4.不死の化け物(3)
その夜はそれ以上の成果を得ることはなく、眠ることにした。二人とも寝てしまうのは危険だから交代で見張りを立てようとアーバンは提案したが、アヤメは頬を膨らませて渋る。アヤメの睡眠時間を多くとるよう譲歩することで、ようやく納得した。
交代の時間になってもアーバンは起きずにアヤメが激怒したり、厩のシュバルがさびしそうに鳴き始めるので行って宥めたりとあったが、特に襲撃を受けることもなく、安全に朝を迎えた。
朝食に携帯食の残りを食べ、シュバルの体調も良好。保安官詰め所を後にした。
「ねえ、ドクターってどんな人なの?」
来た時と同様、アヤメが前でアーバンがしがみつく形でシュバルを走らせていた。
昨日見つけた、ドクターの家を目指す。
「齢六十を越えるじいさんだ。昔は軍医のようなこともしていたらしいが、詳しいことは知らない。師匠とは古い付き合いだと言っていたな」
道なりに丘を下って行き、昨日通った道を辿って行けば町へと戻れる。
「……あれ、誰かいるよ」
と、道の真ん中に人が立っていることを認識した。
腹の辺りが破れた服を着た、奇抜な男。二十代半ばくらいに見える。牙が見える、にやけた顔でアーバンたちを眺めていた。
「止めろ、アヤメ」
普通ではない雰囲気を感じ取り、シュバルが停止させる、アーバンは飛び降りた。
「そこのお前、道を開けてもらおうか。俺たちは先を急いでいるんだ」
「……ひひっ」
男は喋らず、笑いを漏らすだけだった。
その男が、突如として銃を抜いた。
「!」
アーバンは身構えたが、抜いたリボルバーには弾倉がセットされていなかった。当然、撃つことはできない。どういうつもりか意図が読めずにいると、男が言う。
「オレは〝狩歓虎〟ランダル。ひひっ」
いち早く気付いたアヤメが叫んだ。
「そいつ、幹部の一人だよ!」
ランダルは嬉しそうに、弾倉のないリボルバーをくるくると弄ぶ。
「そのとーり! ドンが執心なさる”銀の肘”とやらがどんな奴か気になってね。ちょっと遊んでけよ、にーさん」
ランダルの目が肉食獣のように吊り上り、発砲した。
いつの間にかもう一丁のリボルバーが握られていた。
とっさに上体を反らして回避する。
「ま、そうだよな。それじゃあこいつは……どうかな?」
ランダルは二丁の銃を、ジャグリングめいた手つきで放り投げてはキャッチを繰り返す。
くるくる。
くるくる。
徐々に速さを増していき、本職の曲芸師に引けを取らない取り回しを魅せる。どちらの手に弾倉の入ったリボルバーがあるのか、もはや判別不可能だった。
「右かな? それとも左かな? はははは! 踊れ踊れ!」
わざとアーバンを直接狙わず、足下に向けて発砲する。土が抉れ、石が弾け飛んだ。あくまで戦いを楽しむかのように、あくまで狩りを楽しむかのように。
「……!」
それに対し、アーバンはうまく体を動かせず、弾がブーツのすれすれをかすめていく。銃への恐怖心が動きを制限していた。
「ノリが悪いぜ。ビビってんじゃあねーぞ。ホラホラぁ!」
両手に銃を構え、アーバンの頭に照準が合う。
弾が出るのは二分の一、しかしどちらかは必ず発射される。
避けなくては、と思うものの、逃げるための行動が起こせない。思考ができない。
「……なんだ、本当にビビってるのか。興が冷めるぜ。ホラ、逃げないと死ぬぜ?」
銃を向けた姿勢のまま、余裕しゃくしゃくに歩み寄ってきた。
ランダルに緊張感はまるでない。
戦いは彼にとって、獲物と戯れる狩りに等しい。
ただ楽しむためのものであり。
ただ愉しむためのものだった。
故に、”狩歓虎”!
戦闘狂ともいうべき苛烈な虎が、アーバンに死の牙を剥く。
「このおおおおッ!」
「うっ」
鼻先すれすれまで接近したところで、アヤメが馬上から撃った弾がランダルの額に命中した。銃創から血を吹き出し、あっけなく倒れる。
アヤメのタネシマから白い煙が立ち上った。
「大丈夫、アーバン?」
「あ、ああ。ケガはない。……面目ない」
「いいわ。……それよりこんな簡単に幹部を倒しちゃっていいのかな」
死体は目を見開いたまま仰向けになり、ぶち抜いた後頭部からどくどくと血が流れている。
誰が見ても死んでいる。
明らかに絶命している。
「……普通の人間ならなぁ!!」
びくん、といきなりランダルの体が跳ね上がった!
