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4.不死の化け物(2)

 キッチンにはダイニングテーブルがあったので、そこで食事にした。詰め所に備蓄していた食料はなく、マスターが持たせてくれた携帯食を食べた。さすがに出来立ての味は望めないが、舌と腹は満足した。


 テーブルの上に広げた一冊のノート。これはロイスが一年前にやってきてからファミリーに挑むまでの間に書き留められた記録だった。


 ドン・ロドリゲスは三年前に突如として現れ、ファミリーを創立。シルバーマウンテンから採れる銀を占領し、活動資金にしていたようだ。組織は百人を超える大所帯で、山の麓にアジトを構えている。大人数をまとめるのは三幹部と呼ばれる三人。いずれも強力で凶悪な連中。


「”荒くれ牛”オックス、”発砲巳人(はっぽうみじん)”ハイデヒース、”狩歓虎(かるかんこ)”ランダル。この三人が幹部ね」

「オックスは幹部だったのか?」

「古いデータだからね。この一年で何か変わったのかもしれない」


 さらにページをめくり目で追っていくと、気になる一文を見つけた。


「『幹部連中はどれもこれも常人離れした、背筋も凍るような恐るべき戦闘能力を有する。決して我々と同じ人間と認められない、冒涜的な能力の数々は並みの戦士では歯が立たないことだろう。』…………これはどういうことだ? オックス並に巨大な奴らばかりってことか?」

「あんなのが何人もいてたまるもんか……」


 文の下に矢印があり、手書きの文字で『ファイル6・P290』と書いてある。

「これは……参照しろってことかな。アーバン、他にファイルはあった?」

「机の上に積まれていたな。おそらくそれだろう。よし、俺が取ってくる」


 しばらくすると、アーバンは紙のファイルを片手に戻ってきた。

 それをめくっていくと、該当のページにたどり着く。


「なになに……『役立ちそうな雑学その百十八・ナイフが錆びてきたら水で濡らし、コルク栓でこするべし。』……え?」

「『その百十九・鏡の掃除にはジャガイモの皮を使うべし。』ほう、そうなのか」

 そんな、暮らしに役立つ豆知識が雑誌や新聞記事の切り抜きとともにつらつらと書き連ねてあった。


「なんだろこれ。隠しメッセージとか?」

 アヤメが頭をひねってあれこれパラパラとページをめくる。しかし意味がわからない。しばらく紙面を睨み、ふとファイルが閉じられた。


「ねえ、アーバン。ノートの方にはファイル何番って書いてある?」

「ファイル6とあるな。それがどうした?」

「じゃあ、このファイルには何番って書いてあるかな」

「何って、言われたとおり6を」


 表紙、背表紙には9と書いてあった。

「……」

「……」

 ぽんと膝を打つアーバン。


「なるほど。上下が逆だったんだな」

「わかったらさっさと取りに行けーッ!」

 頭を叩かれ、脱兎のごとく飛び出していく。


 程なくして戻ってきた彼は、今度こそファイル6を持ってきた。


 そのファイルには神話や民話、伝説などについてまとめられていた。誰もが知る定番の伝説から、一部の地域に伝わる言い伝えまで、広く列挙されていた。

「狼男、吸血鬼、悪魔に妖魔……なんだこれは。フィクションの話か?」


 オカルティシズム溢れる内容に、アーバンは眉をひそめた。知識としてそれらのことは知っているが、あくまで想像上の話、物語にすぎないと認識している。決して怖いわけではなく、現実にありえないことを否定しているだけ。怖いわけではない、と心で唱える。


「これは……いや、まさか」

 対してアヤメは真剣な表情で一言一句を読解し内容を吟味している。


「おいおい。まさかこんなおとぎ話を信じてるんじゃないだろうな」

「……アーバン」


 アヤメはファイルから顔を離し、逡巡する。どう切り出すか迷っているようだった。

 やがて決心したのか、話し始める。


「聖教会って知ってるよね?」

「まあ、人並みに。神様を信じ、神様の教えを守る連中のことだろ。俺は信者じゃないが、師匠からよく話を聞かされたことがある。今となってはほとんど覚えてないがな」

「うん、まあ、それくらいの認識で問題ないよ。実はね、私のお姉ちゃんも聖教会に所属しているのよ」

 十字架のペンダントを持ち上げる。


「ああ、その首飾りは聖教会のものか。それで?」

「聖教会の教義に、『人は人らしくあるべし』というものがある。解釈によってまた色々と宗派が別れたりするんだけど、全てに共通する考え方があるの。それが『人ならざりし者は異端なり』」

