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未来脚本  作者: ぼなぁら
14/15

明かされる真実

 捜査は難航した。やることは至ってシンプルな聞き込みだったのだが、不運にも欲しい情報をもっている人間になかなか出会えなかったのだ。こればっかりは俺にもどうすることもできない。地道に、足で稼いでいくしかなかった。

 そうこうしているうちに数日の時が流れた。少しずつ情報は集まっていたが、まだ決定的とは言えなかった。焦りが班の中で見え隠れし始めた。時間をかければかけるほど、証拠を隠滅される可能性は高くなる。それに、俺たちには急がなくてはならない理由がもう一つあった。絶対的なタイムリミットが、迫ってきていた。そして、最悪なことに、俺たちにはタイムリミットの正確な時刻を知る術がなかったのだ。ただ、急がなくてはならないという事実だけが、俺たちを急かしていた。

 そして、九月二十六日。遂に『愚行の行方』の公演日を迎えてしまった。俺たちとしても、無視をするわけにはいかなかった。

 「ここで公演するのか。」

 それはこぢんまりとした劇場であった。京都市左京区の端に建てられたそれは、普段なら見落としてしまいそうな建物であった。しかし、今日は様子が違う。開演は十三時からだと言うのに、朝から多くの客や取材陣が集まっている。中は百席もないらしいが、これだけの人数が入りきるのだろうか。

 「やはり、相当の人数が集まりましたね。週刊誌の影響でしょうか。」

 「それもあるだろうな。」

 俺たちが捜査に勤しんでいる間に、一冊の週刊誌が発売された。その内容は、事実と捏造が合わさった悪質なものだった。そして、その中では『劇団プリズム』についても触れていた。『疑惑の劇団』だそうだ。『劇団プリズム』の新作である『愚行の行方』についても、多少書かれていた。

 しかし、厄介なのは発売後の『劇団プリズム』の動きであった。週刊誌を見たサークルメンバーの何者かが、『劇団プリズム』の宣伝を出版社に依頼したらしい。当然、真っ当な広告として出すことはできない。しかし、出版社としても、『劇団プリズム』については扱いたい。『劇団プリズム』と出版社の二つの意思が絡み合った結果、それは新しい記事という形で実現した。同じ出版社の別週刊誌に、急遽事件についての記事が差し込まれたのだ。これまでの事件と『愚行の行方』との共通部分についても詳しく説明され、その週刊誌は大注目された。今回の劇場の大入りも、その影響が大きいということは簡単に推測することができた。

 「しかし本当に公演を開くとはな。こんな状況で。」

 これはサークルの意地なのだろうか。俺には強迫観念に駆られているようにしか見えなかった。

 さて、いつまでも入り口に突っ立っていても意味がない。中に入れば、『劇団プリズム』の関係者もいるだろう。俺たちは入り口に向かうと、受付の係員に声をかけた。

 「京都府警の者です。今日は公演中に見回りをさせていただきます。」

 ちなみに、俺と久我が劇場内部を、他の班から応援に駆けつけた刑事たちが外部を担当している。藤堂と太刀林は、依然としてある捜査を続けていた。

 「お話は聞いております。どうぞお入りください。」

 劇場の内部は、外から見た時ほど小さくは感じられなかった。暗めの照明が、遠近感をおかしくしているのかもしれない。とは言え、報道陣まで合わせてすべてがこの中に入るのは不可能だろう。

 舞台上では、背景などの準備が粛々と行われていた。思っていたよりもギリギリまで作業しているのだな。

 舞台の袖に、見たことのある人影が二つ。一つは、諸星だ。もう一人に何やら説明しているらしい。そして、そのもう一人は……。

 「これはこれは、諸星さんに篠田さんじゃありませんか。」

 浅田と同期で同じゼミに所属する篠田の姿がそこにはあった。振り向いた篠田は少し驚いたようだったが、すぐにあの冷たい表情に戻った。

 「刑事さん。」

 「あなたも公演に参加するのですか?」

 「私が頼んだのです。今回は急にメンバーがいなくなってしまったので、どうしても代役が必要だったのです。以前にも、篠田さんには公演を手伝ってもらったことがありました。そこで、今回も参加してくれないか頼んだところ、快く引き受けてくれたのです。」

 諸星が、ゆっくりと説明してくれた。

 「ほほう。篠田さんはどの役を?」

 篠田は小さく首を振った。

 「私がやるのは照明。演技なんてできないもの。」

 「そうでしたか。照明はてっきり旭川さんに頼んだものかと思っていました。」

 「旭川先輩には、キャストとして出てもらう予定なのです。他にも、もう一人私の知り合いの男性に代役で出演してもらいます。」

 「なるほど、大変でしたね。……諸星さん、あれからどうですか?少しは落ち着きましたか?」

 今見た限りでは、大分落ち着きを取り戻しているようだが。

 「はい、おかげさまで。あの時は取り乱してしまって申し訳ありませんでした。」

 「いえいえ、動揺するのは仕方のないことですよ。」

 そんなやりとりの後、諸星は一旦楽屋に戻って行った。残された俺たちは改めて篠田と向かい合った。篠田は相変わらずの冷めた目で俺を見ていた。

 「篠田さん。あなたは以前、浅田さんに恋人ができたとおっしゃっていましたよね。」

 あの時と同じ。彼女は何も答えない。しかし、今度はそれでも構わなかった。

 「あなたの言っていた通りのようです。なぜ、あなたはそれを知っていたのですか?」

 「……本人から聞いたのよ。田村と付き合っているって。」

 やはり相手は田村だった。そして、田村がそれを隠すのも、当然と言えるだろう。

 「その経緯は?浅田さんにとって、その事実は誰にも言えないことだったはずです。」

 「確かに普通なら言えないことだったでしょうね。私がしつこく聞いたのよ。宏美は、誰よりも誠実な人だった。だから答えてくれたの。どうしてしつこく聞いたのかは、想像がつくでしょう?」

 「……そうですか。あなたは浅田さんのことを。」

 いや、これ以上は口に出すべきじゃないだろう。

 俺が口を紡いだからか、篠田はぷいと背を向け、そのままどこかに行ってしまった。

 「さてと、楽屋に向かうか。他のメンバーにも牽制を入れておきたいしな。」

 「そうですね。楽屋は右奥のようです。」

 俺たちは舞台を離れ、楽屋に向かった。その途中、狭い廊下で小柄な女性とすれ違った。何やら大量の小道具の入った段ボール箱を腕いっぱいに抱えて運んでいる。危なっかしい。今にも転んでしまいそうだ。

 「早月さん。」

 「え?あ、刑事さん?」

 どうやら段ボール箱のせいで碌に前も見えていなかったらしい。早月は一旦段ボール箱を床に置くと、こちらに向き直った。

 「あの、こ、こんにちは。」

 「こんにちは、大丈夫ですか、そんなにたくさん抱えて。」

 「は、はい。大丈夫です。」

 「思っていたよりも元気なようで、良かったです。」

 「そうです、ね。えっと、やっぱり、やることが決まると少し落ち着きます。」

 「早月さんも、今回の公演の開催には賛成なのですか?部外者が差し出がましいですが、私には無茶をしているように見えます。」

 「無茶、そうかもしれません。賛成か反対で言えば、えっとですね。私は、本当は怖いから中止にした方がいいんじゃないかなって考えていたんです。脚本と同じような事件が現実でも起きている。だったらその脚本通りの舞台を公演してしまったら、一体どうなってしまうのだろうって、思うんです。何か起きるんじゃないかって、不安になります。だけど、城崎さんやあずさちゃんが『絶対にやめない』って強く言ってきて、私はそれに逆らえなかっとと言うか。」

