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未来脚本  作者: ぼなぁら
12/15

九月十八日

 厄介なことになった。

 「もう一度言ってくれますか?」

 「何回でも言ってやるよ。浅田の体内から出てきた精液は、井上のものだった。」

 早朝、捜査再開の号令を出そうとした直後、鑑識の渡辺が訪れてそう言った。

 「DNA鑑定の結果だ。高い確率で井上のものだったと言えるだろう。」

 「やはり、そうですか。これは決定的ですね。」

 不快な笑みを浮かべた正木が割って入る。のんびりと椅子に座ってこちらを眺めている。

 「浅田殺しの犯人は井上、良心の呵責に耐えきれず自殺、と言ったところですかね。いやあ、思ったよりも早く済んでよかったなあ。」

 「そんなわけありません。井上は自殺じゃない。他殺です。」

 「そうは言うが、笠原くん。今回は流石に俺も支持できんぞ。」

 難しい顔をしている渡辺だったが、おそらく俺の方がよっぽど凄い剣幕だったことだろう。

 「渡辺さん。あなたまで。」

 「こうなっては他殺の証拠を見つけない限り引っくり返らんだろう。今からそれを見つけられるのか?」

 「やってみないとわからないでしょうが。」

 「無駄だと思うけどねえ。」

 わざわざ俺のすぐ後ろまでやってきた正木は、わざとらしく俺の肩をポンポンと叩いた。

 「僕としてはどうなろうと知ったことじゃないからね。思う存分調べてみるがいい。」

 「言いましたね。久我、行くぞ。」

 言質は取らせてもらった。俺はすぐに部屋を飛び出した。慌てて久我もついてくる。

 「行くって、どこへですか?」

 「現場だ。井上のな!」


 「現場百遍」と言う言葉がある。事件の真実は現場にこそ隠されているから慎重に何度でも捜査しろ、と言う意味だ。実を言うと、俺はこの言葉があまり好きではない。できることなら、一度で現場のすべてを確認したいと考えているからだ。効率というものを考えるのなら、「現場一遍」で済ませられる捜査法を確立するべきである。

 しかし、嫌いだからと言ってその通りにしないというわけではない。楽ができない状況ならば、そこは割り切って何度でも現場に向かう。今回が正にそうだった。

 「この現場には、何か違和感があった。何か、自殺ではありえないことがある、そう感じていた。くそ、一体どこだ?」

 俺たちは再びO山の奥地を訪れていた。井上の遺体の発見された山道。今は俺たち以外誰もいない。まるであれから時が止まってしまったかのように、ひっそりと静まり返っている。

 「井上の遺体はここにあった。滑落して、頭に大きな傷を負った状態で。」

 俺たちは直接見たわけではないが、今もその場所は保存のためのテープで仕切られており、一目で現場とわかる。

 「ここなら誰でも簡単に遺書を入れることができた。犯人はそこまで考えて突き落としたはず。」

 俺は山の上を見上げた。雨こそ上がっているが、今日も空は暗く、いつ降ってきてもおかしくないように見えた。

 「上から見た時もそうでしたが、やっぱり高いですね。」

 「ああ、しかもこの崖だ。遺体に大きな傷がほとんどなかったのは、奇跡と言ってもいい。」

 ここにはあの時抱いた違和感がない。上に登ってみるか。

 

 山の頂上も、下と同じく不気味なほどに静かであった。時折吹く風以外、何も動いていないかのようだ。ここはハイキングの穴場スポットだったという。元々訪れる人は少なく、事件がなくても静かだったはずだ。それはわかっている。しかしそれでも、事件に依る『空気』の影響をつい考えてしまう。

 崖の方に目を向ける。俺たちが以前訪れた時と、何も変わらない光景。相変わらず柵は低く、背中を押されれば簡単に落ちてしまいそうだ。しかし、違和感の出所はそこではなかったはず。俺が気になったのは……。

 「久我、お前は何か思いつかないか?気になることの一つくらい、何か浮かばないか?」

 「ええ?そうですね……。」

 久我は右手を顎に当て、ドラマの探偵のように考え込み始めた。丸顔の陸にはあまり似合わないポーズだった。あまり期待の持てる姿とは言えない。俺ももう一度考えて見なければ、そんな風に思い始めた時、

 「そう言えば、以前に来た後で雨が降りましたね。岩に付いていた血痕が洗い流されています。」

 血痕、そうだ。崖のすぐ下にある出っ張った岩に井上の血痕が残されていた。見てみると、確かに洗い流されている。そのせいですぐに思い出せなかったらしい。俺の見ていた光景は、当時とまったく同じものではなかったのだ。

