5.イモタル(4)
シュバルを再び外に出し、あらかた部屋が片づいた頃、別室で寝かされていたアーバンが戻ってきた。
「取り乱してすまない」
謝罪し、清掃に加わるとだいぶ捗った。
ひと段落がついたところで、アヤメが口火を切った。
「シルバさんとドン・ロドリゲスについてはわかったわ。でも、それは私が知りたい情報とは違う。ドクターは何故ファミリーと一緒にいたの? ドクターも一員なの?」
ドクターは答える。
「わしはマフィアになったわけではない。研究に協力させられているだけじゃ。そう、イモタルについて」
「イモタル……」
ランダルが言っていた、不死身の化け物、『人ならざりし者』。
「ドクター、イモタルとはいったい何なんですか? ここに来る途中、幹部のランダルと戦いました。あいつは頭を撃ち抜かれても平然としていました」
「求血衝動を持った、不死の化け物。それがイモタルじゃ」
「『人ならざりし者』……でもランダルは話が通じないような怪物じゃなかったわ。まともじゃなかったけど、会話ができるくらいの知性はあった」
「成った直後は血を求めるあまり精神に異常をきたすことがわかっている。それを鎮めるには、生き血を啜る必要がある。ランダルを含め、一味のイモタルは血を与えられている者がいる」
この目で脅威を味わった今、他にもあんな化け物がいることに二人ともぞっとした。
「ドクターは何故そこまで詳しいのですか?」
「ロディから倹体を提供されているんじゃ。銀に触れると灰になるイモタル、聖教会にいた頃は研究が遅々として進まなかったが、ロディは生きた状態のイモタルをよこしてくる。皮肉にも、今の方が研究は進んだと言えよう」
アーバンは顔を歪める。
「ロディの奴はそんなものを使って何をするつもりなんだ……」
「目的はわしも知らなんだ。わしは『人ならざりし者』となった人間を元に戻す方法を探している。まさかロディも社会貢献のためにわしに研究させているとは思えんが、思い当たる節はある。おそらく奴は、『人ならざりし者』に変貌させる何かを掴んでいるのだろう。だから自由に倹体を提供できる。自由に生み出せるということは、好きなだけイモタルの手駒を作れるということ。奴はイモタルによる軍団を作ろうとしていると睨んでおる」
死を恐れない、不死なる軍勢が実現すれば、この町どころか大陸中の人間、果ては世界を統べることも夢ではない。ロドリゲス・ジャスパーの野望は、アーバンの手の届かないところにある。それを認めざるを得なかった。
「……」
理解が追いつかず思考が滞る。そんなタイミングで、
「何か、臭わないか?」
アーバンの鼻孔が異変を嗅ぎ取った。悪臭――焼け焦げたような、むせ返りそうになる嫌な臭い。
「わしは、消毒液を直に嗅いで鼻がバカになっちまってのう。なにも感じんわ」
「……」
次の異変は、外のざわめきだった。シュバルが暴れている。あの賢い馬が理由なく騒ぐとは思えない。その時、
ドン、と。
どこかで爆発が起こった。
びりびりと家具が揺れ、続いて黒い煙がもうもうと室内に侵入してきた。
「か、火事だ!」
家の裏から断続的な小さな爆発が続く。ドアを開けると、熱と黒煙が部屋に満ちていく。
「早く外へ!」
不気味な熱が部屋を、建物を侵略してくる。アヤメとドクターを抱え、アーバンは窓から飛び出した。シュバルの乱入によりガラスがなくなっていたことが幸いだった。
火の手が家を飲み込む。煙が天に昇り、熱い空気が何者も近づけない。太陽に負けない不自然な明るさが目を覆う。周りに建物はなかったので延焼の心配はないが、だからこそ突発的なこの火事は不可解だった。
「んー、ちょっと遅かったか。余計なものが来る前に終わらせておきたかったんだがな」
あろうことか、揺らめく火の中に人影が現れる。炎に照らされたその人物は何事もないように、悠然と歩く。焼けた皮膚は瞬時に治っていく。蒸発した眼球はすぐに元に戻る。イモタルにはこの程度の炎、意に介する必要もない。
「……ランダル!」
「命令でね、ドクターを始末しにきた」
「何故だ。ドクターはお前らに協力していたんじゃないのか」
「さてね。理由なんざどうでもいい。理由なんざいくらでも考えられる。でもそれはオレの仕事じゃない。それよりも、だ。ちょうどよくさっきの礼をしたい思ってるんだ。きっちりと返してやるぜ」
炎よりも赤く燃える目を向け、言った。
「アヤメ、ここは」