 まあ、あの異常な雰囲気の二人に主張されれば、こうならざるを得ないのも理解ができる。

 「ロープの行方の件ですが、いつから無くなっていたかなど、思い出したことはありませんか?」

 「うう、あんまり記憶力には自信がなくて。」

 「正しいかは保証できないけど、夏には無くなっていましたよ。」

 前方から声がした。楽屋から誰か出て来たらしい。目を向けると、それは旭川であった。

 「刑事さん、今日はよろしくお願いいたします。」

 「これはどうもご丁寧に。それで、『夏には無くなっていた』とはどういうことでしょうか。」

 「刑事さん、ちょっと。」

 旭川はが俺たちを廊下の隅へと誘う。早月はそれを怪訝そうに見ていた。

 廊下の隅で、俺は小声で尋ねた。

 「どうしましたか?」

 「以前、僕が盗難騒ぎを起こしたことをお話したじゃないですか。あの盗難騒ぎの時とロープの盗難はおそらく同じ時期です。」

 「なぜ、そう思われるのですか?」

 「見たんです。僕が金庫の中身を持って部室を出て行った時、ロープは確かにありました。しかし次の日の朝、お金を戻しに部室へ入ると、ロープは消えていました。」

 「誰かがその間に持って行ったということですね。それが誰かはわかりますか?」

 「それがわかればよかったのですが。」

 そこまで都合良くはいかないか。しかし、これは今俺の頭にある考えを補強してくれる情報と言える。

 「ありがとうございます。」

 俺が礼を言うと旭川は小さく頷き、その場を去って行った。早月もぺこりと礼をすると、荷物を抱え直し、旭川の後を追って行った。それを見届けた俺たちは、楽屋の戸を軽くノックして中に入った。

 「失礼します。」

 中には田村、城崎、西川の三人がいた。どうやら台詞を合わせていたらしい。俺たちを見た三人は動きを止めた。

 「あら、刑事さんじゃないの。本当に観にきてくれたのね。」

 「犯人を捕まえもせず、呑気なもんですね。」

 歓迎の言葉と苦言を同時にぶつけられる。西川と城崎。二人とも顔つきは真剣そのものである。考えてみると、俳優としての彼らに会うのは今日が初めてだ。公演直前のためか部屋には緊張感が漂っているが、聴取の時の狂いっぷりに比べればこれも可愛いものだろう。

 「今日は警備のために来ました。皆さんが無事に公演を終えられるように見張っておりますので、皆さんも安心して演技に励んでください。」

 「それは心強いですね。よろしくお願いしますよ。」

 そう言う田村は余裕たっぷりと言った具合のようだ。多少の緊張が見える二人と違い、落ち着いて見える。舞台に上がるか否かの違いだろうか。

 「佐竹さんはいらっしゃらないのですか?」

 「宮子ならもうすぐ来ると思いますよ。まだ体調が万全とは言えませんから、多少遅れても構わないと言ってあります。本当はキャストとして舞台に立って欲しかったんですが、今回の公演ではサポートに回ってもらっています。」

 田村が知っているかどうかはわからないが、宮子は今も(おそらく)生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。無理をさせるべきではないだろう。賢明な判断と言える。

 「宮子もどうなのかしら、最近は本当に調子が優れないようだけど。あのままじゃあ今後も舞台には上がれないわよ。」

 「そうなると、ウチで舞台に立てる人は二人になってしまいますね。」

 「はあ?三人はいるでしょう。」

 「そうは言うけど、西川さんは出て行ってしまうんでしょう?『今回が最後だ』って言ったのを私は忘れません。」

 「うるさいわね。あんたが私を輝かせられないのがいけないんじゃないの。このヘボ脚本。」

 「そんなことより刑事さん。事件の方はどうなっているんですか。」

 後ろで始まっている言い争いに興味はないらしい。城崎は俺の方へと詰め寄って来た。残念ながら、今は彼らに何も話すことができない。そんなことをして犯人に情報が渡ってしまっては困るのだ。俺は刑事の常套句で躱すことにした。

 「捜査情報に関しては話せませんが、心配なさらずとも大丈夫ですよ。」

 「どうだか。」

 どうやら城崎の信頼は完全に失われてしまったようだ。鼻を鳴らして背を向けてしまった。

 その時、楽屋の扉が開き、二人の人物が入って来た。宮子とその母親だった。すぐに田村が宮子の元へと駆け寄る。

 「宮子。」

 「遅くなって、しまいました。」

 「大丈夫だ、まだ時間はあるからね。それより体調はどうだい。」

 「ええ、大丈夫よ。」

 そうは言うが、俺には聞くまでもなく危険な状態のように思える。これまで見た中でも一番と言っていい真っ白な顔、ふらつく足元。母親に支えてもらってようやくここまで来られたようだ。いい加減限界なのかもしれない。

 「佐竹さん、今日はよろしくお願いします。」

 「刑事さん。もういらしていたのですね。よろしくお願いいたします。」

 お辞儀をしようとした宮子だったが、その拍子に体のバランスを崩して倒れかけた。とっさに母親と田村がその体を支える。

 「ちょっと宮子。本当に大丈夫なの?病院に行った方が……。」

 「あずささんのいう通りだ。無理をしちゃいけない。」

 「大丈夫。ありがとう、あずさ、城崎くん。でも、大丈夫。この公演だけは、最後まで見届けたいの。」

 田村が宮子の肩に手を置きながらいう。

 「ああ。これで『愚行の行方』も終わりだ。すべてを完結させよう。」

 「はい。私、やり遂げます。」

 田村の顔を見上げた宮子の顔には、以前見た恍惚とした表情の断片が浮かんでいた。

 

  開演の時刻が近づいて来る。俺たちは、一番前の客席の横側の通路で待機していた。しばらくはスタッフたちが駆けずり回っていたが、そのうちに静まっていった。そして、遂に劇場が開場され、客と取材陣が次々と客席に入って来た。俺たちの任務の一つは、彼らを見張ること。これだけ派手に騒がれた事件だ、どんな奴が客に紛れているかわかったもんじゃない。明後日を向いた正義を掲げて暴動を起こす者(困ったことに、こう言う奴は大概事件とは関係ない)や、意味もなく危険物をばらまくような愉快犯。どんな犯罪が起きるかわからない。そんな連中が出ないように見張る、また、出て来たときにすぐさま確保することが一つ目の任務である。

 しかし、俺たちにはそれ以上に見張らなければならないものがある。それは舞台そのものだ。『愚行の行方』にはまだ再現されていない事件がある。もちろん首吊りのことだ。今日の舞台では、首吊りシーン用に台とロープが準備されている。これを使って何かが起こるかもしれない。もちろん、ロープの安全性は早月に確認済みだ。首吊りのシーンでも体重は掛からないように高さが調整されているらしい。それに、ロープ側もある程度体重がかかれば切れるように細工もしてあるそうだ。

 それでも、『劇団プリズム』は今や日本中から注目されていると言っても過言ではない。そんな中で、犯人がどう動くかは予想もつかない。本当は、今日を迎える前に犯人を逮捕したかった。しかし、今更どうしようもない。とにかく、今日を平和に終えること、それが俺たちに与えられたミッションだった。

 俺の横で、久我が何やら取り出して弄っている。そちらを見ると、それは小型のビデオカメラであった。

 「ほう、そんなものを持って来ていたのか。」

 「はい、何があるかわからない以上、記録を取っておいた方がいいと思いまして。」

 記録映像なら、後ろの取材陣どもが勝手に撮ってくれるだろう。『劇団プリズム』側も自主的に撮影をするはずだ。だが、警察には警察の目線での記録があってもいいかもしれない。必要なかったとしても、それはそれで構わない。

 「よし、舞台の撮影をお前に任そう。ただし、そっちにばかり気を取られるなよ。」

 「はい。やはり、何か起こるのでしょうか。」

 「起こる、とは断言できないが、嫌な予感がするんだ。刑事たちが囲っている以上、おいそれと事件は起こせないはずだが、そもそも今回の犯人はそう言った常識的な考えとは乖離しているように思える。劇の途中で無理やり誰かの首を絞めに行ったとしても、驚かない。」

 「客や取材陣だって、おとなしく見ているとは限りませんしね。」

 「ああ、客席で殺人事件なんて起きようもんなら……。とにかく、すぐに動けるように意識しておけ。」

 「わかりました。」

 そう言うと久我はアキレス腱を伸ばし始めた。……俺も少しストレッチしておこうかな。

 こうして、時間は過ぎて行った。開演のアナウンスが流れ始める。そして、劇場の照明が落とされた。俺は、客席全体を眺めていた。笑顔で舞台を見ている者、飲み物をこぼして慌てている者。メモとペンを構えたジャーナリスト。今のところ、何も起こりそうにはない。舞台の方を振り向いたその時、サイレンが鳴り響き、舞台の幕が遂に上がり始めた。

 『愚行の行方』が始まったのだ。


 舞台の上手に照明が落ちる。そこには体を縄で縛られた西園寺薫の姿があった。口には何か布のようなものが詰められており、壁に刺さった杭からロープで吊るされている。体の一部を布で隠しているものの、半裸に剝かれている。

