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未来脚本  作者: ぼなぁら
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終章 ジャーナリストは何を語るか

 気づけば、紀藤に出していたコップも空になっていた。

 あれから二十年。俺は事件の真相を、目の前のジャーナリストに伝えた。最後の耳をつんざくような宮子の叫びが、今も俺の脳から離れない。

 浅田の秘密は、ゲイであることだった。この事実を知っていたのは、事務室職員の花江と、同級生の篠田だけだった。そして、宮子の怒りの原因は、男性である浅田が田村と付き合っていたことだったのだ。

 「佐竹宮子はその場で逮捕されました。しかし、その一週間後に死亡。他の病気との合併症でした。結局、最後の取り調べの時以上の真実は語ってくれませんでした。」

 「事件は幕を下ろしたんですね。」

 紀藤の言葉に、俺は首を振って答える。

 「いいえ。確かに犯人は逮捕され、捜査記録上の事件は終わりを告げました。しかし、実際はそうではなかった。」

 俺はスクラップブックの二枚目の週刊誌の記事を紀藤に見せた。そこには「事件の真実!『オカマ』に引き裂かれたカップルの悲劇!」と書かれている。

 「浅田と田村は確かに交際をしていました。後に田村本人からも確認を取っています。決して脅されていたからではない。田村の方に愛情があったかどうかは疑わしいと私は思っています。田村は脚本のために新たな体験を求めていました。それが、同性との交際につながったのではないかと思えて仕方がありません。とは言え、少なくとも犯罪がらみの関係ではなかったのです。それにも関わらず、メディアは男性同士のカップルを認めず、男女カップルを破壊した『オカマ』として、浅田を扱いました。当時の世論では、男性同士のカップルをポジティブに見るのは確かに難しかったかもしれません。いえ、今でも認められているとは言いがたいかもしれない。しかし、ここまで真実を捻じ曲げてよいはずがない。」

 紀藤は黙って聞いている。真剣に、だと嬉しいのだが、実際はどうなのだろうか。

 「そして、世論もこの記事を支持しました。恐らくは、その方が面白かったからです。テレビでも、浅田を『オカマ』だと言って面白おかしく扱う番組がありました。浅田は変態で、彼の存在が事件の引き金になった。そんな間違った認識が世の中に溢れました。実際にわかっているのは浅田がゲイだったことだけです。いいや、それすらも狭義の意味では正しくないのかもしれない。性的指向は本当に人それぞれですからね。」

 俺自身、その多様さを知ったのは事件の後のことだった。

 「佐竹宮子は浅田について『女になりたがっていた』と言っていました。女装をして舞台に立ったところからの連想でしょうが、これも想像でしかありません。『愚行の行方』の旭川のように、頼まれて断れなかっただけかもしれない。」

 『愚行の行方』と現実の事件、その最大の共通点は、最初の被害者がゲイの男性だったことである。『愚行の行方』では、それをオチの一つとして使いたかったらしい。しかし、それはうまくいかなかった。本来、旭川の演じた西園寺薫は浅田が演じる予定だった、と田村は後に言っていた。旭川も女顔ではあったが、本番では男性が演じているとすぐにバレてしまった。浅田ならしばらくは観客を騙せていただろう。浅田の自分を女性に見せる力が高かったのは事実である。

 「浅田の部屋のクローゼットに女性物は一着だけ、『紅の女』の衣装しかありませんでした。少なくとも浅田に女装癖はなかったのです。しかし、メディアにとってこれらの繊細な違いはないも同然でした。そのせいで、浅田の遺族がどれだけ傷ついたと思いますか?息子を失った。それだけでも耐えがたい苦痛だったろうに、その息子を笑われ、蔑まれ、挙げ句の果てには事件の原因扱い。心を病むのも当然です。」

 俺はその様をすべて見てきた。苦しむ遺族を救おうと、できる限りのことはしてきたつもりだ。時に彼らを訪問し、時に違法な情報収集をしようとするメディアを取り締まった。久我など、今も彼らを定期的に尋ねている。俺なんかよりもずっと、彼らのことを考えている。

 しかし、俺たちは本当に彼らのためになったのだろうか。メディアだけの問題だったのだろうか。答えは出ない。言い訳は簡単だ。『京都SM殺人事件』だけが俺の仕事というわけではない。あの後もいくつもの殺人事件や事故、自殺に関わってきた。現実問題としてずっと浅田の遺族にだけ注力することはできなかったのだ。しかし、その言い訳は俺自身の心も締め付けている。結局、何もできなかったのではないか、その無力感から逃げ出したいだけだ。浅田の秘密を調べ上げたことに、今も後悔はない。だが、もっと何かできたのではないかと言う考えが、首をもたげ続けている。

 「あれから二十年が過ぎました。同性愛についての認識も、そのぶんだけ変わってきました。そして、二〇一七年から強姦罪が改定され、男性も被害者として認める強制性行等罪が施行されました。世の中は少しずつですが変わっています。今なら、被害者たちの思いを少しでも伝えることができるかもしれません。だから……。どうぞ、よろしくお願いします。」