「『人ならざりし者』。犬とか馬とかの動物か?」


「いや、違う」

 とアヤメ。


「人間と動物は『神が作りし像物』と考えられ、神様の祝福を受けてこの世に生まれたとされる。でも、中には祝福を受けなかったモノたちがいた。ある時は闇夜に紛れ、ある時は人波に混じり、ある時は風評に乗り、ある時は伝説に残る。人の歴史の隣には必ずその存在があったのよ。

 人ではない、異形の存在。世界の理に反する邪なる存在。それが『人ならざりし者』。神様の僕たる聖教会にとって、そんな存在を許すわけにはいかなかった。そこで、討伐部隊が組織されたの。……お姉ちゃんはその一員なのよ」


 外の木々がざわめく。風が強くなってきたようだ。


「つまり……なんだ」

 話について行こうと必死に考えをまとめる。


「この世には本当にこんな化け物がいて、それを倒す部隊があり、お前の姉がそこに所属しているってことか」

「うん。お姉ちゃんはこの町に、『人ならざりし者』がいるかもしれないって言ってた。その根拠が、おそらくはこれね」


 ファイリングされたファミリーの資料と、伝説・神話の資料。

 そこから読みとれる関連性とは。


「ロドリゲス・ファミリーに『人ならざりし者』がいると考えていいだろうね」


「…………にわかには信じがたいが……」

 アーバンは顎に手を当て思案する。おとぎ話の怪物が実在する。そんなことをいきなり言われても、本気にする者などあるまい。彼の常識ではそういう判断を下す。


 しかし、アヤメは嘘や冗談を言うような人物ではないというのが、短い間同行してきた中での評価だった。そもそも、好意的に見る人間を疑うこと自体、アーバンにはない考えだった。


「アヤメが言うなら真実なのだろう。だが、その『人ならざりし者』っていうのは具体的にどんな奴なんだ?」

「私はお姉ちゃんの仕事に付いていって実際に戦ったことが何度かある。ものすごい怪力だったり、手足が何本もあったり、見るからに異形の姿だったり、そもそも見えない体だったり。千差万別いろんなものがいたけど、どれもが人間やあらゆる生物とは全く異なる存在だった」

 中にはおぞましいものや不気味なものもいたのだろう。思い出して彼女は少し俯く。


 と、何かに気づいたようにファイルをアーバンに向ける。

「ねえこれ。この部分」


 アヤメが示す部分。そこには『不死身の男による殺人事件について』とあった。


 ロイス保安官がこのノートを作成した三ヶ月前、町で暴行事件があった。たまたま近くにいたロイスが駆けつけると、正気を失った男が通行人を片っ端から襲っていた。異常なことに、男は殺害した人の腕や首にかじりつき、貪るように血を啜っていた。人間としての本能から、ロイスは男の射殺を試みる。頭に二発、胴体に二発、計四発の弾丸は確実に致命傷を与えたはずだった。


 だが、男はまるで意に介さず、ロイスに向かってくる。

 そこに、ロドリゲス・ファミリーの人間が現れた。手際よく男を拘束し、ドクターと呼ばれた人物が何かの注射を打つと、たちまち動かなくなった。


 その後、男を連れてファミリーは引き上げていった。


「不死身の男、か」

「それに、その下の文も」

 事件を受けロイスが考察した文章が記されていた。


 突然発狂したように人を襲う事件が十年前にもあったらしい。その時は多くの死者行方不明者が出る惨事だった。今回の件もその事件と似ている点があり、無関係ではないと思われる。その鍵を握るのが、ロドリゲス・ファミリーだ。


「血を吸う不死身の化け物。これはまさに吸血鬼やグール。『人ならざりし者』ね。ファミリーが関係していて、それを調べようとしたお姉ちゃんは捕まった……?」

「なるほど、合点がいった。じゃあ、ファミリーと戦おうとするならばそいつらとの闘いは避けられないだろう。しかし、不死身の化け物とは。一体どう戦えばいいんだ」

「十年前と同じ事件ね。そういえばマスターも過去に何かあって人がいなくなったって言ってたって。そっちの方も調べてみよう」


 アヤメはファイルを探してみると言い残し、ダイニングを後にした。


「…………」

 十年前、というとアーバンがシルバに拾われた頃。そして、ロディと出会った頃でもある。その同じ時期に何かが起こり、それと似た事件があり、さらにロドリゲス・ファミリーが何かを知っている。