 薫の周りには何かの入っている袋や箱が無造作に置かれている。ここは西園寺家の倉庫らしい。

 舞台の下手から、四人の男女がやって来た。主人公の結城新太郎、薫の妹の西園寺美香、薫たちの友人である石井紀夫と天羽桜。合わせて四人だ。暗い中、懐中電灯を持った新太郎を先頭に、何やら談笑をしながら倉庫に近づいて来る。新太郎が倉庫の扉を開けた。途端に薫の死体を発見し、その体を硬直させる。そして状況を理解すると、腰を抜かして大きな悲鳴をあげた。

 「誰がこんなことを!」

 その声に驚いた他の三人も次々と倉庫に入り、薫の遺体と対面した。

 「そんな、薫!」

 「救急車、救急車を呼ばないと。」

 「俺が呼んでくる。」

 紀夫が倉庫を飛び出し、舞台袖へと駆け出した。

 「本当に薫なの?だって、薫は大学の合宿に!」

 新太郎が大きく首を振り、懐中電灯で壁を照らした。そこには「西園寺薫は罪を犯した」と書いてあった。血のように真っ赤で、まるで死体を叩きつけたかのような激しい字体だった。

 「嘘よ!薫!」

 美香がその場で泣きながら崩れ落ちる。新太郎が美香に近づき、その肩を抱きしめた。桜は壁に右手を当てて、左手で顔を押さえている。

 そのまま舞台は暗転した。


 しばらくして舞台に再び照明が灯った。そこに浮かんできたのは西園寺の家の中、ロビーだった。しばらくは、ここを中心に物語は展開されることとなる。

 「数日前。新太郎は西園寺家を訪ねていた。」

 ナレーションが流れる。事件よりも前のこと、回想である。

 「薫、薫!」

 新太郎が声をあげて薫を探している。すると、舞台袖から薫が姿を現した。

 「新太郎さま。お待ちしておりました。」

 薫の声を聞いて、客席から小さなどよめきが起こる。

 「薫、会いたかったよ。」

 「私もです。普段はなかなかこうして二人きりにはなれませんもの。」

 「ああ、すまないね。あいつらの前ではどうもね。」

 「いいえ、構いませんわ。こうして来てくださるのですもの。文句を言ってはバチが当たってしまいます。」

 「ああ、君が呼ぶのなら、僕はどこにだって行くさ。だが、僕たちの関係は、バレるわけにはいかない。」

 「ええ、大丈夫ですわ。私たちの関係は、この家の中でだけ。」

 「愛しているよ、薫。」

 「私もです。」

 二人はゆっくりと、互いを抱きしめあった。

 ……


 「事件当日。」

 再びナレーションが流れる。

 「やっと着いたよ。いやあ遠かったなあ。」

 「そうね。もうクタクタ。こんな山奥まで来ることになるなんて、思ってもみなかったわ。」

 新太郎と紀夫、桜の三人が西園寺家にやってきたのだ。泊まり込む予定なのか、新太郎と紀夫は大きな荷物を持っている。桜の荷物は、どうやら紀夫が持っているようだ。

 「ようこそ。歓迎いたしますわ。」

 美香が三人を出迎える。

 「本日はお招き頂きり恐悦至極で……、ええと、なんて言うんだっけ?」

 大げさにお辞儀までしようとする紀夫を見て、美香はクスクスと笑っている。

 「そんなに畏まらないでください。いつも通りでお願いしますわ。」

 「そうかい?サンキュ!」

 「紀夫は本当に調子がいいんだから。」

 桜は、どうもあまり機嫌がよくないらしい。そんな桜を尻目に、新十郎が美香に確かめる。

 「薫は合宿に行っているんだよね。そんな時にお邪魔してよかったのかい?」

 「ええ、新太郎さま。だからこそですわ。薫がいない時の方が自由に過ごせますもの。」

 「はは、手厳しいね。」

 「それで、私たちを呼んで、何をするつもりなの?」

 桜は訝しげに美香を見ている。

 「明日が薫の誕生日なのはご存知ですよね。今年で薫は二十歳になります。それをみんなでお祝いしたいのです。」

 「サプライズパーティってことか。いいね。でも、プレゼントはどうするんだい?」

 「それは大丈夫ですわ。私が代表してプレセントを渡します。急なお話でしたから、皆さんがプレゼントを持っていないのはしょうがないことですもの。」

 「いや、せっかくあと一日あるのだから、何か買ってこよう。みんなで少しずつ出し合えば、それなりのものが買えるだろう。」

 新太郎がそう言う。それに頷く紀夫。紀夫はすでに乗り気のようだ。それに対して、桜は鼻を鳴らす。。

 「私たち程度の買えるもので、あの子の満足するものが買えるかしら。西園寺家のプレゼントと比べてしまったら、ガラクタにしか映らないわよ、きっと。」

 「そんなことはありませんわ。お気持ちだけで充分です。」

 「じゃあ、僕が何か買ってくるよ。天気が崩れそうだし、紀夫と桜は休んでいるといい。予算はどれくらいがいいかな?」

 ……


 「どうにも信用できないわ。」

 「どう言うことだい?」

 西園寺家のロビーで、桜と紀夫は話し合っている。

 「美香は本当に薫のお祝いをしたいから私たちを呼んだのかしら。おかしいじゃない。どうして私たちにも内緒にしていたの?薫にサプライズを仕掛けたいからといって、私たちに内緒にする必要はないわ。実際に、プレゼントについてあんなにゴタゴタしたじゃない。」

 「ゴタゴタってほどでもなかっただろう。予算については確かに悩ましかったけどさ。それじゃあ美香は何のためにこの催しを開いたって言うんだい?」

 ニヤニヤとした紀夫がからかうように尋ねる。

 「わかりきったことだわ。」

 「と言うと?」

 「そんなの、あなたを……。いえ、何でもないわ。」

 「俺がなんだい?」

 「だから……。あなたにちょっかいを出そうとしているんじゃないかって言っているのよ!」

 それを聞いた紀夫は大笑いし始めた。

 「ははは。そんなことはありえないよ。本当のことを言うとね。俺はこの計画を知っていたんだ。」

 「どういうこと?」

 「美香に相談されてね。君たちにも参加してもらうには、すべてを秘密にしておいた方がいい、そうアドバイスしたんだ。実際、すべてを話していたら、君は来るのを渋っていただろう?」

 「私のことをどんな目で見ているの?友人の誕生パーティを嫌がるほど、人間嫌いじゃないわ。」

 「それでも、抵抗はしただろう。」

 「それは、そうかもしれないけど。」

 悔しそうな美香を見て、紀夫の頬はさらに緩む。

 「そういうことだから、安心していいよ。」

 「そういう人だから、不安なんじゃない。」

 美香は拗ねた声で呟いた。しかし、その声は紀夫には届かなかった。

 ……

 

 舞台は続く。新太郎が屋敷に戻り、四人は明日の誕生パーティに向けて準備に乗り出した。時間は過ぎてゆき、外は暗くなる。降り出す雨の音。そして、パーティに使えそうなものを探しに四人が倉庫へ向かった時、彼らは見つけたのだ。薫の遺体を。


 「誰があんなことを。」

 新太郎は落ち着きなくロビーを歩き回る。残りの三人は椅子に座り、黙りこくっていた。

 「外は雨が降っていて出られない。天気予報ではそんなこと言ってなかったのに。」

 雨は強さを増し、もはや災害と言ってもよい程の危険なものになっていた。

 「電話線は切られていた。これでは通報も何もできやしない。」

 紀夫が救急車を呼ぼうと屋敷の電話に飛びついたが、誰も気づかないうちに電話線が切られてしまっていた。美香が家中の電話を調べてみたが、すべて同じ状態であった。

 「他にお家の方はいないの?」

 桜が美香に尋ねるが、美香は力なく首を振る。

 「お父様とお母様は海外出張に行っているのです。他には誰もいません。」

 「けれど、こんなに大きなお屋敷なら、使用人の一人や二人……。」

 「昔はいたらしいのですが、今はそのような者はいないのです。」

 「外部に連絡を取るのは諦めた方がよさそうだ。」

 立ち止まった新太郎。そう言って深く考え込む。

 「ちょっと待てよ。ここから出るのが不可能なら、まだ犯人はこの屋敷にいるってことか?」

 「何を甘いことを言っているのよ。それどころか、この中に犯人がいるのかも知れないのに。」

 「おい、冗談はよしてくれよ。」

 紀夫が叫ぶように言う。相当気が立っているようだ。

 「もうたくさんだ。今は頭が働かない。今日はもう寝る。」

 「寝るって、ちょっと待ってよ紀夫。そんなの危ないわ。一人になれば、殺されてしまうかも知れないのよ。」

 「それならば、みんなで固まって眠りましょう。」

 美香がそう提案した。

 「ああ、それがいいかも知れない。横の広間を使えるかい?あそこなら布団を集めれば全員で眠れるだろう。」

 新太郎が賛成し、残りの二人もその意思に従うこととなった。

 大雨、切られた電話線。まさに陸の孤島。そして、殺人事件。彼らが考えなければならないことは多く、すぐさま処理のできるものではなかった。彼らは眠るしかなかったのだ。そうすることでしか、現実から逃げ出すことはできなかった。

