5.イモタル(3)
「これがシルバの、ロディの過去じゃ。あいつはわしを信じて打ち明けてくれた。洗いざらい、何もかも。事件の直後に引退していたわしは、シルバを秘密裏に援助することにした。『人ならざりし者』となった人間を元に戻す方法を探したが、見つかる前に死んでしまったんじゃ」
今まで誰にも明かしたことのない、墓まで持っていく話を語り終え、ドクターの顔はどこか晴れやかだった。彼にとって過去の話は重くのし掛かっていた。
「……」
アーバンは放心していた。家族同然と思っていた二人の過去を知った。驚けばいいのか悲しめばいいのか、感情が追いついていない。
「ドクターは、『人ならざりし者』が元々人間だったって知ってたの?」
「全ての存在が人から変化したものと決まったわけではないが、わしが観測したイモタルに関しては元々が人間だったといえるものが多かったのは事実じゃ。教会としては神の祝福を受けているはずの人類が堕落するなどありえないと考えるから、隠し通そうとしているがな。人は人、化け物は化け物、決して交わらないと」
真実を隠蔽する聖教会の思惑。深い闇を感じ、アヤメはそら恐ろしくなった。
「師匠が『人ならざりし者』となったことは……わかりました。でも、ならば何故ロディは師匠を殺せたのでしょう。普通の武器ではすぐに再生するんですよね?」
「シルバは五年間、常に精神をすり減らして欲に打ち勝っていた。その代償として、肉体がどんどん衰弱していった。お前も記憶にあるじゃろう」
アーバンは思い出す。まだ四十歳のはずのシルバは頬がこけ、手足は細く、髪は白く、まるで老人のような姿だった。
「限界を悟ったシルバはわしに頼みごとをした。聖教会から支給されていた、銀の弾丸と拳銃、それを貸してほしいと。あいつは自分で自分を抑えられなくなる前に死のうとしていた」
「そ、それは……まさか」
「最初から決めていたんじゃ。死ぬときは自分でやるか、ロディにやらせるか、と」
それは、つまり。
「じゃあ、復讐の意味は……師匠の無念は……」
そんなものはなかった。
全てが無意味だった。
そう、結論付けるしかなかった。
事情も知らず、勝手に師匠の無念を決めつけ、復讐心に身を委ね、ロディを殺すための力を身につけるのに膨大な時間を費やした。勝手に踊って勝手に転んで。これを道化と言わずになんと言おう。
アーバンは悲劇の英雄ではなく、喜劇のピエロだった。
「……何故師匠は俺に言ってくれなかったんでしょうか」
「言おうとは、言い遺そうとはしていた。いよいよという時はお前たちに全てを伝えてから逝こうとしていた。……だが予想外に欲求が強まってしまい、耐えられなくなってしまった」
アーバンは思い出す。まだ元気があったシルバが急に臥せるようになったタイミング。
それは、アーバンがトマトジュースを差し入れた直後からだった。
「ドクター、それはまさか」
「確証はないし確かめようもない。だからこそ、一因としての可能性を否定はできない」
元気になってもらおうと、よかれと思って用意してもらったトマトジュースは血のように赤かった。
「わしも迂闊じゃった。取り寄せたはいいが、もっとよく影響を考えるべきだった」
ドクターの言葉も耳に入らない。
ずっと信じていたことが覆され。
あろうことか、敬愛する師の死を早めたのが自分のせいだった。
後悔も懺悔も憤怒も悲哀もない。
ただただ、真実を認めたくなかった。
「うわああああああああああああああああああああ!」
大声を上げ、音を遮断。そうすれば聞きたくない言葉を聞かなくて済む。
拳を振り回し、自分の体を傷つける。そうすれば、しでかしたことが許されると信じて。
「アーバン、落ち着いて!」
アヤメを突き飛ばし、暴れる。
「いかん、パニックを起こした! 鎮静剤を」
手当たり次第に破壊するアーバンに近づけない。
自己を否定したアーバンの精神は、崩壊寸前だった。
「それはダメ!」
アヤメが叫ぶ。アーバンの手にガラス片が握られ、首にあてがった。
それを、思い切り――
ヒヒイイイイイィィィィン!!!
その瞬間、窓を突き破りって黒い物体が突っ込んできた!
ブルルルルルルル!!!
シュバルだった。
その場の誰もが呆気にとられる中、シュバルは一直線にアーバンへ近づき、
ぱくり、と、
頭からかじりついた。
「シュバルー!!!? 何してんの!!」
口の中でもがもがともがくアーバンは次第に力を失っていき、やがて大人しくなった。
でろん、と吐き出された彼は唾液にまみれ、気を失っていた。
「なるほど、呼吸を奪って酸欠にしたんじゃな。賢い馬じゃのう」
ドクターは冷静に分析する。
テーブルが壊れ、棚が倒れ、窓ガラスが散乱する惨状を眺め、アヤメは思う。
片づけが大変だなあ、と。