 「そうか。そうだった。」

 俺があの時気になったのは、血痕の位置だ。飛び降り自殺を図る時に、あんな大きな岩に飛び込むものだろうか。崖から下を見れば、岩があることくらい容易にわかる。いくら自殺するからと言って、岩にぶつかるように落ちるなんてそうそうできることではない。

 その時、ふと頭に新たな疑問が過ぎった。

 「ここに付いていた血痕は、井上のどの部位から出たものだ?足か?それとも頭か?」

 井上の死因は脳挫傷だった。もしも、この岩に頭を打ったとしたらどうだろう。井上の遺体には頭部以外に目立った外傷はなかった。精々が小さな切り傷くらいのものだったらしい。岩に派手な血痕が残るほど強くぶつけたとしたら、頭部以外は考えづらい。頂上には小さいとは言っても柵がある。自殺をするとしたらこれを乗り越えなくてはならない。そして、乗り越えた先から飛び降りたとしたら、こんな所には頭を打たない。足ならわかる。背中もありうる。しかし、前頭部というのは不可解だ。ここに頭をぶつけるのは、柵に体が引っかかって半回転した時のみではないだろうか。

 「これは、いけるかもしれない。」

 俺はすぐさま携帯電話を取り出し、渡辺に連絡した。井上の前頭部の傷とこの岩の形が合えば、井上が他殺であることを証明できるかもしれない。


 調査はすぐに行われた。岩に付いて血痕は、もちろん写真に撮られていたので、そこから井上の頭部の傷との照合が行われた。結果は、

 「一致したよ、笠原くん。」

 渡辺は満足げに笑っている。捜査会議室に、再び渡辺が訪れていた。

 「君の言う通りだ。物理的に考えて、あそこに頭をぶつけるとしたら柵の内側から崖下に突き落とされた時だけだ。柵で前回りでもしようとしていたのなら話は別だけどね。」

 「と言うことは、自殺ではなく。」

 「他殺だろうね。これでまたしばらく捜査が続けられるよ。」

 「ありがとうございます。それでは……。」

 俺は後ろを振り向く。そこには、つまらなさそうな顔をした正木の姿があった。

 「これで文句はないでしょう。もう少し、調べさせていただきます。」

 「そもそも、文句なんて言っていませんよ。好きにしろ、最初からそう言っているでしょう。」

 口の減らない男だ。だが、これでしばらくはちょっかいもかけてはこないだろう。

 「さて、捜査再開だ。まだ話を聞かなければならない奴が残っているからな。」


 しばらく捜査が続けられるようになったわけだが、では俺たちがすることは何かというと、相も変わらず取り調べであった。どうしてもこの人物からは話を聞いておきたかったのだ。それが誰かというと、事件発覚の発端となった人物。佐竹和夫である。

 佐竹は久我に連れられて取調室に入って来た。今日も伏し目がちで、ビクビクと背中を震わせていた。今まで聴取してきた大学生達と比べても、その恐れっぷりは頭一つ抜けていた。

 「ご足労いただきありがとうございます。」

 「いや、その、どうも。」

 薄くなった頭に手をやりながら、場違いなお辞儀をしてみせる佐竹。顔を上げるまではよかったのだが、そのまま固まってしまった。緊張しているのだろう。

 「どうぞ、お掛けください。」

 それを聞いておずおずと席に座ろうとする佐竹を見つめながら、俺は心の中で毒吐いた。これではまるで面接官だ。

 「佐竹さん、ニュースでご覧になったかもしれませんが、新たな犠牲者が出てしまいました。警察としても、これ以上被害を増やすわけにはいきません。そこで、いくつか聞かせていただきたいのです。よろしいですか?」

 「構いませんけど、あの。私は二人目の犠牲者の方とは何の関わりもありませんよ。」

 「それでも、聞かせていただきたいのです。まずは、形式的なことをお尋ねします。九月十六日の正午の行動を教えてください。」

 「十六日ですか?それなら確か、一日中家におりました。」

 姪の宮子と同じようなことを言う。

 「それを証明できる方はいらっしゃいますか?」

 「正午でしたら、丁度電話の対応をしていましたので、多分証明できると思います。」

 「その電話はどこからのものでしょう?」

 「確か、あの日は電子レンジの修理のために電気屋さんに来てもらったんです。それで、正午に電話があって『十三時にお邪魔させてもらう』と連絡があったんです。」

 「では、電気屋が実際に十三時に来られた時も、佐竹さんが対応なさったのですか?」

 「そうです。はい。」

 佐竹の額には汗が浮かんでいる。疑われまいと必死なようだ。

 証言の通りだとすると、佐竹の十六日の正午のアリバイは完全なものということになる。

 「ありがとうございます。次に浅田さんの事件のことについて、改めてお聞かせください。まず、佐竹さんが浅田さんの遺体を発見されるきっかけとなった電話です。男性からとのことでしたが、もう少し詳しく教えていただけませんか?」