 彼らは眠りについた。この後に起こる惨劇も知らずに。


 皆が寝静まった頃、突然、何かが蹴り倒されたような音が響いた。

 「なんの音だ。」

 新太郎が上手から登場する。ロビーをそのまま歩いて行くと、倒れた椅子が一つ。そして……。

 新太郎の目の前に照明が落ち、首を括った紀夫の姿が顕になった。そして、その横では美香が立ち竦んでいる。

 「そんな。嘘だろ。紀夫!」

 紀夫の側に駆け寄る新太郎。すぐさま紀夫の体を抱え、首からロープを外そうと格闘する。

 「新太郎さま……。」

 美香が何かを訴えようと新太郎に声をかける。しかし、それどころではない新太郎。ようやく紀夫の首からロープを外すことに成功し、彼の体を床に下ろした。よく見ると、紀夫のシャツに赤い染みができている。

 紀夫の胸に耳をあてる新太郎。しかし、鼓動は聞こえなかったようだ。

 「くそっ!」

 今度は紀夫の胸に両手を当てて、心臓マッサージを始める。しかし、何度やっても紀夫が目を覚ますことはなかった。

 「どうして、紀夫まで。」

 「どうしたの?一体何が……。」

 舞台上に、桜が現れる。暗い室内ということもあるだろうが、よほど警戒しているのか。恐る恐る、一歩一歩ゆっくりと進んでいる。そして、新太郎たちを見つけて駆け寄って来た。

 「ねえ。今度は……。」

 紀夫の遺体に気づいた桜は、絶句してしまった。そして、紀夫の遺体に抱きつくと、激しく揺さぶり出した。

 「嘘、嘘でしょ!紀夫!紀夫!」

 何度も、何度も揺さぶった。しかし、当然のことながら紀夫はピクリとも反応しなかった。

 「桜、紀夫はもう……。」

 言いかけた新太郎だが、桜の顔を見て黙ってしまう。それは、鬼のような形相であった。

 「……人殺し。」

 「えっ?」

 桜は美香を睨みつけている。

 「人殺し!あんたのせいで紀夫まで!」

 「違う。私は……」

 美香がどれほど否定しようとも、桜は聞く耳を持たなかった。そのまま美香に襲いかかると、美香の首を絞めようと手をかける。

 「やめろ桜!落ち着くんだ!」

 新太郎が桜を羽交い締めにし、なんとか美香から引き離す。桜はしばらく暴れていたが、そのうち小さな鳴き声を上げ出し、そのままへなへなと床に崩れてしまった。

 「どうして、どうしてぇ。」

 泣き続ける桜。呆然と立ち続ける美香。がっくりと肩を落とす新太郎。

 ……


 朝が訪れ、西園寺家の庭で桜が走っている。何者かに追われているようだ。

「いや、来ないで。」

 すでに息も絶え絶えの桜。それでも、おぼつかない足を必死に持ち上げて逃げ回っている。しかし、逃走もそれまでだった。崖の近くまで追い詰められた桜。振り向いて、敵はどこかと見回している。追跡者の足音が、草をかき分ける音が、徐々に大きくなる。

 「やめて、来ないで!」

 しかし、追跡者の音は大きくなるばかり。そして、

 「きゃあ!」

 何者かに突き飛ばされた桜、そのまま崖下に落下してゆく。

 又しても舞台から光が消える。しかし、今回は一瞬だった。

 新太郎が下手から舞台に現れる。桜を探しにきたのだ。

 「布団にはいなかった。屋敷中を探してもどこにもいない。桜、どこだ!」

 しばらく桜を探し回る新太郎。

 「桜?どこに行った、桜!」

  ふと崖を見つめる新太郎。そして、さあっと青ざめる。駆け足で崖に向かうと、その下を覗き込んだ。

  崖下には、桜の腕だけが見えている。

 「桜!そんな!桜まで……。」

 その場にうずくまってしまう新太郎。嗚咽が舞台中に響き渡る。

 ……


 西園寺家のロビー。生き残った新太郎と美香。二人は対峙している。

 「君がやったのかい?美香。僕は犯人じゃない。外部犯の痕跡はどこにもない。君以外、ありえない。」

 「それは、違います。新太郎さま。」

 「違う?じゃあ一体、誰が犯人だって言うんだ。もう僕ら以外には誰も残っていないんだぞ。」

 「ええ、そうです。犯人すらも、すでにこの世のものではないのですから。」

 「なんだって?」

 「これを見てください。」

 美香の足元にあったのは、赤いペンキの缶だった。

 「倉庫の中にあったものです。薫のそばに書かれていた文字は、これによるものです。そして、紀夫さまのシャツには赤い染みがありました。」

 「そんな、紀夫が薫を殺したと言うのか。」

 「そうです。そして、そのことを悔いたのでしょう。自ら命を絶ってしまったのです。」

 「じゃあ、桜は誰がやったんだ。」

 「桜さまも、自殺でしょう。桜さまは、紀夫さまに好意を持っておりました。その紀夫さまが亡くなったことが、ショックだったのでしょう。」

 ……


 雨が止み、新太郎と美香は抱き合っていた。新太郎は震え、涙が溢れる。美香はニヤリと笑っていた。


 幕がゆっくりと下りてゆく。観客の拍手が聞こえてくる。何も、起こらなかった。懸念していた首吊りのシーンも、桜が崖から滑落するシーンでも、事件性のあることは何も起こらなかったのである。

 「よかった。」

 久我のつぶやきが漏れる。後ろの客席でも、思い思いの感想が飛び出し始めている。「面白かった」「所詮は素人学生の作品だな」「聞いていたほど過激でもなかった」「結末を客の想像に任せるやり方は好きじゃない」「本当の事件の真相も、この通りなのかなあ」。

 『愚行の行方』の犯人は、美香だ。美香の目的は、新太郎を手に入れること。そのために邪魔だった薫を殺害した。紀夫は、本当に自殺だった。自分の提案したパーティの計画が元になって薫が死んだことに気づいたのだ。紀夫は悔いて、命を絶った。桜を殺したのは、当然美香だ。美香は、薫を失った新太郎と紀夫を失った桜が接近することを懸念した。その結果、桜まで殺してしまったのである。

 また、本作にはもう一つ特徴がある。『劇団プリズム』の前作、『紅の女』から受け継いだそれは、現実で起こった事件とも共通している。。

 しかし、これらのことを『愚行の行方』では示唆する形に留まっている。初めから脚本を知っている俺には理解できるものの、観客はどこまで理解できたものだろうか。田村は、「周りの人が死んでいく恐怖」と「犯人がどうしてそのような蛮行をしでかしてしまったのか」を描くと言っていたが、彼にとって、この『愚行の行方』はどの程度の完成度だったのだろうか。恐怖の方はともかく、犯人の動機や背景は、観客の想像に任せてしまっているように思える。それこそが、田村の狙いなのかもしれない。また単純に、素人の作品ではこれくらいが限界なのかも知れない。どちらにせよ、演出と演技のおかげで観られるものにはなっていた。一観客として観れば(もちろん俺は観客ではないが)、充分な出来であった。

 劇場に、愉快な音楽が流れ出す。観客の拍手が手拍子に変わり、幕が再びゆっくりと上がってゆく。西園寺家のセットをバックに、舞台にはキャストの五人が立っていた。ナレーションで彼らの紹介がなされ、彼らもそれぞれ観客に向かってお辞儀をしている。それが終わると、さらに田村と、彼に手を引かれた宮子も舞台に上がった。ナレーションで彼らも紹介されている。このナレーションは諸星によるものだ。流石にナレーションや照明は手を離すことができないのだろう。舞台には上がってこない。

 舞台上では全員が手を繋いで、再びお辞儀をしている。観客たちの手拍子がさらに大きくなる。まるで、連続でクラッカーを鳴らしているかのようだ。

 舞台上の彼らはどうだろうか。田村は相変わらず無表情だ。西川は、さすが女優志望、見事に笑顔を繕っている。城崎もなかなかいい顔だ。達成感に溢れている。早月は、やはり少々恥ずかしそうだ。旭川も顔を赤らめているが、ヤケクソなのか堂々と胸を張っている。役が役である、多少は振り切らなければやっていられなかっただろう。一人誰かわからない人物がいる。おそらく、諸星の知人というのは彼だろう。代役を任された彼も、溌剌とした顔でお辞儀をしている。宮子の顔は苦痛で歪んでいるようにも見える。これ以上無理はできまい。彼女はすぐに病院に向かうべきだ。俺たちも急がねば。

 これで終わり。誰もがそう思っただろう。俺の心にも多少の油断が生まれていた。舞台上の全員がお互いの手を離した、その時だった。

 それぞれが観客に手を振ったり笑顔を振りまいたりしている中、宮子が舞台の奥へと歩き出した。フラフラ、フラフラ。他のメンバーは誰も気づいていない。よろめいて転びそうになりながらも、歩みを止めない。一体何を……?彼女の行く先には何がある?