「ここは俺に任せて逃げろ、なんて言わないよね? 一人でどうにかできる相手じゃないってことはさっきわかったでしょ」
タネシマの安全装置を外す。去る選択肢は初めからない。顔に緊張の色が浮かぶも、おびえはない。
「……ドクターをシュバルに乗せて、逃がすんだ」
「了解!」
シュバルの縄を外し、ドクターを乗せる。駆け出す前に、ドクターは言う。
「イモタルの弱点は銀じゃ。奴もその例外ではない。アーバン、どうにかしてその肘を味わわせてやれ。……二人とも、死ぬなよ!」
シュバルが離れていくのを見図ると、アヤメが動いた。
タネシマが火を噴き、ランダルの腹から血が吹き出す。おびただしい出血だが、それを気にも留めない。
「さあ、狩りの時間だ!」
両手にリボルバーを握り、前に突き出して走る。
「そんなもの……」
不格好な走り、射線はブレブレで恐れるものではない。恐れがなければアーバンは動ける。迎え撃とうと、前に出る。
「!?」
瞬間、本能とも言うべき警鐘が頭の中で鳴り響いた。考えるよりも先に、足が止まった。
すると、脇腹に焼けた鉄棒が刺さったような痛みが走った。
膝をつき激痛に手を当てると、ぬるりと血が流れていた。
撃たれた? だが奴の銃は明後日を向き発射した様子はない。一体どこから。
「アーバン!」
横合いからアヤメが入ってきてランダルの直進を妨げる。しなやかに伸びたハイキックが側頭部を捉えた。流れるような動きで掌打、蹴りを繰り出す。格闘の心得がないアヤメではクリティカルヒットは望めないが、普通の人間相手ならば圧倒できる動きだった。
しかし相手は荒事に慣れたマフィアであり、人間でもない、イモタルだった。
「いい蹴りだが……重さが足りないなあ!」
繰り出された足を腋に挟むとぐるりと転回し、遠心力に乗せてアヤメを投げ飛ばす。
「はっはっはぁー、オレを相手に格闘で挑むのは間違いだったな。……って、んん、オレの銃がねえ!?」
ランダルは、手に持っていたはずの二丁の銃がないことに気がついた。その狼狽を、アヤメは受け身を取って不敵に笑う。
アヤメの手にリボルバーがあった。
「てめえ、小娘が! いつの間に盗みやがった!」
怒りの表情で睨み付け、取り戻そうと手を伸ばす。
「お前の相手はこっちだあああ!!」
渾身の肘鉄砲は、腕を掴まれて止められてしまった。
「その肘、食らうわけにはいかねえな」
「ちっ」
アーバンは舌打ちする。
腕を取られ、力と力が拮抗する。一進一退、肘は動かない。少しも力を抜けず、一瞬でも気を抜けば勝敗が決する。
両者の硬直の中、アヤメはチャンスを待つことしかできなかった。援護しようにも、二人の距離が近すぎてタネシマを撃てない。今の彼女にできるのは、いつでも援護できるよう心がけるだけだった。
「……オレの筋力と張り合うとは、いい度胸だ。だが、ここまで密着すれば……オレの勝ちだ」
ランダル物言いによくないものを感じ、刹那の判断がアーバンの体をひねらせた。
直後、背中に熱い痛みが走る。撃たれた、と直感した。
だが、銃が見えない発砲だ。鉄砲は鉄砲でも肘鉄砲を持つアーバンとは明らかにステージが違うものだった。
「ほう、かすめただけか」
口から煙を吐きだし言う。
そして、見た。ランダルの腹が修復していく様を。むき出しの腹が裂け、脂肪、肉、内臓、その奥にぬらりと光る黒い塊を。
「まさか、銃は……」
「そう。お前が探しているもう一丁の銃はオレの腹の中にあるのさ! イモタルじゃなきゃあ、こんな真似はできないだろうな。テメエの腹突き破って撃つなんてな! これがオレの虎の子、秘密兵器だ。タイミングがわからないってのはさぞや避けにくかろう」
体内に収まった銃は固定されている。向きがわかっても予備動作は外からでは一切わからない。全ては体の中で、筋肉の収縮によって行われる。発砲したと気付いた時には既に撃たれた後となるのだった。
「だったら、撃たせないまでだ!」
右に左にステップを踏む。考えるまでもない。正面しか撃てないなら、前に立たなければいいだけだ。高速で反復横跳びを繰り返す。
「ガゼルみてえに飛び跳ねたってムダなんだよ! オレの速さは……お前を超える」
アーバンの高速移動に何の苦も無くついてくる。馬の速力に追いつく、虎が如き俊敏さと獰猛さ。不死の体など副次的な強さに過ぎない。野性を思わせる身体能力こそ、ランダルの強さだった。これが〝狩歓虎”!
