第八話 悪女
「さぁ────パーティーを始めましょう?」
私とカイトの更に後ろ、ジャックが突如として現れた悪趣味な装いの女に背中を斬りつけられ地面に倒れていた。
ジャックは突然のことに驚いただろうに、詠唱を破棄することで魔力暴走の難を逃れていた。素直に感服する技術だ。
あの剣が魔器であることはわかるが、それが身体の自由を奪うものなのかははっきりとしない。
私の【浄化】は『黒』にしか効かないから、あの女自体をどうにかするしかないだろう。
「ジャスミン、リンカ、ジャックを助けてやってくれ!」
レオが執事を相手にしながらこちらに指示を飛ばしてきた。
ジャスミンは既に詠唱を完了させているみたいだけど、放つ前にジャックが危機に陥ったためか足下に緑の魔法円が展開したままになっている。
「リンカ、援護頼むわ!」
「うん!」
「【風珠砲群】!」
解放された極大魔法。
大広間を光で満たす光球の群れが二方向に別れる。
向かう先は執事と悪女。
一発一発に強大な力を宿し、直撃を受けたモンスターのその数を激減させた。
床が爆砕され、免れた者も余波で傷ついている。
「私の相手は女の子二人かしらぁ?」
いちいち感に障る口調だ。
斬り結ぶジャスミンと女。
曲刀と長剣が織り成す金属の調べは甲高く、熾烈な剣戟には火花が伴う。
「私ベアトリスって言うのぉ~冥土の土産にして頂戴?」
「お断りよ!」
「【断罪】!」
人を殺してきた回数に依存する魔法。
初めて女が大きな回避行動を取った。
それが意味するのは───
「───どれだけ、殺したの……?」
戦慄に似た声音で問うた私に、女は口端を大きく吊り上げて醜悪に笑って言った。
「命が消える瞬間、恐怖が振りきれる瞬間、希望潰えて絶望に満たされる瞬間、その全てが私を快楽に誘うのよぉ」
「──っ!」
「あらあら血気盛ん」
飛び出したのはジャスミン。
その形相は鬼のようで、右手に握られる剣には殺意が込められている。
「お前が───死ねっ!」
初めて聞いたジャスミンの怒号。
いつも鋭い眼差しをしているが根は優しいと短時間で感じていた私は、彼女の新しい一面に瞠目しつつ、行動を始めた。
「【『光撃玉』】」
手の平に浮かんだのは光の玉だ。
【光源】とは違う、光の封器だ。
そして私はそれを剣に変化させ、女へと放った。
「──っ!?、これはカイトの……」
「──カイトと同じ、武器操作だよ」
これで、ジャスミンが隙を見せてしまっても絶対に大丈夫。
「合わせてよね!」
風を纏いながら突貫した彼女は問答無用で首を狙った。
がしかし屈んだベアトリスに回避され、その曲刀が下方からジャスミンを狙う。
まるで獣のようだ。
「動物相手は慣れてるのよっ!」
ジャスミンも同じことを思ったらしい。
そして前進を後進に変え、その反発を利用して右足が蹴りあげられた。
女の額に迫る爪先。
だがまたもやベアトリスは避けた。
曲刀を持たない左手は地を掴み、三本の脚でジャスミンを見上げる。
完全なる隙を晒してしまった彼女に突き上げが見舞われた。
「ジャスミン!」
その瞬間、彼女は風を行使し爆風を生み出す。
衝撃に両者共吹き飛び、二人共ろくに体勢を崩さず着地。
「【断罪】」
間髪入れず放つ。
やはりベアトリスは大袈裟に回避した。
光の燐光さえも食らいたく無いとばかりに。
多くの人間を殺したのだと示しているようなもので、その行動に激昂するのはジャスミンだ。
『黒』の力を持つか罪在りし者以外の殺害でなかればこの【断罪】の判定には掛からない。
これで苦しみを味わうこと自体がその人間の悪辣さを物語るというわけだ。