 首吊り用の台と椅子だった。

 宮子は転がっていた椅子を立て直した。そして、それに上るとおもむろにロープを掴み、首に掛けた。まさか。そのまま宮子は、躊躇いなく椅子を蹴り倒した。

 自殺用の台は、男性である諸星の知人に合わせて作られたものである。本来なら足が地面につく高さで調整されていたはずだ。しかし、女性である宮子が使うことを想定されて作られてはいなかった。宮子の背丈はあまり高い方ではない。ロープは宮子の首に巻きつき、一瞬宮子の体が宙に止まった。

 俺はすでに駆け出していた、舞台に飛び上がると、宮子の側に駆け寄る。観客から悲鳴が上がる。振り向いた他のサークルメンバーたちも、何やら叫びながら宮子に近く。

 俺が宮子の元にたどり着くのと同時に、ロープの上部がぶちりと切れた。早月が言っていた通り、危険があれば切れるようになっていたのだ。俺は倒れる宮子の体を抱きかかえると、ゆっくりと床に下ろした。千切れこそしたものの、ロープの輪が宮子の首に食い込んでいる。俺は急いでロープを宮子の首から外した。食い込んでいた時間はほんの僅か。死ぬ程のことはなかったはずだ。しかし、宮子は気を失っているようで、目を開かない。

 「佐竹さん。佐竹さん!」

 いくら声を掛けても反応しない。これは、危険かもしれない。

 「久我!救急車だ。急げ!」

 「はい!」

 久我は脱兎のごとく駆け出した。どうか間に合ってくれ。


 宮子は、K大学の付属の病院へと搬送された。医師曰く、彼女は慢性骨髄性白血病という病名らしい。もともと何年もかけて宮子の体を侵していた病気だが、ここ最近急激に悪化していたそうだ。しかし、宮子はその事実を隠していたのか、定期的な通院以外は病院に来ようとしなかったらしい。免疫において重要な役割を持つ白血球に異常の出る病気であり、もしも他の病気が併発すれば命に関わる。宮子も、その可能性が高いらしい。当然、面会は許可されなかった。

 俺たちは今、病院で宮子の目覚めを待っている。彼女は目を覚ますだろうか。いや、そうでなければ困るのだ。

 「笠原さん、宮子は……。」

 「なぜ自殺なんて手段を選んだのか、か?」

 「はい。」

 「それは俺にもわからん。言い方は悪いが、放っておけばそのうち死ねた可能性が高いであろうに、なぜあの場で死のうとしたのか。」

 もちろん、俺はこの病気の危険度を具体的には知らない。なったからと言ってすぐに死ぬようなものではないのかもしれない。しかし、宮子本人はわざわざ無理を重ねていたようだ。素人目にだが、もう先は長くなさそうだった。

 自殺の場に舞台上は相応しいと言えるだろうか。目立つのは間違いない。しかし、観衆の元では確実性にはかける。実際、彼女はすぐに助け出されてしまい、自殺は成功しなかった。彼女が死にかけているのは、あくまで病気によるものである。何か、目的があったのだろうか。舞台上で死ぬ理由、俺の頭にまともな答えは浮かんでこなかった。答えは本人から聞かなければわからない。

 その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。なぜか知らんが久我が慌てだした。

 「ああ、マナーモードにしなくちゃ。」

 「後でやり方を教えろ。もしもし。」

 「笠原さん。遂に見つかりました。これで家宅捜査が可能です。」

 藤堂の声だ。長い時間がかかった捜査だったが、ようやく欲しかった情報を手に入れることができたらしい。

 「そうか、ならすぐに申請しろ。こちらの状況は最悪だ。時間がない。」

 俺は、宮子の自殺未遂について詳細を伝えた。

 「お前たちもいつでも行けるように準備しておけ。いつまで話ができるかわからんからな。」


 宮子との面会の許可が下りたのは、次の日のことだった。

 「面会は許可しますが、二十分以内にお願いします。それ以上は、医師として認めることができません。」

 宮子の担当医はそう言っていた。二十分。それまでに答えを引きずり出すことができるだろうか。今のままでも、書類上の解決になら導けるだろう。しかし、それでは不十分だ。やるしかない。

 病室に入ると、宮子はベッドの上で点滴を受けていた。外を眺めているぼんやりとした顔が、窓に反射して映っている。まるで魂が抜けたような、覇気のない顔だった。

 「佐竹さん。」

 宮子がゆっくりとこちらを振り向いた。目の焦点が合っていない。

 「刑事さん。」

 「驚きましたよ。あんなことをしでかすなんて。」

 これは本心からの言葉だった。宮子が何かを起こすかもしれない、という考えは頭にあった。しかし、まさか自殺を試みるとは思ってもみなかった。

 「私、死ねなかったのですね。」

 「ええ。我々としても、あなたが無事で本当によかった。」

 「勝手、ですね。私は本気だったのに。」

 本気、か。病による一時的な奇行とか、衝動的なものとか、そういうことではないらしい。

 「なぜ、自殺しようとしたんですか?」

 「なぜ?おかしなことを聞くのですね。ご存知なんでしょう?私の病気のこと。もう私の体は限界なのです。自分で幕引きにしようとすることがそんなに不思議ですか?」

 「確かに、そういう考えもあるでしょう。しかし、普通はあの場で自殺しようとは考えませんよ。田村さんをはじめ、『劇団プリズム』のメンバーが必死になって開催した公演じゃないですか。それをあなたはめちゃくちゃにした。何か他に理由があるとしか考えられません。」

 「めちゃくちゃ、そうね。あなたの目にはそう映ったのかもしれない。だけど、私たちにとってはそうではないの。私たちは『愚行の行方』を完結させたのよ。」

 思わず、大きな溜息が零れる。宮子の頭の中では、自身の死こそが『完結』だったというのか。

 「浅田さんと井上さんを殺したのは、あなたですね。」

 宮子は微笑んでいる。とろんとした目に、現実は映っているのだろうか。

 「一体、何を根拠におっしゃっているのですか?」

 正直に話してくれるとは思っていなかった。やはり、こちらからすべてを話さなければならないようだ。

 「一つずつ、お話させていただきます。まず、そうですね、井上さんの事件からにしましょうか。その方がわかりやすいでしょう。」

 俺は一息ついた。犯人を目の前にして真相を語る。映画やドラマでは醍醐味と言っていい場面だ。しかし、実際はそう気持ちのよいものではない。あるのは緊張感と、防げなかった事件への虚しさだけだ。

 「井上さんは、あなたに好意を抱いていたそうですね。」

 「そうだったかしら。」

 「ええ。何人かの方が証言してくれました。誰の目から見ても明らかなほど、熱いアピールがあったと。そして、あなたはそれを利用していた。大学のレポートなど、井上さんがあなたをよく手伝っていたと聞いています。」

 「随分な言い方ですね。私は別に井上くんを利用していた訳ではありません。彼の方から私を助けてくれていたのです。それに、井上くんは相手が誰でも助けてようとしてくれる人でした。」

 「確かに、彼は相当なお人好しだったようですね。どちらにせよ、井上さんはあなたの言うことなら大体聞いてくれていた。そんな彼を、あなたは京北のO山に呼び出した。九月十六日のことです。デートだとでも言ったのでしょう。そうすれば彼を簡単に誘い出すことができた。あなたは、正午頃に彼をその頂上から突き落としたんです。」

