3.ロドリゲス・ファミリー(4)
男たちと馬にはすぐに追いついた。彼らが手綱を引っ張ったり鞭で叩いたりして歩かせようとするが、なかなか言うことを聞かずに難儀していた。
黒色の毛、艶やかなたてがみ。美しく、丁寧に手入れされていたことがわかる。太く逞しい足はどんな悪路も進めそうだ。馬は……シュバルは乗用馬としても一級。だからこそ、ファミリーに目を付けられてしまった。少女の甲斐甲斐しい世話が仇となった悲劇だった。
「こいつ、全然言うこと聞かねえな。乗ろうとしても振り落とされるし、言うとおりに歩きやしない。いっそのことツブして肉にしちまおうか」
「だが、この筋肉を見ろ。こりゃあ速いぞ。まあ、”幻惑孔雀”の手に掛かればどんなじゃじゃ馬だろうと操れるだろう」
「幻惑の姐さん、馬相手にも催眠かけられるのか?」
「わからん。でも幹部ならできるだろう。なんたって幹部なんだから」
「さいで。……おっと」
シュバルが唐突に立ち止まった。足を蹴ろうとしたが、ケガでもされたらたまったものじゃないと思い直し、腹の辺りを叩く。
「おい、どうした。動けよ」
「動く必要はないぞ、シュバル。お前が行くのはそっちじゃない。……家族の下だ」
男たちが振り返る。
アーバン・クロサイト、ここに到着。男たちを睨み付け、大声を上げた。
「その馬は返してもらう! 待っている家族がいるんだ」
「なんだと?」
訝しげに凝視しているうちに、その表情が変わっていく。
「そのバッジ、保安官か? ってことはまさか、てめえが銀の肘とやらか?」
「伝わっていたようで何より。シュバルを返してくれれば、この場は見逃しておいてやる。もっとも、お前たちがロドリゲス・ファミリーの一員でいる限り、いずれ正義の鉄槌を下さねばならんがな」
アーバンの気迫に押され、男たちは狼狽える。まさかこんなところでいきなり標的と出会うとは思いもよらぬことだった。
「ちょっと待てよ、これはチャンスなんじゃないか? もしもオレたちでしとめる
ことができたなら、ドンも誉めてくださるだろう。昇格は間違いなしだぜ」
「で、でもよ、あの元幹部だった”荒くれ牛”を倒したんだろ? オレたちでどうにかなる相手か?」
「あの人だって弱かったから幹部から降ろされたんだ。オレは違う。オレは……もっと上を目指すんだ!」
にわかに殺気出す男たちが、腰に吊ったリボルバーに手を伸ばす。
それよりも速く、アーバンは狙いをつけられないように彼我の距離を詰めると、次々にグリップを蹴り上げた。
武器を失った男たちに対抗する術はない。一撃必殺の肘が撃ち抜いていった。
「これでよし」
完全に動かなくなったことを確認し、シュバルへ近づく。手綱を巻き付けていなかったにも関わらず、逃げ出さずに大人しくしていた。心なしか、アーバンを見つめる目に熱を感じる。
横腹をポンポンと撫でると、鼻を伸ばして尻尾を高く振り回す。嘶きを発すると、足を折り曲げて座った。まるで彼に乗ってもらいたがっているかのようだ。
「さて困ったぞ。俺は馬に乗ったことがない。どうやって連れて帰ればいいんだ」
期待を込めた(ように感じる)眼差しを向けられると、シュバルに申し訳なく思ってしまう。まあ、何とかなるだろう。そう結論付け、背中に跨ろうとする。
ヒヒィンと、大きく鳴いた。同時に、
「動くんじゃあねえ!」
との怒鳴り声。
まだ動ける奴がいたかと舌打ちし、振り返ると、さっきの二人とは別の男がいた。マフィア、ロドリゲス・ファミリーの一員だとう一目でわかる。他に仲間がいることを考えなかった、大きなミスだった。
「そのままじっとしてやがれ!」
「……ッ!」
アーバンの動きが止まる。男の指示に従ったわけではない。
動けなかったのだ。
ただ一点、男の持つ自動拳銃に注視したまま、動けずにいた。
その顔は次第に青ざめていき、ひきつり、膝が小刻みに震え、心臓が鳴動し、呼吸が荒くなる。
銃口が、アーバンを見ている。
銃口の奥から、見知った人物が見ている。
「…………!」
それは、アーバンの、父親だった。
頭の中に鳴り響く、あの声。怒声を、罵声を浴びせるあの男がそこにいる。いつまでも寝てるんじゃないと仕事帰りの早朝に叩き起こされる。メシが熱いと怒鳴られる。メシが冷たいと怒鳴られる。
理不尽に詰る。無駄に蹴る。無益に引き倒す。無闇に殴る。無意味に、無意味に、無意味に。ただ、己の暴力性を吐き出したいがために。アーバンはその犠牲となった。
お前のせいでこんな豚小屋に住まなきゃならなくなったお前が生まれたせいで高給の仕事を辞めなきゃならなくなったお前のせいでお前のせいでお前のせいで!