「【激渦】」
ジャスミンの魔法がベアトリスを襲う。
回転の速い竜巻だ。
「【黒渦】」
その竜巻も女の使った竜巻を横方向に放つもので掻き消される。
「【風斬】」
「【黒爪】」
更に対象滅させられるジャスミンの魔法。
「【白槍雨】!」
私の魔法はやはり大袈裟に避ける。
「あの女……強い……」
悔しいだろう。
私だってその気持ちはわかる。
でも、それで立ち止まるような女じゃない。
これまで見てきた中で、最も負けず嫌いなのが───ジャスミンだ。
「───でも、勝つ。───【ゼフィル】」
「「───っ」」
風が吹き荒れた。
「本気、出すから」
砂金の輝きが乱れ、金の風がジャスミンの元に集結する。
「行くよ──シルフ」
そこからは、壮絶な連続斬撃だった。
回避も儘ならない、防御を強いる激速の連撃。
風も相まって押し始めるのはジャスミン。
命を喰らって強くなった女は激変した少女の猛攻に為す術なく、その身に傷を増やしていった。
二発、三発、四発と被弾が増えていく。
対するジャスミンは無傷、常時肉体と体力の回復が発生するスキルと癒しの力を伴っている金の風によってベアトリスは確実に後が無くなっていた。
「──ぐっ…」
風を纏った長剣の一撃が女の正中を捉え、解き放たれた爆風に吹き飛ばされ強く地面に身体を打ち付けながら転がる。
「【颶風】」
急激に出力が増大する風。
知覚を置き去りにするジャスミンの肉薄は彼我の間合いを喰い荒らし、神速の突きが放たれた。
まるで砲撃のような一撃は床を砕き散らしながら女を呑み込み、遥か後方、大広間に侵入した時に通った出入口の上、女はその身を壁にめり込ませる。
深く沈んだ彼女が落ちてくる気配は無い。
「はぁ……はぁ……───リンカ」
「──っ、うん」
一瞥された私は一瞬狼狽えるものの、コクリと頷く。
私の役目など当に解っている。
「【邪を払い、魔を払い、闇を払う】」
詠唱を開始する。
「【破滅をもたらす黒へ送る破滅の歌】」
選んだのは現状私が使える最高の浄化魔法。
「【希望を望む生命へ送る希望の歌】」
これを放てばあの女は必ず消し飛ぶ。
「【今ここに請い願う───光よ】」
魔法の完成。
後は魔法名を紡ぐのみ。
憎悪と憤怒を以て悪女へ。
天井に展開する白色の魔法円。
美しい光を放ちながら徐に回転するそれは魔力を高めさせ、放たれた。
「【来たれ】───【聖浄光】」
降り注ぐ白の光。
炎が落ちる音ではない。
清浄な調べが耳朶を叩いた。
次の瞬間。
『ギイィィイヤアァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!?』
狂乱では言い表せない慟哭が大広間全体を強烈に揺らした。
それは女───ベアトリスの断末魔だった。
跡形もなく消え去る寸前、リンカとジャスミンは見た。
そして聞いた。
(───ありがとう)
腕と顔の一部を残して、こちらへ手を伸ばす女の姿を。
彼女が最期に見せたのは、美しくも儚い一人の女の微笑みだった。
それを目の当たりにした二人は悲しまず、同情もしなかった。
憎しみと、怒りが胸に満ちていた。
ただ、もし『黒』に狂わされただけの一人だったのだとしたら、ただの少女だったとしたのなら。もし、ベアトリスが『黒』に魅入られる前に会っていたとしたら。
そんな空想が過る。
彼女達は瞑目を解き、無表情のまま既に戦闘を終わらせていた仲間達の方へ振り返った。
相容れない『黒魔導師』との戦いは、二人に静かなしこりを残して決着したのであった。