 「私が突き落とした?そんなはずないじゃない。」

 「なぜ否定できるのですか。あなたにはアリバイがない。」

 「確かにアリバイはないわ。ずっと家にいたのだもの。だけど、それがなんだって言うの?」

 そう、確かに宮子は以前そう証言した。

 「そこも引っかかった部分なんですよ。あなたは、自分のアリバイを証明できる人は誰もいないとおっしゃったんです。浅田さんの事件についてあなたに話を聞いた時は、母親が証明してくれると言っていたのに。」

 「何が言いたいの?」

 「実際のところ、家族の証言というものはあまり信用されません。庇う可能性が高いからです。しかし、あなたはそれを知らなかった。だから母親のことを話したのでしょう?」

 「だから、それがなんだって言うの?」

 「井上さんが殺された日、あなたはアリバイを証明できる人はいないと言った。つまり、家族も家にはいなかったということです。しかし、実際はいたんですよ。あの日、あなたの家には和夫さんがいた。和夫さんは家に電気屋が来るということで、外出はしなかったのです。それも、母屋の方にいた。なぜあなたはアリバイの証人に叔父様をあげなかったのでしょうか。」

 「それは、ええと、そう!顔を合わせなかったのよ。叔父は私がいることを知らなかったのです。」

 必死で頭を働かせたのだろう。先ほどの微笑みが嘘のように、引きつった顔で金切り声をあげる。それでも、以前に比べて声量はまったく出ていなかった。

 「では、電気屋の方はどうですか?十二時にあなたの家に訪れたそうですが、気づきませんでしたか?我々があなたの家に訪れた時、あなたはすぐに気づきましたよね。でしたら、電気屋にも気づいたのではないですか?」

 「気づいていましたわ。十二時でしょう、確かに気づいていたけれど、私は玄関には行かなかったのです。この体では、人とはあまり話せませんから。」

 「ええ、そうでしょう。十二時に電気屋……。あっ、これは失礼。電気屋が佐竹さんの家にやって来たのは十三時でした。」

 俺はわざとらしく資料を確認しながら言った。宮子は下唇を噛んでいる。

 「だとしても、何にもならないでしょう。こんな証言が、証拠になると思いますか?」

 「勘違いなされているようだ。我々は証拠を集めにここへ来たわけではありませんよ。真実を話してもらうために来た。それだけです。」

 俺としては宮子にジャブを入れることができた、それだけで充分だ。案の定宮子は必死に食らいついてきた。

 「大体私はこんな体です。私に井上くんを殺すことができますか?」

 「できたんですよ。O山の頂上、ご存知ですよね?崖の上に低い柵が設置してあるんです。大人の腰くらいの高さですかね。子供なら守れても、大の男には心許ない。井上さんを柵の近くに来させさえすれば、あなたでも簡単に突き落とせたでしょう。カバンのせいで重心の上がっている体は、柵に躓くようにして落ちていったはずです。」

 「仮に、それは私にも実行可能だったとして、私がそんな山奥に行こうとすれば、普通の人なら止めるでしょう。この体ですよ。井上くんはオーケーを出さないはずです。」

 「出さないでしょうね、普通なら。しかし、あなたは普通ではない。いつ亡くなってもおかしくない想い人が、最後にデートしたいと言ってくれたとしたら、誰だって実現させてやろうと考えるでしょう。もっとも、その辺の事情は重要ではない。あなたがO山に行ったのは事実なんですから。」

 俺は自信満々な態度で主張を貫く。こんなところで討論していては、すぐに時間がなくなってしまう。

 「あなたは井上さんを殺害後、前もって作成しておいた偽の遺書を井上さんのポケットに入れておいた。すべての罪を擦りつけるために。」

 「馬鹿馬鹿しいお話です。どうしてわざわざそんな山奥まで行かなければならないのですか?それに、私以外にもそれを実行できる人はいくらでもいたでしょう。どうして私なのですか?」

 予想通りの反論だ。俺はすぐさま答える。

 「どうしてO山の奥地まで行ったのか。理由はいくつか考えられます。一つ目、あそこはある種の理想的な環境だったからです。あの山奥は、とある雑誌がデートスポットとして持ち上げようとしたことがあるそうです。残念ながら失敗したようですが。あなたもその記事を見たのでは?デートスポットだと言えば、井上さんを簡単に呼び出せたでしょう。その上人も少ない。殺すには最高の場所だった。そして二つ目、殺害方法です。通常、女性が男性を殺すのは逆と比べて困難だと言われています。ましてやあなたは病人だ。正面から井上さんを殺すのは不可能だったと言ってもいいでしょう。では、そんなあなたにもできる殺害方法とは?証拠の凶器も残らず、自殺に見せかけることもでき、尚且つ人目に触れない方法。これらすべてを満たしていたのが、山奥で頂上から突き落とすことだったんですよ。更に言えば、あの場所なら落ちた遺体に容易に細工が施せる。これらは、例えば走っている電車の前に相手を突き出すとか、そう言うやり方では難しい。」

 「私に合った方法だったとおっしゃりたいのね。だけど、それじゃ理由にならないわ。私以外が犯人だとしても、その方法をとった可能性は残るもの。すべて憶測に過ぎない。もう一度言わせていただくわ。どうして私なの?動機はあるのかしら?私と井上くんは良好な関係だったのよ?」

 「動機。そうですね。確かに、あなたは井上さんを憎んでなどいない。井上さん側もそうだったでしょう。それどころか愛していた。しかし、あなたには間違いなく動機があった。」

 答えは非情なものである。その動機はどうしようもなく身勝手なものだったのだから。

 「口封じ、でしょう?」

 「口封じ?一体何を隠すために?」

 少し落ち着いたのか、宮子はクスクスと笑っている。何が面白いと言うのか。

 「笑い事ではありませんよ、宮子さん。あなたは井上さんに生きていられるわけにはいかなかった。井上さんが生きて入れば、いずれ話してしまうでしょうからね。DNAの真実を。そしてそうなれば、あなたが浅田さんを殺したことまでバレてしまう。」

 宮子の表情が固まった。

 「何を。」

 「それを話すためにも、浅田さんの事件に移りましょう。浅田さんが生きていたことが確認されているのは、九月五日の二十時三分までです。この時刻に浅田さんは、映画学部の施設を利用しました。映画学部に記録が残っています。その後、校門近くで田村さんとも出会い、『愚行の行方』の脚本を受け取っています。あなたはその後で、浅田さんをY公園に呼び出した。そして、服を脱がすと体をロープで縛り、口を塞いで首を絞めて殺害した。辱めを与えたのが殺害する前だったのか後だったのかわかりませんが。恐らくは前でしょう。あなたの目的は、浅田さんを辱め、傷つけることだったのですから。その後、指紋などを拭き取ってドアに鍵を閉め、トイレ上部の隙間から脱出したんです。」

 「確かに、その時刻の私にはアリバイがありません。ですが、なぜ私が殺さないといけないのですか?動機は?証拠は?」

 「動機は、恋愛上の恨みですね。あなたは、田村さんを愛している。しかし、田村さんは浅田さんと付き合っていた。それが原因です。」

 宮子は黙っている。反論が思いつかないのだろう。

 「浅田さんは、田村さんと付き合っていることを秘密にしていました。バレると田村さんの生活にも影響が出てしまう、そう考えたのでしょう。それでも、幸せは隠せるものではなかった。浅田さんが七月ごろから明るくなったという証言がいくつかあります。それは、田村さんと付き合いはじめたからだったんです。そして、あなたはそのことを何かの拍子に知ってしまった。あなたにとって、田村さんは『運命の相手』です。それなのに、奪われてしまった。怒りは相当なものだったでしょう。九月の始め頃、あなたは浅田さんにそのことを話しましたね?浅田さんは心に大きなショックを受けていたようです。」