 この電話の主は未だに明らかになっていない。利用者の少ないY公園が犯行現場だったにも関わらず、だ。この人物は、公園に遺体が隠されていることを知っていたのだろうか。

 「あまりよく憶えていないのですけど、確かに男性の声でした。」

 「大まかな年齢層はわかりませんか?若いとか、高齢者のようだったとか。」

 「どちらかというと、若い声だった気がします。子どもではなかったと思います。」

 「落ち着いていましたか?それとも焦っていましたか?」

 「多分、落ち着いていました。」

 「怒りはどうでしょう?」

 「怒り?」

 「そうです。公園のトイレが使えなくて連絡して来たのですから、腹を立てていたとしてもおかしくないでしょう?」

 「それは、そうかもしれませんが。怒っていたという気はしないです。……だけど、強い口調ではあったかもしれません。」

 「強い口調?」

 「そう、そうです。有無を言わせないって言うんでしょうか。迷いのない言い方でした。」

 「発言はそれだけだったのですか?公園のトイレについてのみ?」

 「そうです。私は話を詳しく聞こうと思ったのですが、言いたいことを言ったらすぐに切ってしまって。」

 ふむ、なるほど。若い男性、強い口調、言うだけ言って切ってしまった、か。その男は長い期間現場のトイレが使えなくなっていることを知っていた。つまり、複数回そのトイレに入ったことがある人物ということになる。俺の知る限り、あの公園に何度も入ったことのある奴は一人しかいないが……。

 「次の質問です。浅田さんのお名前を聞いたことがあるかもしれないと、以前おっしゃっていましたよね。どこで聞いたかは思い出しましたか?」

 「ああ、はい。姪です。」

 佐竹の顔が奇妙に歪んだ。思わず答えてしまったと言ったような、「しまった」と聞こえてきそうな顔だった。

 「どうかしましたか?」

 「いえ、何でもありません。」

 姪。佐竹宮子のことか。まあ、そうだろうな。佐竹と宮子は同居しているのだ。サークルのメンバーの名前くらい聞いたことがあったとしてもおかしくはない。しかし、さっきの顔は一体?

 「どんな状況で、浅田さんの名前が出たのでしょう。」

 佐竹は、下を向きながらもじもじとしている。少しばかり気色悪い。

 「佐竹さん?」

 「はい、ええと、宮子がサークルのことを話していた時、その名前が出たんだと思います。宮子が電話でその浅田さんについて、誰かと話をしていました。」

 「それはいつ頃のことですか?」

 「あ、えと、八月の終わりか、九月の始めか。どっちかだったと思います。」

 佐竹の声は段々と小さくなっていった。

 「電話の相手が誰かはわかりますか?」

 「そこまでは、さすがにわかりません。」

 「そうですか。話の内容はおぼえていらっしゃいますか?」

 「話の内容、どうだったかな?ちょっと憶えていなくて……。すみません、ははは。」

 この男は、嘘をつくのが致命的に下手なようだ。今まで怯えてばかりだったくせに、宮子について尋ねた途端愛想笑いなんぞ浮かべやがって。俺はほんの少し、小さじ四分の一程度語気を強めて言い放った。

 「佐竹さん、先ほどから何かを隠していらっしゃるようだ。警察はそんなことには騙されませんよ。」

 「はい!すみません。」

 効果覿面。佐竹はさらに身を竦めて涙声になった。

 「憶えていらっしゃるのですね?教えてください。」

 「憶えているとは言っても、具体的に内容まで、というわけではないんです。本当です。信じてください!」

 口から唾を撒き散らしながら、佐竹は必死に弁明する。

 「それでも構いません。雰囲気だけでも教えてくださいますか?」

 「はい、ええと、あまりいい雰囲気ではありませんでした。宮子はとても怒っているようで、相手の人に浅田さんについて悪態を吐いていました。最後には、『あんな奴いなくなればいい』とまで、言っていました。」