 俺は深々と頭を下げた。

 「頭を上げてください。笠原さん。必ず、必ず伝えますから。」

 「その言葉、忘れませんからね。先ほどのネットで拡散云々の話、私は本気ですよ。」

 「メディアとしても、間違いばかりと言うわけにはいきませんから。」

 「それは、嬉しい言葉です。本当に。」

 メディアやジャーナリストは信用できない。しかし、同時に信用したいという気持ちも強く抱いている。どこまでやってくれるかはわからないが、今は目の前の若者を信じたかった。

 「これで、私からお話しできることはおしまいです。」


 「ありがとうございました。私もこれでおしまい、と言いたいところなのですが、実は、笠原さんにどうしても見てもらいたいものがあります。」

 「おや、なんですか?」

 紀藤はカバンからタブレットを取り出すと、俺の方を向けてテーブルに置いた。

 「佐竹和夫さん。先ほどのお話にも登場しましたが、実は二ヶ月ほど前に亡くなったのです。」

 「そうですか。まだ七十台でしょうに。残念です。」

 「佐竹家も加害者一族ということでバッシングはありましたから、そのストレスもあったのかもしれません。」

 「しかし、彼がどうかしましたか?」

 「今から見ていただく映像は、佐竹和夫さんの遺品から出てきたものです。内容は、Y公園の男子トイレの盗撮。」

 「盗撮?」

 佐竹と初めてあった時のことを思い出す。彼は言っていた。「刑事さん。あの、私、捕まりませんよね?」「いや、あの、トイレを覗いたから」。今では声を思い出すことはできないが、あの時の脱力感は未だに憶えている。それにしても、これは。

 「本当ですか?」

 「はい、中身は私も確認しました。確かに盗撮動画です。これが出て来た時、佐竹家でも扱いに悩んだそうです。これ以上、身内の犯罪を表に出すべきでははい、しかし、この中身は隠すべきでもない。考えに考え抜いた結果、事件発生から二十年に合わせて公開することにしたそうです。」

 「……そうですか。」

 佐竹は、トイレに異常が起きていても警察を頼らず、自力で解決させようとしていた。つまり、そういうことだったのか。空いた時間に盗撮カメラを回収していたのだとすれば、時間のズレも、警察を遠ざけた謎も解明できる。そうか、佐竹は本当に盗撮をしていたのか。だから、自分も捕まるのではないかと思い、俺にああ尋ねてしまったんだ。

 「遺品の中に、盗撮映像はこれだけしかありませんでした。おそらく、これ以外は処分したのでしょう。逆に言えば、これだけは処分できなかった。理由は中身を見ていただければ、すぐにわかると思います。」

 紀藤が慣れた手つきでタブレットを操作した。画面は移り変わり、すぐに動画再生画面になった。

 「再生します。」

 紀藤はそう言うと、再生ボタンをタッチした。


 カメラは個室の奥からトイレを見上げるアングルとなっている。利用者がズボンを脱ぐ時、淫部が映るようになっているようだ。音声は入っていない。映像には、隅に日付と時間が入っていた。一九九八年九月五日〇時七分。日付が変わった直後のようだ。まさかこの動画は事件の?。いや、時刻が違う。浅田はこの後二十時間近く生存していたはずだ。

 突然トイレの扉が開き、二人の人物がトイレに入ってきた。一人はコートとフードで体全体を覆っている。これは、どこかで聞いたことのあるような。そうだ、事件当時に現場を流れていた不審者の情報と完全に合致しているんだ。

 もう一人は不健康に痩せた女性だった。彼女には見覚えがある。宮子に違いない。手袋をして、大きな鞄をその手に持っている。彼女はフードの人物を怒鳴りつけていた。極めて激しい言い方のようだ。音声はなくとも、形相から見て取れる。

 コートの人物がコートとフードを脱ぐ。嫌がっているのが見て取れる。しかし、抵抗できないようだ。

 その時、コートのポケットから何かが落ちた。しかし、二人ともそれに気づくことはなかった。そしてコートから何者かが出てきた。そこにいたのは、小柄な全裸の男性、浅田宏美だった。本当に泣きそうな顔をしている。

 何故だ、何故浅田がこの時刻にY公園にいるんだ。

 浅田を宮子がロープで縛っていく。慣れていないのか、何度も失敗しながら、それでも諦めることなく縛り付けていく。その間浅田は一切抵抗しなかった。

 全身を縛り付け、猿轡まで嵌められた浅田は、身動きを取れなくなった。すると今度は、宮子は鞄から張形を取り出した。笑いながら、それを浅田に見せつけている。そして、これまた鞄から取り出した使用済みのコンドーム。中身はたっぷり入っているようだ。宮子は、ハサミでコンドームに切れ目を入れると、浅田の目の前で張形に精液をかけ始めた。ドロドロに固まったそれは、まるで毒物か何かのように張形に粘り着く。浅田が抵抗しようと体を揺さぶっているのが画面からも伝わってくる。浅田の顔は画面から外れてしまっているので表情まではわからないが、きっと恐怖に駆られているに違いない。浅田はここまでされることを知らされていなかったようだ。抵抗するのも当然だ。しかし、それもここまでだった。宮子が張形を浅田の尻に突き出したのだ。当然うまく挿入されるわけがなく、何度も、何度も無理やりに押し込み続ける。浅田の抵抗が弱々しくなっていく。

