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6.ドン・ロドリゲス(1)

 血を分けた兄弟とはどういうものなのだろう、とアーバンは考える。元々の家では兄弟姉妹はなく、シルバの下についてからはロディを兄弟のように思うことはあったが、どちらが兄でどちらが弟なのかはっきり決めたことはなく、つまるところ友達以上家族未満として見ていたのだと振り返る。もちろん、兄弟のようなものと言っても血のつながりはなく、いわば兄弟ごっこをしていたようなもの。姿形が違えば育った環境も違う。考え方も違う。


 アヤメ・ムラサキは自身と同じ血が流れる姉の行方を求めて故郷から遠く離れた地へとやってきて、危険なマフィアに近づいた。肉親への愛のために身を投げ出す簡単ではないその覚悟、彼は感嘆こそすれ、共感はできなかった。両親とは絶望的に折り合いが悪いまま袂を分かったので、家族というものに対して情のひとかけらもない。父のように慕っていたシルバには多大なる恩はあれども、家族愛というよりは師弟愛だろう。アヤメが持つそれとは違う。


 では、ロドリゲス・ジャスパー。


 同じ血は流れていない。しかし同じ時間を過ごした兄弟同然の男。ロディが師匠を殺した理由を知った今、彼に対する憎しみは何に起因するのか。


 本当の兄弟、家族であれば、あいつのことを許せたのだろうか。


「いいや、無理だろうね。お前さんはロドリゲスを受け入れられない」


「…………」

 アーバンが非難がましい視線を送る。声の主は、気にもせず涼しい顔で腹の手当をしているユリ・ムラサキだった。


「悪く思わないでおいてくれ。勝手に分かっちゃうんだ」

 謝りながら、手際よく作業を進める。


 目を覚ましてみると、どことも知れない石牢に囚われていた。天然の洞窟を利用した牢屋で、岩は剥きだし、濡れて冷たい。


 ランダルとの戦いで負った傷は深かった。ユリに撃たれた傷はなかった。痛みに呻いていると、ほどなくして鉄柵の鍵が開き、ユリ・ムラサキが入ってきて怪我の手当てを始めたのだった。


(何を考えているんだ?)

 疑問がいくつも沸いてくるが、とりあえずは害意なしと判断し、されるがままとなる。


「……よし、こんなもんさね。ちょいと不格好なのはご愛敬さ」

 本職の医者ほどの腕ではないが、治療の心得があるのか手際よく手当てが進み、あっと言う間に終わらせた。


「後はこれを食べておきな。血が足りないだろう。肉を食え、肉を」

 彼女が救急セットとともに持ってきたブリキのトレイには、いい匂いを漂わせる料理が乗っていた。


 アーバンが流した血は多い。血が足りない。


 血を求める。『人ならざりし者』。

 ユリの目は赤かった。


「ああ、安心していいよ。変なものは入ってないし、入れさせない。ロドリゲスはあんたと話がしたいみたいだからね。無事に捕えておけとのお達しが出てるんだよ」

「……近くにロディがいるのか? ここはどこだ?」

 警戒をしたまま尋ねる。


「ここはファミリーの屋敷、その地下さ。上の屋敷に、奴はいるさ」


 ロディが近くにいる。そう考えただけで体温が上がるのを感じた。冷えた体にちょうどよく火が入り、鈍っていた頭が動き出す。


「あんたは本当にアヤメの姉なのか? なぜファミリーについている? ……そうだ、アヤメはどこだ?」

 食ってかかる勢いのアーバンを、さらりとかわした。


「そう噛みつくことはないさね。あの子は無事だよ。ロドリゲスが話があると連れていった」

 アヤメもいるのならば、早く向かわなければならない。立ち上がろうとするのを彼女は窘めた。


「慌てるんじゃないよ。あたしはあたしであんたに話がある。そのために世話役を買って出たんだからね」

 機先を制し、アーバンの鼻先に扇子を突きつけられた。


 思い出す。さっきの見えない発砲を。


「怖がらなくていい。これは竹でできた、ただの扇子。故郷から持ってきたもので唯一取り上げられなかったもの。子供の頃にアヤメにもらったものでね、どうしても手放したくなかったのさ」

