5.イモタル(1)
「さてアーバンよ、お前がわしのところへ来たということはつまり」
「はい、その通りですドクター」
「結婚報告じゃな」
「いいえ、違いますドクター」
「む。そっちの娘はそういうんじゃないのか。……まさか、独身を貫くわしのためにお見合い相手を見繕ってくれたとか? 困ったなー、わし、この年までまともに恋愛一つしたことないし。だからまずはお友達からということで。どうじゃろ?」
「意味がわかりません、ドクター」
ドクター・ラッセルの家は、民家を改造し診療所を併設している。消毒液の臭いが立ちこめる診察室。そこでアーバンは上半身を脱がされ台の上に寝かされていた。
「あの、ドクター。この体勢だと話しづらいのですが」
「わしは別に話しづらくはないから構わんよ。なに、せっかく久しぶりに会ったんだからちょいと診てやろうと思ってな。お前のことだから体を酷使し続けてきたんじゃないか?」
アーバンの体には古い傷跡がいくつも残っていて、惨たらしいありさまだった。それは無銃流の修行がいかに過酷だったかを物語る。実はこの傷の中には実父から受けた暴力の痕跡も多々あるのだが、それを見抜ける人物はここにはいない。
あちこちと触診されるアーバンに、アヤメは目のやり場に困っていた。
「次はキミも診てやるから待ってなさい。もちろん診察代はいらんよ。むしろわしがお金払うから触らせて」
「結構です!」
思いのほか強く言い切られたドクターは肩を落とした。
「ふむ? アーバンよ、足をケガしたな」
昨日の戦いの最中の傷。大事はなかったので軽く手当しただけで放置していた。
「ええ、まあ。一応、自分で処置はしましたが」
「アホか。包帯で巻いただけじゃろ。どれ、消毒液はと」
ドクターは戸を開ける。陳列されたビンはラベルがはげており、中身がなんなのかわからない。一見しただけではどれも同じに見える。
「ねえドクター。どれが消毒液なのかわかるの?」
「ああ。こうしてだな、ニオイを嗅いでみるとウェッホ!」
ビンを鼻に近づけたところ、盛大にむせかえった。
「…………」
冷めた目でアヤメが見ていると、せき込みが治まり涙目のドクターが胸を張る。
「わしの嗅覚は正しい。これに間違いない」
薬品をアーバンの傷口にぶっかける。
飛び跳ねた。
ドクターは「特別しみるが特別よく効く薬じゃ」とのたまった。
アヤメは今後医者の世話になることがあろうとも、ドクター・ラッセルにだけは体を預けたくないと思った。
「早いもんであれから五年か」
「ええ、そうですね」
復讐を決意してからそれだけの時間が流れた。逆に言えばまだそれだけしか経っていない。復讐心は未だ衰えず燃え盛っている。
「復讐か。まだそんなことを考えているんじゃな」
「当たり前です。ロディは大恩ある師匠を殺した。度し難い。師匠の無念は俺が晴らすのです」
ドクターは少し沈黙し、目を閉じたまま口を開いた。
「そこからして間違っている。あいつは、シルバは、殺されたことに何も憤ってはおるまい。むしろ、ロディに感謝しているじゃろう」
「バカな、そんなわけあるはずがない!」
アーバンは頭を振って否定した。
「本人が言っておった。死ぬ時はロディに幕を引いてもらう。それが、あいつにできる最後の償いだ、とな」
「……償い?」
ドクターは黙る。話すべきか否か、判断しかねていた。
「ドクター。俺は師匠のことを実の父のように思っていました。俺の知らないあの人の過去があるならば、俺も知っておくべきかと思います。どうか教えてください」
ソファに体を預け、天を仰ぐドクター。
「そうじゃな。ここまできたらもう無関係などと言ってられないか。話してもいいだろう、シルバよ」
誰にともなく、そう呟いた。
「じ、じゃあ」
「うむ。お前にも知る権利があるだろう。シルバが何者で、何を思って逝ったのかを。……して、アヤメちゃんは」
ちらとアヤメを見る。部外者のアヤメに聞かれるのはあまり好ましくはないと考えていた。
「アヤメはこの町で行方不明になった姉を探してロディを追っているのです。ロディに関わる話ならば彼女も聞く権利はあると思います」
「そうか、わかった。まあ、文句を言う奴はもういない。話そうではないか」
そしてドクターは語り始める。シルバの、ロディの過去を。アーバンの知らなかった真実を。
「十年前、ロディの両親を殺したのはシルバじゃ」