 見ていられない。しかし、目を逸らすわけにもいかない。

 唐突に宮子が浅田から離れた。挿入が終わったのだろう。しばらく宮子は浅田を眺めていた。少し息が乱れているが、表情は満足げだ。そして、鞄から新たなロープを取り出した。例のロープだろう。それを手に、宮子は何か叫んでいる。狂気じみた表情で、笑いながら。浅田はこれを聞いたのだろうか。いや、そんな余裕はなかっただろう。せめて、そうであってほしい。こんなもの、聞かなかった方がマシなはずだ。

 宮子が徐に浅田の首に手を伸ばした。浅田は僅かに体を動かしている。最後の抵抗だったのかもしれない。しかし、それは無意味だった。画面には映っていないが、ロープは浅田の首に食い込み、締め上げたはずだ。徐々に浅田の動きが小さくなっていく。宮子も体に力が入らないのだろう、完全に浅田の動きが止まるまでに数分かかった。

 肩で息をする宮子。そして鞄を持ち上げると、そのまま遺体に背を向けて、トイレから立ち去った。

 なんて、なんて映像だ。こんなものが残っているなんて。こんなもの、俺が持っている『愚行の行方』とは比較にならない。あまりにもおぞましい。

 しかし、これはおかしい。浅田は九月五日の二十時過ぎまで生きていたはずだ。それに遺体発見時、トイレの扉は閉まっていた。

 それからしばらく、動画に動きはなかった。画面に映るのは、動かない浅田の脚部くらいなものだ。

 変化が訪れたのは殺害から十分ほど経った頃だった。画面に一人の男性が入ってきたのだ。男性は不審げにトイレの中を覗き込み、そして叫びながら尻餅をついた。その時、男の顔がはっきりと映った。そこにいたのは(ありえない、なのに)、田村であった。

 流石の田村と言えど、この状況はショックだったらしい。なんとか立ち上がったものの、しばらくうわごとのように何かを口走っている。そして個室に入ると、しゃがみこんで何かを拾った。あれはなんだ?小さい上に、田村の手が震えていてよく見えない。その時、田村の口がはっきりと動いた。「浅田宏美」、田村はそう言った。確かめるように。そうか、あれは学生証だ。浅田の遺体のすぐそばに落ちていた、あの。田村は真剣な面持ちで学生証と遺体を交互に眺めている。次に、その場に残されていたコートを拾った。内側やポケットの中を確認している。誰のものかを確認しているようだ。

 突然、田村が動き出した。ポケットからハンカチを取り出すと、トイレのドアやトイレットペーパー置き場などを拭き始めた。一通り終えると、今度は自分が個室に入り込む形でトイレのドアを閉めて鍵をかけた。そして、トイレットペーパー置き場に足をかけると、ドアの上部の隙間から出て行ってしまった。学生証と浅田のコートを持ったまま。最後にドアの上部まで丁寧にハンカチで拭いて。そして、音沙汰は無くなった。

 「これで、動画は終わりです。」

 そんな、これが事実だとすれば(事実に違いない)、真相は……。

 宮子の声が、頭に響き渡る。

 『貴方たちも、すべてを解き明かしたわけではないわ。』

 学生証は、田村が持って行った。『学生証の利用記録』も、この後田村がつけたのだろう。しかし、浅田の家にも『愚行の行方』の脚本があった。あれは一体。

 ……そうだ。宮子が言っていたではないか。浅田と田村はお互いの家の合鍵を持っていたと。田村自身が浅田の家に脚本を置いたんだ。

 しかし、なぜそんなことをしたんだ?その行動で、何が変わってくる?

 田村の行動によって、俺たちは浅田殺しの時刻を誤認した。本当の犯行と、俺たちの考えていた犯行時刻とでは、少なくとも約二十時間の違いがある。その間に、何が起きたのか。

 考えてみるまでもない。『愚行の行方』が書かれたんだ。

 田村は、浅田の遺体から『愚行の行方』の構想を得た。そして、大急ぎでそれを形にした。現場のドアを閉めたのは、遺体を見つかりにくくするためか。そうだ、田村は脚本の完成を、事件発生よりも先であるように見せかけたかったんだ。そうすることで『愚行の行方』は、『事件を元にした作品』から『事件と酷似した作品』にかわる。その注目度の違いは、言うまでもない。

 再び頭に宮子の声が響いた。

 『きっと永遠に、あなたたちは真実に辿り着けない。』

 あいつはどこまで予測していたんだ?犯人?動機?いや、それ以上のことか?遺体を見たときに、全てを見抜いていたのか?この事件をきっかけにあの男はスターダムを駆け上がって行った。『愚行の行方』を起爆剤とし、自分の作品の発表の場を得た。気がつけば、「演劇界にこの人あり」とまで言われるようになっていた。それすらも、この時点で頭にあったのか?全てを利用する気だったのか?

 奴はどこまで未来を視ていたと言うのだ。

                                    了


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