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5.イモタル(2)

 シルバ・アージー。今をさかのぼること十年前、当時三十五歳。


 並みいる強敵と戦うために、独自の戦闘術無銃(ムガン)流を研鑽していた。武器に頼らず己の肉体のみで敵を破壊する芸当は、彼の仲間も一目置くほどだった。


 聖教会異端審問部隊。


 それが、シルバが身を置く組織だった。


 怪物化物魑魅魍魎、人呼んで『人ならざりし者』。神の教えに背くその存在を、彼らは決して許さずに、排除する部隊だった。


 ドクター・ラッセルもそれに近しい聖教会の一員で、『人ならざりし者』を研究分析していた。科学や医学はまだまだ神の奇跡が跋扈する分野、成果らしい成果は上がらないでいたが、唯一にして絶大な結果を残した。


 『人ならざりし者』は体細胞に変異を起こし異形と化した生物で、変化した細胞が人を超える力を生み出していると突き止めた。


 これは、神の祝福を受けたはずの普通の人間が『人ならざりし者』に堕ちる可能性を示唆する説であり、教会としては決して認められないものだった。


 しかしその成果から生まれた技術は聖教会にとって大いに役立つことになった。


 変異した細胞は、とある金属に触れると崩壊する。


 それすなわち、銀。


 銀は魔を退ける聖なる金属として広まり、信者たちは身につけるようになった。実は、銀の十字架の歴史は浅いものだったのである。


 シルバは、風の噂で銀の産地となった町のことを知る。ある日山に隕石が落ちて以来、銀が採れるようになったという奇跡。そこに興味を持った。山の名前が自身の名と同じだったことも、興味をそそられる一因だった。

 異端審問の仕事とは直接関係なかったが、将来的に聖教会の益となるかどうか査察に向かうことにした。


 ニューウェーブタウン。


 当時はシルバーラッシュに沸く人々が行き交い、活気に溢れていた。


「やれやれ。必死こいて砂漠を歩いて渡りきったが、まさか馬車があったとは」


 セントラルシティとの往来があった頃なので行き来する交通機関があったのは当然だった。


 過酷な”大陸砂漠”越えを果たしたばかりで消耗し切っていたので、まずは腹を満たすために飲食店へ入る。エプロンをつけた厳めしい男が慌ただしく動き回る店で、盛況ぶりが伺い知れる。味はとりあえず満足できるものだった。これからの発展に期待したいところだ。


 一服し、さてとこれからを考える。


「坑道は部外者が入れるものだろうか。この目で現場を見ておきたいが……いざとなれば潜入するのもありえるか」


 その時、外を歩く人波が一斉に一方向に向かって走り出した。逃げろという声や助けてとの悲痛な悲鳴が上がる。

 店内にいた人たちも何事かと外を覗いた。シルバもそれにならい顔を出す。

 これから向かおうとしていた山とは逆の方向、町の外へと人は流れていく。やってくる先の方では、恐慌に陥った者、血を流す者もいた。


「おい、あんたたちも逃げろ!」

 親切な男が、店にいた人たちに声を投げかける。何があったのか訊ねようとしたが、彼はすぐに走り去ってしまい、近隣の建物に同じように避難を呼びかけていた。


「なんなんだ、一体」

 人波に逆らうように、数人のガンマンが向かっていくのが見えた。保安官だろう。その顔はどれも緊張に満ちており、尋常じゃない事態が起こっていると示していた。

 暴徒や凶暴な野生動物が相手では異端審問部隊の出る幕ではない。


「…………」

 だが、もしもあれらだったら。可能性を払拭できない以上、確認に向かわなければ気が済まない。


 人の流れを掻き分けて進んでいくと、ぽっかりと空いた空間に出た。そこはおぞましい光景が広がっていた。


 頭をかち割られた死体。腹を抉られた死体。手足をもがれた死体。

 血と臓物のむせ返る臭いで満ちていた。


 ぴちゃぴちゃ、ぬちゃぬちゃ、ねちょねちょ!


 それらに群がり、血を啜るモノたち……。人間が人間を、いや、人のカタチをしたモノが、人間だったモノに跨っていた。


「う、わあああああああああああ!!!!」


 一足先に到達していたガンマンは、あまりにも直視に耐えない地獄絵図に、次々とリボルバーを引き抜いてありったけの弾丸を浴びせる。血を啜るおぞましいモノの頭が吹き飛び腕がちぎれ胴に大穴が空き、横たわる死体が欠損し細切れになり、地面の土を抉り飛ばした。


 ガンマンたちの足元に空薬きょうの山が転がっていくが、彼らは六発の装填数を呪っただろう。これじゃ足りない。もっと、もっと撃って撃って撃ちまくってアレをこの世から消し去らなくては!