 諸星が証言していた、落ち込んでいた浅田。そして西川が証言した、九月の始めに浅田と話をしていた宮子。この時、浅田の人生は狂ったのだ。

 「浅田さんと田村さんが付き合っていたことは、他の方からも証言が取れています。」

 劇場での篠田の発言。少々ややこしいが、篠田は浅田を愛していた。そして告白するも、振られてしまった。その時に浅田から聞いたのだ。田村と付き合っていると。

 「確かに、私は田村くんを愛しています。田村くんも本心では私を愛しています。だから、浅田さんのことは気に入らなかった。だけど、それで殺しますか?」

 「相手が普通の女性であったならば、そこまでの強い怒りは抱かなかったかもしれません、しかし、よりにもよって浅田さんだったから、あなたは激怒した。」

 宮子は必死で余裕を繕っているようだ。再び笑みを浮かべているが、先ほどまでに比べて痛々しい。

 「刑事さんが言っているのは、すべて想像でしかありません。私が殺した決定的な証拠はどこにもないじゃないですか。それに、浅田さんはあなたの言う『辱め』を受けていたのでしょう。女性である私が、どうやってその『辱め』を与えたと言うのですか?浅田さんの体内からは、井上くんの体液が。」

 宮子は反論を続けようとしたが、俺はそれを遮った。

 「そこで先ほど少し話したDNA鑑定の真実ですよ。確かに浅田さんの遺体からは、井上さんの精液が見つかりました。しかしそれは、井上さんが浅田さんに対して出したものではなかったのです。あなたに出したものだったのですよね、宮子さん。」

 宮子の顔が真っ赤になった。

 「私に?ふざけないでください。私が井上くんと行為をしたと言うのですか?私には田村くんが。」

 「そう言っているんですよ。大変でしたよ、あなたと井上さんがホテルに入ったことを証明するのは。」

 早月の証言からはホテルの具体的な場所がわからなかった。そこで俺たちは、四条中のホテルというホテルを周った。時間はかかったがその甲斐はあり、実際に二人の受付をしたと言うホテルの従業員を探し出すことができた。

 「ついでに調べられるだけの監視カメラも調べました。九月四日にあなたと井上さんが一緒に歩いているところが映っていました。」

 宮子の顔が歪んでゆく。以前の取調べの時と同じ顔だ。

 「あなたは事件の前日に、井上さんと行為に及びました。しかしそれは、井上さんとの愛を確かめ合うためのものではなかった。浅田さんを辱めるための材料調達だったのですね。コンドームをしていれば、出された精液を一時的にためておくことが可能です。あなたはそうやって手に入れた精液を持ってY公園へと向かった。そして、前述の通り浅田さんを縛り付けて殺害、張形に精液をつけて、浅田の肛門に突き刺したのです。こうして、浅田さんの遺体には井上さんの精液が見つかるという事態が発生し、結果的には犯人を井上だと誤認させるトリックとして使えるようになりました。」

 こういった話が続くと、どこかでお互いに何も喋らない瞬間というものが発生する。一瞬、俺はのんびりと窓の外を眺めていた。

 「しかし、あなたには元々、それを誤認トリックとして使う気はまったくありませんでした。あなたにとっては、精液も張形も縄で縛り付けたことも、全部憎しみをぶつけようとした結果でしかない。そもそも、精液から個人を特定できることをあなたは知らなかったのではないですか?初めて危険に気がついたのは、我々と一緒に田村さんが佐竹家を訪れた時です。田村さんや、そこの久我がDNA鑑定について話をしました。その時に気づいてしまった。このまま井上に生き続けられると最終的には自分が破滅する。そうなる前に、井上の口を塞がないといけない。」

 宮子は追い詰められている。あの時の暴走じみた感情の爆発が迫ってくるのがわかる。

 「それでも、それでも。あんたたちが言っているのは机上の空論よ。私がやったと言う証拠がどこにあると言うの?」

 「証拠、そうですね。宮子さん、あなたならこの事件にはどんな証拠が出てくると思いますか。」

 「そんなもの、わかるはずがないでしょう!」

 宮子は激情に身を任せ始めている。早いところケリをつけなければ、面会を終了されかねない。

 「教えてあげましょう。我々が考えたのは二つ。一つ目はパソコンとプリンターです。偽の遺書を印刷したパソコンとプリンターがどこの誰のものなのか。これがわかるとほとんど犯人一直線です。二つ目は凶器のロープ。浅田さんを殺したロープは体を縛っていたロープとは別物で、限られたお店でしか手に入らないものでした。そして『劇団プリズム』の前回の公演、『紅の女』の直後、正確には田村さんが舞台上で使用した直後にそのロープは盗まれました。さて、一体誰が犯人だったにのでしょう。」

 「馬鹿馬鹿しい、私がロープを盗んで浅田さんを殺害したと言うのね。だとすれば、何の意味もないわ。事件からはもう何日も経っている。もうロープだって処分されているはずよ。」

 「そうでしょうか。私にはそうは思えません。貴方のように偏執的な好意を抱いている方が、そんなに簡単に想い人の使用したアイテムを捨てることができるでしょうか。貴方自身が言ったのですよ。田村さんに関わるものは、すべて保存していると。そもそもロープを盗んだことだって、凶器として欲しかったわけではないのでしょう?田村さんが舞台上で使用したロープだから欲しかったんです。それを使って殺人に至ったのは理解に苦しみますがね。」

 「そんなこと、ありえない。私が盗んだ『かもしれない』、捨てなかった『かもしれない』。いい加減にしてよ。全部見つけてから言いなさいよ。バカにするのもいい加減にして。」

 「バカにしているのは貴方の方です。我々が、何の確証もないのに貴方に情報を与えると思いますか?どれだけ騒いでも無駄ですよ。我々はすでに見つけています。」

 「どういうこと……?」

 「あなたが眠っている間に、家宅捜査の許可がおりました。そして貴方の部屋から、遺書のプリントに使われたパソコンとプリンター、そして凶器となったロープを押収させてもらいました。すでに、証拠は揃っているんですよ。」

 宮子の顔が一瞬、破裂寸前の爆弾のように見えた。しかしそれは本当に一瞬のことで、つぎの瞬間には彼女はケタケタと笑い始めていた。そして、すぐに咳き込んでしまった。

 「ああ。やっぱり無理だったのね。」

 小さい声でそう呟くと、俺の目を見据えて答えた。

 「そうよ、二人を殺したのは私です。だけど、貴方たちも、すべてを解き明かしたわけではないわ。いいえ、きっと永遠に、あなたたちは真実に辿り着けない。」

 「そこまで言うのなら、あなたの口から話してください。真実を。」


 私は、田村くんを心の底から愛しています。大学に入って最初の年、学園祭で田村くんの書いた脚本を読みました。まだ『劇団プリズム』は存在してなくて、彼はその脚本を手に、劇団作りを目指していたのです。それが運命の始まりでした。私は、彼の作品に惚れこみました。そして、この人と絶対にお近づきになりたいと考えました。すぐに私は劇団入りを決意しました。舞台なんて、女優なんてこれまで一度も経験したことはなかったけれど、彼のためなら何だってできる、そう思いました。同時に井上くんが入り、少しして城崎くんも入りました。そうやって『劇団プリズム』は生まれたのです。田村くんは、プロの脚本家を目指していると言いました。私はそれを現実のものにしてあげたいと、強く思ったのです。

 田村くんの元で過ごす時間は、とても幸せなものでした。いくつかの舞台を経験し、田村くんにも認めてもらいました。女優として、女として、私のことを見てくれていたのです。この頃には、脚本だけでなく、田村くん本人に好意を抱くようになっていました。きっと、田村くんも同じだと思います。彼は一度、私をモチーフにしたキャラクターを主役にした脚本を書いてくれました。愛されていると感じました。この頃からです。田村くんに関わるものを集めだしたのは。

 進級する度に、メンバーも少しずつ増えていきました。ほんの少しですが、大きな舞台にも立てるようになりました。とても楽しかった。こんな日々がいつまでも続き、私は田村くんのお嫁さんになって田村くんの脚本家人生を支え続けるのだと信じていました。

 それなのに、理不尽ですよね。私の病気が発覚しました。誰も気づかない間に、ゆっくりと進行していたのです。長くは生きられないかもしれないとお医者様に言われました。本当に苦しかった。病気による症状よりも、田村くんと過ごせる時間が後僅かしかないかもしれないことの方が。私は、田村くんにだけは病気についてお話ししました。きっとすぐにプロポーズしてくれると思っていたんです。私に、愛を示してくれると信じていたのです。それなのに、田村くんは私に告白してはくれなかった。

 私は待っていました。彼の方から私に好意を伝えてくれる日が来るはずだと、彼は少し照れ屋なだけなんだと。しかし、その時は一向に訪れませんでした。私は気づきました。誰かが邪魔をしているのです。私たちの愛を阻む者が何処かにいるのです。私たちの身近に潜んでいるのです。

 私はできる限り調べました。まだ辛うじて動く体に鞭を振るって、田村くんの周りにいるその何者かを調べ上げたのです。田村くんの後を追いかけました。田村くんの使った施設を調べました。田村くんと付き合いのある人物皆と話をしました。そして、遂にその人物を特定したのです。それが浅田でした。浅田は誰にも内緒で田村くんと逢瀬を重ねていたのです。浅田は、私の知らない間に田村くんに告白をしたのです。そして、田村くんはそれを受けてしまった。そんなことあり得ないのに、あるはずがないのに。だって田村くんは私のことをいつも見てくれていたのですよ。それなのに。あんな奴に靡くはずがないのです。私は気づきました。田村くんは浅田に脅されているのだと。どんな内容かはわかりませんがそうに違いありません。田村くんに後ろ暗いことなんてあるはずがないので、きっと言いがかりやその類だったのでしょう。それでも、優しい田村くんには有効だったのです。浅田は田村くんに自宅の鍵まで渡していました。そして田村くんの家の鍵まで……。私だってもらっていないのに!