 愛おしそうに扇子を撫でる。


「それはそうと、あんたに怯えがあるね。銃に対する恐怖。トラウマ。幼い頃からの根深い因縁。それが枷になってるね」

「……俺は何も言ってないんだが」

 一言も発することなくアーバンの内面を見抜かれていた。解けかけた警戒を再び高める。


「あたしは人の考えを読みとり、裏をかくのがクセになってるんだ。そのおかげでこうして生きていられるともいう。いや、もう死んだようなものか」

 自虐的に笑う彼女。


「俺に話があると言ったな。ならばあんたのことから話してもらおう。行方不明のはずのあんたが、なぜファミリーにいるのか」

「いいよ。その間に食べちゃな。長くなりそうだからね。まあ、味の方は期待しないでもらおうか」

 治療は上手だった彼女だが、料理の腕前はそこまでのそれほどではない。舌はそう判断した。


「一ヶ月と少し前かね。あたしはロドリゲス・ファミリーに関する噂を聞いた。『不死のマフィアがいる』ってね。同業者は皆フカシだろうと深く考えなかった。まあ、異名を持つような者も多い世界だ。その一つだと決めつけても責めることはできないよ」

「同業者というと」

「聖教会異端審問部隊。それがあたしのいた場所さ。ファミリーについて調べてみると、その町では過去に『人ならざりし者』によるものと思われる事件が起こり、同業者が行方不明となっていた。返り討ち自体は珍しいことではないし、その後ぱったり異変はなかったから気にする人はいなかった。だからその件は資料もほとんどなく、調べようがなかった。でも、ファミリーとその事件は何か関連があるんじゃないかと睨んだ。調べるために、一ヶ月前にここニューウェーブタウンにやってきた。

 結果的には大当たりで――失敗だった。あたしは返り討ちにあってイモタルにされちまったのさ。聖職者が『人ならざりし者』になったなんてお笑い草にもならない」

 ミイラ取りがミイラに、だよ。ユリは笑ったがアーバンは笑えなかった。


「持っていた武器は取り上げられ、自殺することもできないまま時間だけが流れ……アヤメが町にやってきた。とんでもなく焦ったよ。なんであの子がここに、ってさ。アヤメを傷つけないように、あたし自らが連れてきたのさね」

 口調は明るかったものの、その目は暗く沈み、ちらちらと上を見上げる。そこにいるはずの妹の様子が気になるのだろう。


「ユリは……元に戻れるのか? その、人間に」

 途中で失言だと気づき、口をつぐむ。今のユリを人間扱いしていない言葉だった。


 気にした様子もなく、ユリは答える。

「不可能だろうね。少なくとも、あたしはそんな方法を知らないし、そんな事例も見たことがない。このまま化け物として一生を終えるしかないのだろうね」

「……だが、ドクターなら何か分かるかも知れない」

「ドクター? ああ、ドクター・ラッセルか。あの人に会ったんだね。彼は絶対にイモタルを人間に戻す方法を見つけると言ってくれてるけど、あたしは無理だと思ってる。少なくとも、あたしが存在している間には発見できないだろうね」

「そんなこと……」

 諦めきっているユリをどうにか元気づけようと言葉を探すも、何を言っても彼女のためになりそうもなかった。


 それよりも、とユリは言う。

「本題はあたしのことじゃない。アーバン・クロサイト。ここまでアヤメと行動してくれたあんたに頼みがある。あの子を連れて逃げてほしい」

「連れて……って、お前が連れて行けばいいだろう。もうファミリーにいる必要はないんだ」

「そうも行かない。あたしはもう死んだようなものさ。血を飲まなきゃ自我を保てない。化け物なんだよ。外に逃げても生き延びることはできない。化け物として生きるよりも、ここでかわいい妹の盾になって散るのが、姉としての最後の姿にしたいんだよ」

「……」


 自らを犠牲にする、姉妹愛。アヤメとユリ、二人の姉妹は双方ともに愛があった。


 その愛は、アーバンには眩しく映った。


「……何を言っても変わらないようだな。俺の答えはこうだ。お前とアヤメ、二人ともファミリーから逃がす!」

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