 その願いは叶わない。


「グ……ガアアアアアアアアア!!!!!」


 頭が吹き飛んだはずの化け物が吠える。声を発したということは頭があるってことで、じゃあ今俺たちがぶっ飛ばしたのは何なんだ!?


 混迷を極めるガンマンたちは恐怖に頭がマヒし、その場を動けない。失禁する者もいた。


「おい、早く逃げろ!」

 シルバは叫ぶが、まだ彼らは遠い。最高速度で走るが――間に合わないと悟った。


「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 悲鳴とシルバの到着は同時だった。そこにはもう、人間はいなかった。

 死体と化け物。人間ではない、怪物。


 『人ならざりし者』。


 審問の余地はなく、尋問の必要もない。

 生きとし生ける者とは違う、祝福を受けなかった化け物ども。

 ならばこれは、シルバの仕事だった。


「神の理に反せし異端の者よ。汝らの存在は聖なる定めにより否定された。この世界に汝らの居所はなく、慈悲でもって神の御許へと送らんとす。願わくば、次なる生は祝福のあらんことを。かくあれ!」


 祝詞を上げ、白い手袋をはめて戦いに臨む彼をいくつもの赤い目が捉える。


 武闘派のシルバは武器を使っての戦いを好まない。研ぎ澄ました己のセンスと肉体で直に相手とぶつかるのを良しとし、生と死の狭間で好敵手と認めた相手と血沸き肉躍る緊張感を求めていた。


 故に、戦闘スタイルは徒手空拳。


 自ら編み出した無銃(ムガン)流を駆使して敵を撃つ。拳で、脚で、肘で、膝で、頭で。肉体のあらゆる部位を武器とし、『人ならざりし者』を駆逐していく。


「ガア……」

 奇妙な手ごたえを感じた。頭が吹き飛んでもすぐに再生して見せた驚異の化け物性が、シルバの拳を受けた個体には一切発揮される気配がなかった。拳が体を貫くと、血の代わりに灰となっていく。


 塵は塵に、灰は灰に。


「さすが、ドクターがドクター謹製のグローブだけあって、効果覿面だな」


 シルバが両の手に付けた、白銀色のグローブ。

 ただのグローブではなく、ドクター・ラッセルが開発した審問部隊専用の装備だった。縫製した糸に銀を織り込んだことで、シルバのような武器を使わない戦士でも『人ならざりし者』を屠ることができる。


「はあッ!」

 最後の一体の頭を粉砕し、状況は終了した。


 動くものはないことを確認し、ひと息つく。

「何故こいつらは現れたのか? どこかに巣がある……のだろうか。いや」

 いや、の後は口にしたくなかった。


 見渡すと、地面には食い散らかされた犠牲者の死体と、一式揃った作業着、それから白い灰のような粉。

 襲ってきた『人ならざりし者』は、作業着を着ていた。それが意味するところは。


「人間が……『人ならざりし者』になった」

 言葉にすると、ぞっとすると同時にやはりか、と腑に落ちる。


 聖教会のスタンスでは、人と『人ならざりし者』は全く別の存在で、神の祝福を受けたか否かが両者を分けるポイントとしている。シルバもそう教育されてきた。だが、戦えば戦うほど二者の境界線が曖昧になる。俺は今、何と戦っているのか。戦闘中に自問することも少なくない。


「俺は人間と……戦っていたのか?」


 作業着にはネームプレートがついていた。返り血に濡れて読めなかったが、この町の人間だったことは間違いない。


(ドクターはこのことを知っているのだろうか)


 知っていて黙っていたのであれば、騙していたことになる。騙していたのがドクター個人なのか、それとも……


「キャアアア!」

 考えに耽っていたシルバを現実に引き戻したのは、絹を裂く悲鳴だった。

 避難の遅れた人がいたのか。急ぎ駆けつける。


 町人らしき男女が組み合っていた。男は正体をなくし、涎を垂らして低いうなりをあげて食いつこうとしている。女は必死に抵抗しているが、力の差は歴然。


「うおおお――狙撃(スナイピング・)(エルボー)!!!」


 走る勢いそのままに、大地を蹴って低く飛ぶ。破壊を一点に集中することで、彼女に余波がいかないようにする。


「ガハッ!」

 もつれるように男を引き離すことに成功した。すぐさま拳を振り下ろし、化け物と化した男を灰にする。


「おい、大丈夫か」

「あ、ありがとう……」


 女は差し伸ばされた手にすがろうとする。


 その手が、止まった。


「あ……ガ、ガガガ」

 突如痙攣したかと思うと、体中を掻き毟り、苦しむように血走った眼をシルバに向ける。


(『人ならざりし者』!)