そこには生前と全く変わりない薄ら笑いが浮かんでいた。
生前と変わりない顔……致命傷だったはずの銃創すら、そんなものはなかったかのように、きれいになっている。
「な、なんだと!?」
「ひひひっ、ビビったか? そう、それだよそれ。そのリアクションが欲しかったんだよぉ。え、何お前生き返っちゃってんの? みたいな! ぎゃははははは!」
心底おかしそうに笑うランダル。
おびえを含んだ目でアヤメは言う。
「ど、どうして? 確かに撃ち抜いたはず」
「嬢ちゃんは……ああ、オックスが言ってたネズミか。ファミリーについてリサーチしてたみたいだったが、調査不足だったな。オレのことを知らないなんて。おっと、ドンが箝口令を敷いてたんだったか? それじゃあ分かるわけもねえなー!」
ありえない、と口にし、ハっと気付いた。
「不死身の、男……」
「その通り! オレたちはイモタルと呼んでるがな。オシャレだろ?」
笑うランダルの目は、血のように赤く染まっていた。
『人ならざりし者』、イモタル。
その形容がまさに当てはまる、化け物じみた男。
ドクターに会って真偽のほどを確かめる前に、出会ってしまった。対抗策も何もない状態で戦わなければならないことに、忸怩たる思いだった。
「アヤメ! シュバルに乗って逃げろ! 今は勝てない!」
アーバンが叫んだ。
「ア、アーバンは?」
「俺がどうにかして時間を稼ぐ」
そう言って、構えを取る。
「ひひっ! 面白い奴だな、お前。自らを犠牲に仲間を逃がすか。お人好しは長生きできないぜ」
「何とでも言うがいい。だが、俺は死ぬつもりはない。俺たち二人、いやさ二人と一頭は必ず逃げきる。たとえ策がなかろうとお前に立ち向かう! それが無鉄砲のプライドだからなああ!」
「つくづく面白い奴だ。殺すのが惜しいほどにな。どうだ、今からでもドンに忠誠を誓ってみないか? 命だけは助けてもらえるかもよ」
「それは無理な相談だ。俺はロディを殺すために力を手に入れた。奴のために振るう力では断じてない!」
「そりゃ残念。全員あの世いき確定だな」
あくまで余裕の態度を崩さない。それも当然だ。死なないのだから、アーバンたちに恐れる理由などありはしないのだから。
その笑いが、驚愕に変わった。
「何っ!」
ヒヒィン、と、黒い旋風が嘶き、驀進する。
その足が、ランダルをはね飛ばした。
目を背けたくなる嫌な音を残し、ランダルの体は吹き飛び、ぐしゃりと墜ちる。手足があらぬ方向へ折れ曲がり、骨がひしゃげて皮膚を突き破り露出する。
「アーバン、早く乗って! すぐに復活するだろうから、今のうちに逃げるの!」
差し伸ばされた手をつかんでシュバルに乗ると、アヤメは急発進させた。矢のように走り、ぐんぐんと速度を上げる。
「くそ、ナメやがって……」
常人ならば重傷のはずのランダルは、やはりすぐにむくりと起きあがった。撥ねられたダメージはとうに消えている。
「ざけんじゃあねえぞ! すぐに追いついてやる!」
そう叫ぶと、両手を地について四足で走り始めた。
人間ではなく、不死身、イモタルならばこその動き。腱が切れてもすぐに再生し、心臓が破れても動きが止まらず、肺が潰れても元通り。ランダルが辿り着いた、一切合切の限界を無視した走法は馬の足に追いつく速度を生み出した。
「何あいつ! 気持ち悪い!」
恐れおののく間にもだんだんと距離が縮まっていく。このままではいずれ追いつかれるのは目に見えている。
「アヤメ、どうにか橋までは追いつかれるな」
「わ、わかった」
とは言うものの、全速力でシュバルを走らせ続ければ、遠からずうちに動けなくなってしまう。
「もう少しだ、頑張れ、シュバル」
息荒く走るシュバルに声をかける。幸運にも、余裕を残したうちに橋が見えた。
「ハア……ハア……どうした、もう追いついちまうぜ!!」
しかし、声が届くほど距離を詰められていた。橋に着くのが先か、追いつかれるのが先か。デッドヒートのその先に、アーバンは何を考えるのか。
「ど、どうしよう、アーバン!」
「アヤメ、俺が飛んだら……シュバルと飛べ!」
「ええっ?」
「いち、にの……さん!」
カウントの直後、アーバンは立ち上がり……前へ飛び出した!
