6.ドン・ロドリゲス(2)
「…………」
「…………」
無言のにらみ合いが続く。
先に口を開いたのはユリだった。
「やれやれ。心を読むまでもなく、強情さが伝わるよ。あたしが何を言おうと決心は揺らがないんだろうね。その強さ、期待していいんだね?」
「もちろんだ」
力強く頷く。一切の曇りはなく、絶対の自信を持つ。
「だけど、その強さ……陰りがあるね」
「……それは」
「銃が怖いんだろう。トラウマなんだろう。そんな状態で、ロドリゲスと戦えるのか?」
「できるできないじゃない。俺がやらなきゃならないんだ」
「その無鉄砲さ、嫌いじゃないけどね。あんたのその心の傷、あたしがなんとかしよう」
「なんとかって?」
いきなり、ユリはアーバンの頭を包み込むよう、抱いた。
「んん!?」
突然のことに対応が遅れ、なすがままにユリの胸に顔を埋める。やわらかさ、温もり、匂いがダイレクトに伝わってくる。
「心を静かに。力を抜いて」
声音が変わった。心地よい声が耳に沁み入る。
傷の痛みも心の痛みも包まれるような感覚。
それが愛というものだと理解した。
「思い出しなさい。あなたは強い人間だということを。弱かったあなたは成長したのだと」
意識が体から遠のいていくも、絶えることはない。ぐるぐると巡っているのは……見知った光景ばかり。
「一番最初はどうだったかな?」
目の前に幼いアーバンが現れた。実父からの暴力に怯え、体も心も傷ついた。
傷ついたのは自分が弱かったから。
「次はいつかな?」
十歳のアーバンが現れた。シルバと出会い、達人ともいえる強さを目の当たりにし、憧れた。
強さに憧れたのは、自分が弱かったから。
「まだ思い出しなさい」
十五歳のアーバン。シルバが殺された。自分が強ければ守れたはずなのに、と激しく後悔した。
真実はどうあれ、弱い自分を憎んだ。
「あなたはずっと強さに憧れてきた。弱い自分を悔やむとき、悪意の銃口はいつもあなたを向いていた」
銃口の奥で父が笑っている。ロディが師匠を殺している。
弱いアーバンは止めることができない。
「本当に?」
本当に弱い? シルバの下で修行を積んだ。復讐を成すために、さらに研鑽に励んだ。
十年もの間修行した俺が、弱いのか?
「認めていいのです。今のあなたは、何者にも負けない強さを持っていると。誇っていいのです。これまでの積み重ねを。その力は何のため? その力は何をする? あなたは誰?」
かつて何もできなかった自分が、ニューウェーブタウンで悪党を打ち倒してきた。
五歳の、十歳の、十五歳のアーバンが重なり、新たなものを形作る。
それが今のアーバン・クロサイト。
「俺は誰だ? お前は何者だ? そう問われれば、こう返すしかあるまい……。俺はアーバン!!! 無鉄砲保安官、アーバン・クロサイトだッ!!!」
「そう、それがあんただ」
いつの間にか、意識が覚醒していた。夢を見ていたように、頭がふわふわとする。
「あんたは自分が強いことを自覚した。それで完全にトラウマが払拭できたかどうか、それはわからない。でも、今までとは違うんじゃないのかい?」
そう言われても、いまいちピンと来ない。
心に刻まれた深い傷、癒えない傷は本当に消えたのだろうか。
それを、アーバンは深く考えなかった。熟考長考似合わず、策を設けず無鉄砲。それがアーバンなのだから。
「……ああ、そうか」
ふと、理解した。ロディへの執念は復讐心だけではない。彼への思いはもう少し複雑なものだった。
「……なあ、いつまでこの体勢でいればいいんだ?」
「こういうのは嫌いかい?」
「……」
頭を抱きしめられたまま、羞恥心と安堵とが拮抗する。
ああ、これが母性なのか、とおぼろげながら得心した。
実の母親は積極的に虐待に荷担したわけではなかったが、父に怯え、かばうこともしなかった。そんな彼女も、アーバンが赤子の頃は愛でもって抱きしめていたのではないか。もう記憶はないが、こうしてユリに抱きしめられていると不思議とノスタルジーを感じる。遠い昔にも同じ経験があったのかも知れない。
「……む!」
落ち着いていた心がざわめき、顔を上げる。誰かが近づいてくる気配を感じた。ほどなくして、垂れ落ちる水音に混じって複数の足音が聞こえてきた。
「――よう、兄弟。元気にしていたか?」
サングラスをかけた金髪の男。誰であろうと逆らうことを許さない、不敵にして無敵、人の上に立つ者が持つ支配者としてのオーラを滲みだしている。覚悟のない者は五秒と持たず逃げ出すだろう。
人は彼を、畏敬を込めてこう呼ぶ。
ドン・ロドリゲスと。




