仰しようがしまいがどっちでも同じことなんだな」
ロドリゲス・ジャスパーは、むくりと起きあがった。
頭に弾丸を受けてなお蘇る、不死身の存在。それはまさに人ならざりし……怪物!
だが、銀の弾丸に触れたはずなのに、彼の肉体は消滅しない。
しかし全くの無傷とは言いがたく、 傷口から流れ出るおびただしい流血は目を背けたくなるものだった。
「さすがに死んだと思ったぜ。助かったのは偶然だ。サングラスに当たって弾道が変わり、うまいこと致命傷は免れたようだ。くくく、痛えぜ。こんなにも痛い思いをしたのはいつ以来だ。人間だろうとイモタルだろうと、こんなものを食らったら死んじまうな」
「ロディ。お前は……」
サングラスがなくなり、その下の眼が露わになる。
生来の、青い眼だった。
「オレはイモタルじゃあない。人間のままだ」
何人ものイモタルを従え、非人道的な実験を繰り返してきたこの男、当然自身も変化しているものと思っていたアーバンは戸惑いを覚えた。
「素晴らしい力だと理解している。わかってはいるのに、オレがイモタルになろうとは思えなかった。いつか、お前が来るんじゃないかと思ってたからだろうか。お前と相対する時は、対等でいたかった。イモタルの力に頼らず勝利したかった」
ふらつきながらも立ち上がる。おぼつかない足取りで前に進む。
「……ああ、オレはお前のことがうらやましかったんだ。元々強かったお前が。ただのガキに過ぎなかったオレがお前に近づくのに、どれだけ血を吐いたかわかるか? どれだけ涙を流したかわかるか?」
アーバンも一歩前に出る。
「俺だってそうさ。今までお前には復讐心しかないと思っていたが、それは正しくないと気付いた。俺はお前に嫉妬していたんだ。気付くといつも俺の先を行くお前に。いつか越えてやると思っていた師匠を、お前は越えて行った。この町で、大きなマフィアのボスになっていた。俺よりもでかい男になったじゃないか」
「だからオレは」
「だから俺は」
「お前が嫌いだ!!!」
「お前が嫌いだ!!!」