「狙撃肘ッ!」
体をまっすぐに伸ばし、肘を頭の横につけて飛ぶ。遠くの標的を狙い撃つ、無銃流の技の一つ。シュバルのスピードを利用することで、普段の数倍の飛距離を叩き出した。
その肘が狙うは、橋のケーブルをつなぎ止めるブロック、アンカレッジ。
ブロックを破壊すると――連鎖的に橋がバラバラになり、川へと落下していく。
「無茶言う……なぁ!」
アーバンが飛んだ時点で嫌な予感がした。だからこそ、余計なことを考えずにシュバルへ指示を出すことができた。
飛び越えろ、と!
縁に差し掛かると、思い切り大地を蹴り、飛んだ。
橋の分の距離を、シュバルは飛び越えた。
さながら天馬のごとく、空を駆けた。
華麗に、そして優雅に対岸へと着地する。
「なんだと!?」
突然馬が飛んだかと思うと、目前の橋がない。ランダルは自制できない速度でもって、空中へ飛び出した。
「ぐわああああああッ!」
崩れる橋の木材と共に、激流の中へ落下していった。急な流れはランダルを押し流し、あっという間に下流へ流され、見えなくなっていった。
「……ふう」
脅威が去ったことでアヤメは一息つく。これでランダルが死んだとは思えない。しかし戦闘不能ないししばらく戦線復帰はできないだろう。
緊張が解けたことで、思い出す。
「そうだ、アーバン!」
橋を破壊したアーバンはどうなったのだろうか。まさか川に落ちてないだろうか。
川を覗き見るも、姿は見えない。
「おーい」
すると、真下の方で声がした。
アーバンが岩肌に突き刺さっていた。
狙撃肘は橋を破壊し、その勢いのまま対岸に届くようにしていたのだった。岩肌に肘を刺すことで川への落下を免れていた。
「もう、心配かけて……。早く登ってきなさいよ」
「そうしたいのはやまやまなんだが、その、肘が抜けなくてな。すまないが手を貸してくれないか?」
「……」
どうやってそこまで行くんだよ。
アヤメは新たな難問に頭をかかえることになった。
どうにか窮地を脱し、時間をかけながらも日が高くなる頃には目的地へたどり着くことができた。
町中の一軒家。普通の民家と変わらない、木造の建物だった。
ドアが開き、そこから腕に包帯を巻いた男が出てきた。
「じゃあ、また来るよ」
白衣の男が応える。
「おうおう。次は酒でも持ってくるんじゃよ」
「俺には酒を控えろと言っておきながら持ってこさせる気かよ……」
「出歩くのも億劫なんでな。診察代、少しは負けてやるぞ」
「酒代ととんとんじゃねえか。じゃあ、また来週」
男が去るのを見送っていると、白衣の男がこちらに気付く。
「ん、なんじゃ、診察か? 麻酔足りるかのう」
「いや診察に麻酔は使わないでしょ」
アーバンが前に出る。
「ドクター、お久しぶりですね」
「お前は……アーバンか?」
「そうです。お元気そうで何より」
握手を交わし、再会の喜びを分かちあう。記憶の中のドクターよりも老けた印象だった。
「そうかそうか。あの小僧が保安官にのう。時が流れるのは早いもんじゃ」
「ドクター。俺は聞きたいことがあってここにやってきました」
「こういう時はゆっくり思い出話に花を咲かせてから本題に入るもんじゃ。そういうところは師匠譲りじゃな。お前がわざわざわしの家を突き止めてまで来た理由は予想がついている。不思議と近いうちに訪ねてくるんじゃないかと思っていたところじゃ。いろいろと話したいこともあろうが、ここじゃなんだ、中に入るといい」
ドクターが招くと、それに従った。
望めよ、さらば与えられん。
聖教会の教義の一つである。
アーバンが求めた真実はここで与えられるのだろうか。
そしてそれは、彼の望むものなのか。
答えは先を歩くドクターと神のみぞ知るところ。