 私は浅田を詰問しました。そして、田村くんには近づかないように警告しました。何度も、何度も。しかし、浅田は何も答えませんでした。卑怯者です。私だって、浅田が引けば許してあげるつもりでいたのに。あいつは頑として譲らなかったのです。自分こそが田村くんの恋人だと、世迷いごとを並べ立てたのです。鉄槌を下さねばならないと思いました。愛し合う二人を引き裂くような奴、私には絶対に許せなかったのです。あいつを田村くんの人生から取り除かないといけない、そう確信しました。

 私は、浅田に絶対的な屈辱と惨たらしい死を与えることにしました。それが、あの事件です。九月の始め頃、私は浅田を呼び出しました。お前の汚れた体を写真に収めてやる、そう言ったのです。最初は抵抗されました。何のためにそんなことをするのかと聞かれました。保険だ、と答えました。二度と田村くんに近づかないように、そんなことがあった時にすぐバラ撒けるように、お前の恥ずかしい姿を収めるのだと。応じなければお前の秘密を世間にバラすぞ、そこまで言ってようやく浅田は折れました。その時、服をすべて脱いで公園に来るように言いました。辱めは、できるだけ長い間与えなければなりませんから。あの時の浅田の顔ったら、面白かったわ。自分が脅される立場になるなんて考えてもいなかったのよ、きっと。今にも泣き出しそうな、情けない表情でしたの。犯行場所をあの公園にしたのは、叔父が一週間は管理に来ないことを事前に聞いていたからです。浅田は裸の上にコートを着た状態でやってきました。そしてトイレに行き、浅田からコートを脱がし、ロープで縛りました。口に猿轡を嵌めました。浅田は一切抵抗をしませんでした。それがまた私の怒りを呼び起こしました。まるで、田村くんのために我慢しているかのような顔をするのです。すべて浅田が悪いのに。私は浅田の体を蹂躙しました。前日に井上から採取した精液を張形にかけ、浅田の中に入れました。私が浅田を女にしてやったのです。あいつは女になりたがっていたのだから、ありがたく思って欲しいくらいです。浅田はいくらか抵抗しようとしましたが、中に入れるとおとなしくなりました。案外気持ちよかったのかもしれません。あんな変態なら、それもありうることでしょう?私は抵抗しなくなった浅田の首を、もう一本のロープで絞めあげました。ロープは刑事さんの言う通り、『劇団プリズム』から盗み出したものです。田村くんが急な代役で出演した時に使用したロープ。しかし、同時に舞台上の浅田を救うために使ったロープでもありました。忌々しい。そのことに気づいたのは事件の直前でした。浅田が田村くんを脅していたことをきっかけに、あのロープを凶器に使うことを思いつきました。田村くんにもあいつを殺させてあげることにしたのです。本心では田村くんも浅田を憎んでいたはずですから。気が利いていると思いませんか?このことを知れば、きっと田村くんも喜びます。

 腕に力が入らなくて少し時間はかかりましたが、私は浅田を殺すことに成功しました。私は満足していました。これで、田村くんを縛る敵はいなくなったのです。いつ死んでも、いつ捕まっても構わなかった。きっと田村くんも私に愛を告げてくれる。そう思いました。それは、私の思っていたのとは少し違う形で実現しました。田村くんはすべてわかっていたのです。私が浅田を消したことも、すべて。そして田村くんは私が捕まらないように立ち回ってくれました。DNA鑑定について教えてくれた時、そのことを確信しました。だったら、私は捕まるわけにはいきません。田村くんのために一秒でも長く側にいてあげなくてはならないのですもの。

 だから、井上くんには犠牲になってもらいました。井上くんに恨みはありませんでしたが、少々鬱陶しく思っていたのは事実です。彼は私に何度も告白してきました。当然私はすべて断りました。私には田村くんがいるのですから。

 しかし、浅田を汚すためには、精液がどうしても必要でした。それがなければ浅田を女にできませんからね。私は浅田を殺す前日に、井上とホテルに泊まりました。田村くんのために、私は自らの体を捧げたのです。きっと田村くんはそんな私を受け入れてくれるはずです。今生も、来世も!

 井上くんを殺したことについては、刑事さんの言う通りです。私は九月十六日に井上くんをO山へデートに誘いました。最初は私の体調のことを心配してくれていましたが、人生の最後にどうしても行きたいと言ったら、簡単に応じてくれました。山を登るのは大変でした。ほとんど井上くんに背負われていなければなりませんでした。しかし、それも計画の一部でした。私にとって問題だったのは、井上くんを殺した後に下山できるかどうかでした。片道なら辛うじてなんとかなる、そう判断した私は、行きは井上くんに背負われることで、体力を温存したのです。

 頂上での殺人は簡単でした。刑事さんの言う通り、私は雑誌でO山のことを知っていました。柵が低いこともそこで知りました。だから、柵まで井上くんを誘導さえしてしまえば、後は簡単でした。軽く背中を押出すだけ。私を背負って頂上までやってきた井上くんは、疲れていてまったく抵抗できませんでした。彼は柵を軸に半転しながら崖から落ちて行きました。助かるわけがありません。私も急いで死体のところまで山を降りました。そして、偽の遺書を井上くんのポケットに入れておいたのです。

 これで、私に容疑が降りかかることはないと思っていました。しかし、私の体は限界を訴えていました。もう長くはない。私の最後の使命は、『愚行の行方』の完結を見送ることだと考えました。できる限りのサポートには参加しました。私には、もう舞台に立つ力は残っていませんでした。『愚行の行方』にはそもそも私の演じる役はありません。それが、寂しかった。でも、田村くんは言ってくれました。「すべてを完成させよう」って。私に向かってそう言ったのです。刑事さんも聞いていたでしょう?ねえ!それで、私は自分のすべきことを理解したのです。中途半端で終わらせてはいけない。現実で起こした『愚行の行方』を、終わらせなければならないのだと。それなのに、失敗してしまうなんて。田村くんは私を許してくれるかしら。きっと許してくれるわ。次に出会う時はきっと、いえ、必ず、誰にも邪魔はさせないわ……。


 聞いていて目眩がしそうだった。自己陶酔の洪水。被害者への謝罪など一言もなく、どこまでも身勝手な愛情(と言えるのかすら定かではない)に終始している。浅田が田村を脅していたことも、浅田が女になりたがっていたと言う部分も、最後の自殺未遂の動機も、すべて思い込みでしかない。なんの証拠もなく、おそらく事実ではないことばかりだ。

 「何を言っても、聞いてはくれないでしょうが。あなたは二人の命を奪いました。それも、極めて自分勝手な理由で。刑事として、人としてそれを許すわけにはいかない。」

 「好きにすればいいわ。どうせ私には後がないのだから。」

 「どうして、どうしてですか!」

 それまでじっと話を聞いていた久我が、突然大声をあげた。

 「どうしてあなたは、一人ですべてを終わらせようとするのですか!こんな事件、いくらでも回避のしようがあったはずです。あなたが一言でも人の話を聞いていれば、誠意をもって誰かに相談しようとしていれば、こんなこと!」

 「やめろ、久我。何を言っても無駄だ。こう言う手合いは言ってみりゃあ病気なんだ。このままじゃあ何を言ったところで届きはしない。」

 「なんとでも、言えばいいわ!あなたたちだって、私と同じ立場になればわかるはずよ。あんなやつに、愛する人を奪われるなんて!」

 宮子は絶叫した。

 「あんな男に!」


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