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4.不死の化け物(1)

「アバババババババババババババババババ」

「口開けてると舌噛むよ!」


 シュバルという移動手段を得て、確かに速度が格段に上がった。黒い疾風となり大地を蹴り、荒れた地を踏破していく。しかし全速力で走る馬の背は想像を絶するほどに揺れが激しく、アーバンはアヤメにしがみつく手を緩めることができなかった。何度も墜ちそうになってはアヤメに引き上げられる。


「気付いたんだけどさ、アーバンって戦闘以外のことはからっきしダメだよね。……ああシュバル暴れないでアーバン落ちちゃう!」

「なんとでも言え……俺はただ無心にこの行軍が終わることを願うだけだ……」

「……帰りも乗るんだけど、大丈夫?」

「ぐうっ」


 白目を剥くアーバンに、アヤメはどこか親近感を覚える。強いくせに、人並みの弱さもある。オックスとの戦いである種の神聖視をしていたが、彼も一人の人間なのだと再認識した。


 風景から建物がなくなり、町の外れまでやってくると草木の緑が映える肥沃な地になった。


「川が見えたよ」

 夕闇がせまる黄昏色の空、川面に橙色が反射する。流れの速い川は、勢いのいい水音を立て下流へと注いでいく。


「この先に詰め所があるんだな」

 顔を青くしたままアーバンが言った。

「今日は詰め所で休んだ方がいいかもね」


「ところでアヤメ、川で思い出した話があるんだ。昔、師匠に連れられて山奥で修行をしたことがある」

「へえ、山伏みたいだね」

「ヤマブシ?」

「えーと、山の中で修行する修験者のこと」

「シュゲンシャ」

「……続きをどうぞ」

「山林の中では当然ながら店などなく、何もかもが自給自足だった。幸いにも川があったから魚を捕ることができたんだ」

「それで?」

「師匠が捕った魚を焼いて食おうと捌いてみると……腹から白いウジ虫がぞろぞろと這い出てきた」

「ウジッ!?」

「寄生虫に感染していたんだな。ウネウネと蠢くあれを見て以来、川で獲った魚を食べられなくなってしまった」

「何で今そんな話をする!」

 自分で話していてその時のことが蘇ったのか、アーバンは胃のあたりを押さえる。

「いや……詰め所で泊まるというなら食事はどうするのかと思って、もしもの時はここで魚を釣るしかないのかと」

「……」

 アヤメは肘鉄砲をかました。護身術のレクチャーが生きた、いい一撃だったとアーバンは評価した。



 川を越えるとなだらかな丘になっていた。その上に小さな建物があった。

 立て板の文字は風化してかすれていたが、『保安官詰め所』の字は読みとれた。手入れされていない雑草が生い茂り、周囲を取り囲んでいる。入り口に向かわない方向にわずかながら人の手が入ったと思われる道ができていて、その奥、敷地の隅にひっそりと木を組んだ十字架が掲げられていた。ぶら下がるプレートには『ロイス』の文字。

 ロイス保安官の墓、ということなのだろう。

 おそらくはマスターが定期的にやってきては手を合わせていたに違いない。


 厩があったのでそこにシュバルを繋ぎ、いよいよ中に入る。


 長らく封じられていたドアが開かれると、積もった埃が舞い上がった。明かりを灯すと、室内の全容が見えた。テーブルやイス、キャビネットがあるくらいの簡素な部屋。壁に貼り付けられた紙は指名手配書のようだが、劣化してよく読めない。床の埃に乱れはなく、誰かが立ち入った形跡はなさそうだ。奥の壁にはドアがあり、別の部屋があることを示している。


「奥に行ってみよう」

 まずは二人で建物の構造を把握することにした。

 入ってきたところの応接間、寝室、キッチン、事務室、バスルーム。おおよそこんな部屋割りだった。


「ロイス保安官が残したという記録は事務室にあるだろうな。じゃあ早速」

「おフロ! 何よりもおフロ! 汗だくの砂埃まみれの体じゃ気持ち悪い!」

 鬼気迫る気迫に押され、アーバンは頷くことしかできなかった。

「あ、ああ。じゃあ、俺が記録を探しておく……」

 言い終わるよりも早く、アヤメはバスルームバスルームのドアを開けていった。


 やれやれ、と肩をすくめ、先に調べようと事務室へと入る。


 机が一つ、壁際に本棚が備え付けられていた。棚には背表紙に番号が書かれたファイルが並んでいる。ロイスと、それ以前の保安官が集めた記録であり資料だろう。その一角がごっそりとなくなっていた。


 見回すと、机の上にファイルの山があった。これが棚に収められていたのだろう。

 そして、その一番上には閉じられたノートが乗っていた。タイトルは『ロドリゲス・ファミリーの戦力について』。


「こ、これか!?」

 まさかこんなにもあっさり見つかるとは思わず、テンションが上がる。


「アヤメ、見つけたぞ! これに違いない」

 勢いそのままにバスルームへ突撃する。


 ドアの隙間から湯気が漏れ出ていて、水が流れる音が聞こえる。バスケットにアヤメの着物が畳まれてある。まだ中にいるようだ。

「アーバン!? 何でこっち来るの! ち、ちょっと待って、まだ開けないで!」


 喜色満面、一秒でも早く報告したい。そんな思いがアーバンから冷静さを失わせていた。ただ、無銃(ムガン)流一筋に生きていた彼なので、女性の感情の機微に思いを巡らすのは不可能に近いだろうから、平常時であってもためらいなくドアを開けていたに違いない。緊急の用があったのだから仕方ないだろう、と言って。


 ドアが開け放たれると、一面が湯気の白い世界だった。空気の流れに乗り湯気が出ていくと、モヤの中に黒い影が見えた。


 湯気が晴れていき、その全貌がわかる。

 そこには――


「………………おおう」

 黒く艶やかな尻があった。


 なだらかな曲面を描く、見事な尻がアーバンの顔の高さにあった。

 そこから、だらんと尻尾が垂れる。


「なんと。アヤメの正体は化け馬だったのか。じゃじゃ馬だとは思っていたが、まさかこんな秘密を持っていたなんて思いもよらなんだ」

「んなわけあるか!」


 すこん、と別方向から石鹸が飛んできた。

 そこにアヤメがいた。全裸だった。


 一つに結んでいた長い髪をほどき、濡れた髪が肌に張り付く。着物の上からでもわかった大きな胸は拘束するものがなく最大限の大きさを発揮していた。湯によって上気した肌が、ほんのりと赤くなっている。


 見知ったアヤメの姿だった。


「む。となるとこの馬は……本物のシュバルか」

「そうよ。せっかくだから、頑張ってくれたシュバルも洗ってあげようと連れてきたの。ここ、かなり広いから」


 確かに、シュバルがいてもなお窮屈さを感じないだけの広さがあった。

「そうか。シュバルは頑張ってくれたもんな。それはさておき、こんなノートを見つけたんだ。見てくれ」

「言うことはそれだけ?」

「他に何かあるか?」

「…………さっさと出てけーッ!」


 シュバルの尾が鋼鉄のハンマーと化し、唐変木をぶっ飛ばした。

 女同士、心が通じ合っていた。

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