一撃、二撃とパンチを繰り出す。それを裏拳で受け止め、ランダルは牙を剥いて笑う。距離が縮まれば血を吸われる危険がある。慌てて頭突きをかまし、引き離した。
「さあ、食われて死ね!」
広げた両手で抉り取られるか。腹の銃を食らうか。どれもが致命的なダメージを負う。決して喰らってはならない。
「……肘鉄砲ッ!!!
カウンターの要領で肘を突き出した! まっすぐ顔面を突く――が、直線的なその動きは腕を鷲掴みにされ押さえつけられた。
「食らわねえって言ってるだろ。このまま握り潰してやろうか」
ぎりぎりと尺骨が軋みを上げる。万力のような力で押さえられ、徐々に肘が下がっていく。
「ヒヒ……。腹のリボルバーを食らって死ぬか、オレに食い殺されて死ぬか。お前に選ばせてやるよ」
戯れの質問を投げかけるほどの余裕すら見せる。
「……リボルバーか……せっかくだから、この俺のリボルバーを食らってみるといい」
「ああ? お前、銃なんか持ってねえだろ。それとも、オレみたいにどこかに銃を隠し持つガンマンなのか?」
「もちろん――リボルバーはリボルバーでも俺謹製の……回転肘だがなあああああああ!!!!」
押さえられる力を、逆に推進力として、腕をぐるりと回転!
縦に回る銀なる肘が、ランダルの脳天をかち割らんと振り下ろされた。
「さ、せ、る、か!」
生存本能、獣の動体視力はその技の動きを目で追いかけ、反射神経で回避行動に入る。
必勝の機を逃したアーバンの絶望の表情を観察しながら、ランダルは己の勝利を確信した。
パァン、と。
小さく、乾いた音。不自然な圧力が頭部を動かした。
「あ?」
回避したはずの頭は軌道修正され、元の位置に戻る。
頭上には燦然と輝く銀色が。
「ああああああああ!!!!」
肘が持つ破壊エネルギーが頭蓋骨を陥没させ。血の代わりに白い灰をまき散らす。断末魔を上げながら徐々に体が崩れていき、”狩歓虎”ランダルは皮も残さず消滅した。
「これ、結構反動がキツいわ。手が痺れちゃった」
イモタルの残骸の向こうにアヤメがいた。奪い取ったリボルバーから一筋の煙が立ち上っている。
「……お前にその銃は似合わないな」
それだけを言うと、がくりと膝をつく。腹から出血したまま動き回ったせいで流血がひどくなっていた。
「だ、大丈夫? すぐにドクターを……」
ドクターとシュバルはどこまで逃げたのだろうか。しかし、探しだそうと踏み出した足が、すぐに止まった。
一点を凝視したまま動かなくなったアヤメを不審に思ったアーバンは顔を上げる。
女が佇んでいた。白い花柄の着物、ストレートに流し、炎に照り返る黒髪。手に扇子を持ち、口元を隠す。
「……お姉ちゃん?」
か細く震えるアヤメの声。こんなところで、こんな唐突に会いたかった人に出会った。歓喜、困惑、様々な感情がこもっていた。
「ロドリゲス・ファミリー幹部が一人、”幻惑孔雀”ユリ・ムラサキ」
それだけを言うと、ユリは扇子を閉じて二人に向ける。
「な、何をする気?」
アヤメの質問には答えず、
「ぱあん」
ユリが発した一言は破裂音となり耳に届く。
それは、発砲音。
撃たれた二人はその場に倒れた。どこから撃ったのかわからない。撃たれたことすらわからなかった。ランダルの秘密兵器とは次元が違う。
薄れゆく意識の中、アーバンはユリを見た。
「死ぬことはないから、今はお休み」
その目は炎よりも赤く染まっていた。




