第四話 劉封と孔明
「なぜ、私が、後少しで……」
牢に入れられていた孔明はその場で踞り、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
そんな孔明を訪ねる人物が居た。
「丞相!お逃げくだされ」
牢の鍵を開け中に入ってくる男の名は楊儀。
孔明に取り立てられて彼に絶大な忠誠を誓う男であった。
「よ、う、ぎ?」
虚ろな目で楊儀を見る孔明。
彼の目には生気が無かった。
既に孔明は諦めていた。
「さぁ、出るのです。早く」
楊儀は孔明を立たせると肩を貸して歩く。
「……楊儀」
「ここで死んではなりません。丞相ほどの人物を殺す等間違っております」
楊儀はその細かさ過ぎる性格が災いして、好き嫌いの激しい人物であった。
好かれる相手も居るが嫌われる相手の方が遥かに多かったのだ。
そんな楊儀を孔明は手足のように使った。
孔明にとって楊儀は都合の良い男で使い勝手も良かった。
ただそれだけで有ったが楊儀にとっては違った。
楊儀にとって孔明は初めて自分を正当に評価してくれた人物だったのだ。
だから、孔明の処刑を聞いて楊儀は行動を起こした。
その後に自分がどうなるかも分かっていての行動であった。
「さぁ、これにお乗りくだされ」
「楊儀、君は?」
「私は後から参ります。さぁ、急いで」
楊儀は用意していた馬に孔明を乗せるとその馬の尻を叩いて送り出す。
「楊儀!」
「お別れです。丞相」
楊儀は満足気な笑顔を見せて孔明を見送った。
孔明の姿が見えなくるなると数人の兵を従えた法正が姿を表した。
「約束ですぞ」
「分かっている。その方の命で孔明は逃がす。連れていきなさい」
楊儀は法正と取引をしたのだ。
自分の命と引き替えに孔明を生かしたのだ。
しかしそれは法正の策の中で有った。
兵達に縄で縛られた楊儀を見て法正は呟いた。
「忠を尽くす相手を間違ったな。愚か者」
法正からしたら楊儀の行動が理解出来なかった。
いや、誰にも楊儀の思いは分からないのかも知れない。
しかし、楊儀は満足した。
それで良いのかも知れない。
孔明が馬に乗り走ってしばらくすると数台の馬車が見えた。
その馬車の近くには孔明にとって見馴れた人物が立っていた。
「均!」
「兄上!」
孔明を出迎えたのは弟の諸葛均であった。
そして馬車からは婦人が出て来て孔明に抱き付く。
「亮」「月英」
孔明と妻の月英は抱き締めあって無事を確かめあった。
「これも楊儀が?」
「そうだよ兄上。さぁ、追っ手が来る前に行こう」
「どこへ行くと言うのだ?」
「決まっているだろう。荊州さ。叔父の黄を頼るしかないよ」
均の提案を聞いて孔明は思案する。
ほんの二、三秒ほどで有ったが孔明はこの逃走が仕組まれている事に気付いた。
そして、相手が自分にどう行動して欲しいのか予測出来た。
「舐められたものだな」
「兄上?」
孔明の呟きに諸葛均は問い掛ける。
「均よ。叔父の黄は頼れん。迷惑になるだけだ」
「では、瑾兄上を頼りますか?」
「それも出来ん。我らが行けば兄上の立場からして我らは捕らえられる」
「では何処に?」
諸葛均の顔には不安の色が有った。
ぐずぐずしていれば追っ手がやって来るのだ。
そうなれば家族皆が殺されてしまう。
「中原に行く」
「中原? まさか!?」
「急ぐぞ。月英も良いな」
「はい、あなた」
孔明達一行は闇夜の中、東に向かった。
その一団を後ろから尾行する者が居た。
「なんで一思いに殺さねえんだ。あの野郎を生かしておく理由なんて有るのかよ?」
「文長殿」
魏延と張翼であった。
「だってよ~ あいつは王を殺そうとしてたんだぞ!それなのに!」
「声が大きい。気付かれますぞ」
「へっ、奴は気付いてやがるよ。くそっ、絶対後悔するぞ」
「それを王の前で言えますか?」
「はぁ、分かったよ。見てれば良いんだろ、見てれば」
魏延達は孔明の行き先を最後まで見届ける役目を与えられていた。
法正の策は孔明を魏に行かせる事であった。
孔明は蜀、呉では生きて行けない。
蜀はもちろん、呉に行けば劉封の依頼一つで孔明は捕らわれる事になる。
そうなると行き先は一つしかない。
曹操の居る魏しかない。
しかし、孔明にとって曹操は仇も同然。
そんな男の居る場所で生きなければならないのは、プライドの高い孔明にとっては屈辱以外の何物でもない。
そして魏に行って曹操に召し出されても孔明は曹操の下ではまともに働かないだろう。
それに曹操も孔明を警戒してまともに扱うとは思えない。
孔明にとって、これからは生き地獄が始まるのである。
「それに王は孔明をただ殺しただけでは納得はしないでしょう。どうですか?」
「つまり法正よ。孔明が生きている間に統一を果たせと言う事か?」
「その通りです。その後に孔明を殺せば宜しいでしょう」
法正のそれはまさしく無理難題である。
だが、劉巴、徐庶、陸遜は法正の策に頷いている。
策と言うよりは提案に近い物ではある。
「その時孔明はさぞ悔しがるだろうな」
「孔明は中原制覇など出来ないと思っていましたからな」
「それは遣り甲斐が有りますよ」
「と、言っておりますが如何でしょうか?」
劉封に詰め寄る四人の軍師。
孔明を越える才能の持ち主『劉巴』
戦略、戦術は孔明に勝る『徐庶』
大器晩成な大才『陸遜』
相手の心理を突く策略家『法正』
そして……
「楽しそうな話だな。私も混ぜてくれや」
雛鳥から成長して鳳凰となった『龐統』
頼もしい五人を見て劉封は頷く。
「孔明が居なくても、いや、孔明が居なくなったからこそ、我らは天下を一つに出来るのだと証明しようではないか!」
劉封と孔明。
二人の戦いはまだ続く。
全然終わらんね