 「そこまで言っていましたか。」

 「はい。……あの。」

 「なんでしょう。」

 「私が宮子のことを話したのは、宮子と姉には黙っていてくれませんか?」

 佐竹は懇願している。その目からは、臆病者特有の焦りが感じ取れる。

 「大丈夫ですよ。証言内容は決して警察の外には出しません。安心してください。」

 佐竹としても、姪の心証を悪くするような証言をしたことを家族にバラされたくはないのだろう。その後の生活のことまで考えれば、それは当然の心配に思えた。

 「そういえば、宮子さんのご病気はよくないのでしょうか。相当苦しそうにしているのをお見かけしますが。」

 「あ、はい。そうなんです。ちょっとよくなくて。」

 「差し支えなければ、どういうご病気なのか、教えていただけませんか?」

 「私もあまり詳しくはないのですが、所謂白血病らしいです。」

 白血病。血液の癌とも呼ばれる重病だ。

 「それは、大変ですね。入院はしなくてもいいのですか?」

 「はい。白血病にも、すぐに入院しなければならないものとそうでもないものがあるらしくて。宮子の場合、とりあえず在宅でいいらしいです。これまでの進行はかなりゆっくりだったらしいのですが、そのせいで発見が遅れてしまって。今も、実はギリギリの所にいます。」

 ギリギリ、というのはやはり、生きるか死ぬかということだろうか。

 「なるほど、それで。」

 宮子が言っていた「見納め」とはそういう事か。

 「最近は、特に調子が悪いようで、かなり気も立っているようです。もし病気になったのが私だとしたら気落ちして生活どころじゃなかったでしょうから、気の強いと言いましょうか。元々そういう性格ではあったのですけど。」

 確かに宮子は、基本的には丁寧な言葉を使っていたが、すぐに激昂して言葉を荒げるところがあるようだった。

 「ありがとうございました。またお話を聞かせていただくことになるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」


 「すぐに家宅捜査をすべきです。そうすれば、必ず証拠が出て来ます。」

 「そうは言いますけど、そんな簡単にいくわけがないでしょう。」

 再び捜査会議室。俺と正木は言い争いをしていた。会議室に戻った俺は、まだ残っていた(当然帰っていると思っていた)正木に家宅捜査の申請を行うように進言したのだが、この男はそれはできないと言う。

 「なぜですか。」

 「家宅捜査を踏み切れるほど容疑が固まっていないからです。」

 「その容疑を固めるために家宅捜査をするんでしょうが!」

 「それにしたってもう少し確証がないと動きませんよ、私は。それで違っていたらどうなります。面倒ごとはごめんです。」

 「何なんですか。捜査を打ち切ろうとしたり進めるのを止めようとしたり、なんでそんなに邪魔したいんですか?」

 「そんなの、気に食わないからに決まっているでしょう。」

 「だから、何が!」

 「あなたが事件を解決させることが、ですよ。ここは私の班なのに、あなたは毎回毎回勝手なことばっかり。」

 「勝手にしろと言ったのはあんたでしょうが。言っていることが二転三転しすぎなんですよ。」

 「だから、ここはそれが許される場所として作られたんです。ここに来た時点であなただって大した刑事じゃないでしょう。それをさも自分は真っ当であるかのように。」

 「あんたが真っ当じゃないからそうなるんだろうが。」

 「いい迷惑なんですよ、こっちは。」

 ふざけるんじゃねえぞ、てめえ。俺は思わず怒鳴り散らしそうになった。その時、俺の横から久我がするりと割って入った。

 「二人とも、落ち着いてください。今は班のあり方なんてどうでもいいでしょう。班長、つまり班長が納得する確証があればいいんですね。」

 普段温厚な久我が強い態度で入ってきたので、さしもの正木も面食らってしまったようだ。

 「そりゃあ、そうです。私だって、明らかな犯人を捕まえ損なうようなことは避けたいですからね。」

 どの口が言うんだどの口が。

 「でしたら、必ずその確証をとってきます。」

 久我の顔は真剣なものであった。いや、もちろん久我はいつでも真剣なのだが、その表情には何か覚悟があるように見えた。何かに吹っ切れたようだ。

 「よく言った、久我。ありがとう。俺も少し迷走していたようだ。」

 俺も吹っ切っていくべきだな。正木には好きに言わせておけばいいのだ。俺は班員たちの方を振り返った。

 「よし、みんな、すぐに捜査を再開するぞ。一つどうしても集めなければならない情報がある。時間はかかるかもしれないが、やるしかない。頼んだぞ。」

 「はい!」


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