そう言って、父親は、銃を向け……
「う、ぐうッ!」
足に当たる熱い痛みで我に返る。右足にかすったのか、血が流れていた。
撃ったのは父親ではなく、マフィアの男。ここにあいつがいないことに少しだけほっとしたが、状況は悪いことになった。
「は……はは、思ったより大したことないじゃないか! あいつらがやられた時はやべえと思ったが、不意打ち一つで動けなくなるようじゃ、オレたちの敵じゃあなかったな」
「くッ……しまった」
アーバンは膝をついた。
不意打ちだろうと、平常時のアーバンならばわけもなく対応できたはずで、実際にそれだけの力量があると自負している。
だがしかし、そんな彼でも「銃を向けられる」ことへの恐怖を払拭できずにいた。どうしても、過去を思い出してしまう。親に拒絶され、虐げられていた忌まわしき過去を。肉体的に強くなろうと、その傷は心の奥底まで食い込み、塞がらずにいた。
実戦においてそんなトラウマは致命的な弱点。これまでは銃身の動きよりも速く動くことでどうにかできると思っていたが、ついにはっきりとした害となってアーバンを苦しめる。
「さあ、どう料理してやろうか。はっきり言って、ここまで簡単にことが進んじまうと興ざめだが、ロドリゲス・ファミリーに喧嘩を売ったことのケジメはつけなきゃならねえよな」
無銃流は機動力にものを言わせて戦うことを前提とする。銃器の最大の利点が近づかずに攻撃できることならば、相手が対応できないほど速く接近してやればいい。
致命傷ではないものの傷を負った足では、十全の速度を出せない。さっきの戦いを見られていては、迂闊に近づいてはこないだろう。
窮地に立たされていた。
(せめて、シュバルだけでも逃がせないか)
幸いにもシュバルは銃声に取り乱したようすはなく、また、どこにもつなぎ止められてないので、その気ならばどこにでも逃げられる。早く逃げてくれと願うばかりだ。
それなのに、シュバルは逃げるどころかアーバンの前に立ちふさがった。目を伏せ、ブルルと鼻を振るい、男を威嚇するように歯を剥く。
「なんだ、この馬。おらジャマだ、とっとと消えろ! そいつを殺せばテメエなんて用はないんだよ!」
男は次々に発砲し、シュバルの足元の地面が抉れた。
それでもシュバルは逃げようとしない。
ヒヒィン、と高らかに鳴く……いや、吠えた。ここは任せろとでも言うかのように。
「お前……やめろ、シュバル!」
「見逃してやろうという心遣いを無駄にしやがって! 死ね!」
銃を構える。
トリガーに指がかかる。
銃声が……鳴らなかった。
数秒の空白の後、男の体がぐらりと傾き、倒れる。口から血の泡を吐き、赤い水たまりを作った。
一瞬、何が起きたのかわからない。
「やれやれ、心配になって戻ってきてみれば。不安は的中だね」
男の背後から、アヤメがやってきた。その手に持つ小型の拳銃、タネシマから砲煙が上がっている。唇に近づけ、ふっと吹き消した。
「アヤメ? 先に行ったはずじゃあ……」
近づいてきてアーバンに肩を貸す。
「よくよく考えれば、無鉄砲なあんたを一人にしておいて安心しろっていうほうが無理な話よね。だから、思ったの」
「何をだ?」
「だから……私がアーバンの銃になってあげる、ってさ」
と言った。
しばしアヤメを見つめ、アーバンは言う。
「どういう意味だ?」
「え、伝わってない? かっこよくキメたつもりだったんだけど……うわ、なんかすごい恥ずかしい!」
シュバルがツバを飛ばした。
「うわ! なんで私に!? やめて、やーめーてー!!」