「ロディめ、何をしようっていうんだ」

 師匠を殺害してからの五年の間に何があったのか。いや、そもそも何故師匠を殺したのか。不明な点が多く、ロディの思考が読めない。改めて、自分は彼らのことを何も知らないのだと痛感した。


「……む、これは」

 ファイルを読み進めていくと、一点、アーバンの目に留まった。


 ドクター・ラッセル。

 その名はアーバンもよく知るものだった。


「ドクター……。間違いない、ドクターの名だ。何故あの人の名がここに?」


 シルバの主治医。

 ロディに殺されかけたアーバンを治療した人物。

 銀の肘を与え、再び戦う力を与えた恩人。


 治療する半年間の面倒を看てくれ、その後は一度も会っていなかった。ずっとセントラルシティにいるものだと思っていたドクターの名前が、ここに記されていた。


『ファミリーがドクターと呼ぶ人物は、町に住む医者。組織に繋がりがあるとみて、何度か訪ねたものの、何も話すことはないの一点張り。彼の身に危険が及ぶ事案と判断し、あえなく接触を断念。』


 一緒に住所も記載されている。ここがドクターの居場所なのだろう。


(ドクターが、町にいる)


 ドクターとロディは、当然ながら面識はある。だが、ファミリーに与している理由が見当たらない。アウトローな輩に近づくような人ではなかったはずだ。旧知とはいえ何故マフィアと行動を共にしているのか。


「ダメだ、何もわからん」


 断片的な情報からでは実像を結ぶことはできない。

 ならば、直接話を聞くしかない。

 幸いにも居場所は掴めた。明日にでも訪れてみよう。


「アーバン、ちょっと来て!」

と、アヤメが大声で呼んだ。


「どうした!」

「これ、例の十年前の事件の資料なんだけど」


 差し出すファイルは、当時の保安官がつけた、町で発生した事件の数々の記録だった。ほとんどの事件は一ページに満たず完結するものばかりだったが、その事件だけは何枚にも渡って情報がまとえられており、いかにそれがセンセーショナルかつ衝撃的なものだったかを物語っていた。


 シルバーマウンテンで銀の採掘をしていた作業員が突然発狂した。ツルハシで仲間の体をめった刺しにして、血を啜り出したという。すると、他の作業員も次々に狂い出し、坑道は惨劇と化した。

 彼らは山を飛び出し、地獄は町へと飛び火した。人が人を襲い、人を食らう。町中がパニックとなった。保安官やガンマンが彼らの頭を撃ち抜き、力自慢は干し草用フォークで貫く。


 しかし、いくら攻撃しようともすぐさま立ち上がり、効いた様子がなかった。

 絶望的な状況に誰もが死を覚悟した。だが、事態は意外なほどあっさりと幕を閉じた。

 発狂し、不死の体となった者たちが次々に倒れて消滅して。頭を、腹を破壊された彼らは二度と姿を現さなかった。

 何者かがやったのは確かなのに、誰が、どのようにしたのかは結局明らかになることなく、事件は収束したのだった。


 多くの死者と行方不明者はそれが幻でも白昼夢でもなく、ただの現実だったことを示していた。その事件を境に町を捨てる人が後を絶たず、また、悪評が人を遠ざけてしまい、ニューウェーブタウンの凋落が始まったのだった。


「確かに、突然狂うのは同じだな。まあ、被害の規模は全く違うが」

「こっち、こっちの行方不明者リストを見て!」

 興奮し、指し示す。


 促されるまま、リストに目を通す。

 列挙された名前の中に、それがあった。


 ロドリゲス・ジャスパー。


「…………ッ!」

 息がつまり、心臓の鼓動が早くなったのを感じる。


「同名の別人ってことはない?」


「……わからない。あいつとはあまり過去の話はしなかったからな。どこが故郷なのかは知らない……ああ、そういえば両親が亡くなったところを師匠に拾われたと言ってたっけ」

 その前後にも、ジャスパー姓の名前を二つ発見できた。これが両親の名とみていいだろう。


「これは間違いなさそうね」

「ロディはここに住んでいたんだ。ここが……ニューウェーブタウンがあいつの故郷だったんだ!」


 シルバを殺した後、故郷に戻ってきてマフィアとなったロディ。

 今まで知らなかったことが明らかになってくる。しかしまだ肝心なピースが欠けたまま。全体を露わにするには情報が足りていない。


 ロディへの復讐は、思っていたよりも深く、複雑な謎に包まれているようだった。

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