 瞬時に理解し構える。その瞬間、余計ともいえる考えが頭をよぎってしまった。

 考え、拳が止まってしまった。


 彼女は人間だったと。


「ッ!」

 女の犬歯が肩に突き立てられた。刹那の迷いが、手痛い傷となってシルバに痕を残す。


「う、おおお!」

 すぐさま振りほどき、頭と腹に一発ずつ必殺の拳を叩き込む。くり貫いた穴から灰のような粉になり、散っていった。


「はあ……はあ……」

 戦闘が終了しても、勝利の余韻に浸ることも守れなかった二人への悲観に暮れることもできない。肩の傷が熱く疼き、全身の血が沸騰したように熱くなる。


「ぐううう!」


 頭がガンガンと痛み、皮膚がビリビリと刺さり、喉がカラカラと乾く。

 喉が渇く。喉が渇く。喉が渇く。

 満たされない飢えと渇きが心を支配する。

 癒されない苦しみと痛みが体を支配する。

 視界はゼロ、知性もゼロ。突き動かすは本能。飢えを満たし、渇きを潤す欲求のみに従う。


「……!」

 匂うぞ見つけたぞ、苦しみを解き放つ唯一無二の良薬を。極楽浄土の毒杯を!

「血ヲ……ヨコセエエエ!」


「父さん、母さん」

 それが何かを呟いた。


 冷水を浴びせた鉄のように、急速に熱が冷めていく。


(俺は今、何をしようと)


 晴れていく視界に少年の姿を認めた。

 少年を縊り殺そうと、手を掛けていた。

 首をねじ切り、血を浴びようと考えていた。


「……くっ」

 欲求に逆らい、手の力を全身全霊かけて抜いていく。わずかでも気を抜けば、少年を殺しかねない。正常な自我を取り戻したが、そんな危うさがあった。


「父さん、母さん!」

 シルバの手を振りほどき脇をすり抜け、残っていた衣服にすがりつく。

「父さんと母さんはどこだ? この辺にいたはずだ!」

 シルバは苦悶した。真実は、二人とも『人ならざりし者』となり、処分した。そう告げなければならない。


「……」

 言うことができない。少年を前に、両親が化け物になったとは、伝えることができなかった。


「そうか……化け物に殺されたんだな」

 少年は黙ったままのシルバから、そう解釈した。


「俺たち、逃げるのが遅れてて……物陰を移動しながらあの化け物を見たんだ。なんだよ、あれ。あんなのどうしようもないだろ。……ちくしょう、俺が強ければ。力があれば、あんな化け物なんか殺してやるのに……」

 少年は涙を流す。


「……」

 未だにシルバの全身あらゆる細胞が血を欲し、少年を殺せと命じてくる。

 殺せ殺せ千の死骸で万の血を飲め血だ血が欲しい赤よりも赫い液だ飲み干せ飲み尽くせ満たせ血で胃を洗え肺を埋めろ。


(黙れッ!)


 声なき声を、シルバは。

 気合で封殺した。


「少年、行くあてがないなら、俺と一緒に来ないか」


 自然、そんな言葉が口を突いた。


「……あんたは?」

「俺はシルバ・アージー。強くなりたいなら導いてやる。化け物を、『人ならざりし者』を殺す力を授けてやる。生きぬく力を教えてやる」

 何かを考えたわけではない。そうすべきだと感じただけに過ぎない。


 直接的に少年の両親を殺したことへの贖罪、なんだろうと思う。彼らの代わりに少年を育てることが手向けになると信じた。


「教えてくれるっていうなら教えてもらうさ。あんた、強そうだもんな。なら、俺を強くしてくれよ――師匠」

「お前の名は?」

「ロドリゲス・ジャスパー。ロディでいいぜ」


 以後、シルバはニューウェーブタウンを去り、セントラルシティの郊外に隠れ住む。途中加わったアーバンを含めた三人で修行生活を送ることになる。


 それはおおむね順風満帆な日々だったが、シルバが恐れたことが二点あった。


 噛まれた時に自分も『人ならざりし者』になったことがわかる。ドクター・ラッセルの協力を得て、行方不明という扱いで隠れることに成功したが、いつ露見して自分を処分しようと戦士が遣わされるかわからない。殺される覚悟は常にあるが、せめてロディとアーバンを一人前に育て上げる責を全うするまでは死ぬわけにはいかないと考えていた。


 その心配は結局杞憂に終わったが、もう一つ、常に隣り合わせた恐怖。それは、血を求める欲に負けることだった。


 体の中には一日たりとも漏らさず、常時欲望が渦巻いた。それを、強靭な精神力で押さえるだけしかできない。いつ狂気に取りつかれるかわかったものではない生活は、並大抵の精神では持たないだろう。


 根本的な解決法が見つからないまま、ロディに殺されるまでの五年間を、ただの一度も負けることなく、戦い抜いたのだった。

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