第二話 漢中王即位式
今回も腹黒孔明全開です!
益州州都成都は悲しみに包まれていた。
『流浪の大器』『天下の大徳』と言われた劉備の死は多くの人々に暗い影を落としていた。
劉封の側近であった劉巴は黙々と仕事をしていた。
劉備、劉封の死等、自分には関係ないと言わんばかりの態度、仕事ぶりは周りの者達を呆れさせた。
「新しい主となる者の為に場を整えねばならん。いつまでも哀しんでいられるものか」
劉巴はそう言って喪に服している者達に発破を掛けていた。
劉封派閥はこれから劉禅を主として動かなくてはならない。
しかし、誰もが不安であった。
なぜなら、今の蜀の権力を握っているのはあの孔明なのだから……
「孔明様。いえ、丞相。あの者達を如何するのですか?」
劉禅の漢中王即位の為に準備を進めていた孔明に側近の楊儀が問う。
「彼らは劉封に与していただけの事。使える者は使うのみ。何か問題でも?」
「は、いえ、あの」
「分かりますよ楊儀。彼らがいつか我らにとって変わるかも知れないと、しかし、その心配は無用です。彼らには何も出来ません」
この頃の孔明は劉禅を漢中王に付ける為に動き、自身は軍事、内政、外交の全ての権力の頂点である丞相の位に付く事が内定していた。
既に孔明の側近達は彼の事を丞相と言っていた。
そして孔明もその事を注意する事はなかった。
劉備の遺言を盾に孔明は次々と人事異動を行った。
今まで軍事に手を出せなかった孔明はここぞとばかりに手を入れる。
自らの派閥の者達を高位の官職に付け劉封派閥の者達を僻地に送ったのだ。
しかし、中央に残った者達も多い。
彼らは例え孔明といえどもおいそれとは配置変えが出来ない人材であったからだ。
その一人に陸遜が居た。
「なんで孝徳を守れなかったのよ!伯言!」
劉封の妻、孫尚香は手に持った杯を陸遜に投げつけた。
それを陸遜は避けなかった。
杯は陸遜の頭部に当たり、そこから血が流れていた。
「ととは?」
劉封のもう一人の妻劉華とその妹の劉春に抱かれていた劉杏はよく分かっていない感じで劉春に聞いていた。
「とと様はね。とと様は…… う、ううぅ~」
劉春は泣くのを必死に堪えていた。
「それになんであれが偉そうにあたし達に命令するのよ!」
尚香達に劉封の死を伝えのは劉巴であったが、その後彼女達の処遇について伝えに来たのは孔明であった。
孔明は尚香に対して呉に戻るか、ここに留まるか尋ねた後、ここに残るのなら別の邸宅を用意すると言ったのだ。
そして劉華には別の男性との縁談をもって来ていた。
それを聞いた華は真っ青になった後に倒れ、尚香は孔明に詰めより、さっさと帰れと怒鳴りつけた。
孔明は無表情で彼女達を見た後にちゃんと伝えましたよと言い、さらに返事は早くなさってくださいと言って去っていった。
まさに血も涙もない対応であった。
「尚香様」
「それに聞いたわよ、あんた。あいつの側近に成ったそうね? 孝徳に恥ずかしくないの?それでも親友じゃなかったの?あんたに信は、仁は、忠は無いの?見損なったわよ!帰って!帰ってよ!」
陸遜はその才を買われて孔明の側近に取り立てられた。
それは孔明が才能が有れば例え敵対派閥の者でも用いるぞと内外に示した事例だった。
と同時に自分に未だに敵対する者には容赦しないと言う姿勢も見せていた。
その人物の中には黄忠、魏延、彭羕、張仁、王累等がいた。
彼らは劉禅の漢中王即位に反対した為に孔明に僻地送りにされてしまった。
「聞いてください尚香様」
「帰りなさい」
尚香の目には明らかに殺意があった。
陸遜はこれ以上何を話しても聞いてもらえないと思い去っていった。
「はは、ととは?」
「杏。ととはね。ととは、孝徳はね」
尚香は春と華、杏を優しく抱き締める事しか出来なかった。
「伝えたか?」
劉封の邸宅から出てきた陸遜に劉巴は問うと陸遜は首を横に振った。
「なんだ。お前が伝えると言うから任したのに」
「伝えたかったが、あれでは何を言っても分かって貰えない」
「はぁ、しょうがない。まぁ、どこから漏れるか分からんからな。返って良かったかも知れん」
「ああ」
「で、準備は?」
「抜かりない」
「そうか。くくく」
陸遜の返事に満足した笑み浮かべる劉巴であった。
漢中王即位の儀が行われる日。
孔明はこれまでの事を思い返していた。
荊州で悶々とした日々を送っていた事、劉備と会って仕官した日の事、そして自らの計画が始まったと覚悟を決めた日の事、自分より若い劉封が認められた時の事、彼が自身の計画に邪魔な存在だと気付いた日の事、彼を排除する為に色々と動いた日の事、色々な事が彼の胸中に過っていた。
そして、劉備、劉封と言う最大の障害が一度に居なくなった日の事を思い出し、笑みが溢れた。
「ふふ、これから、これからだ」
孔明はこれから始まる新な日々に思いを馳せ、胸を熱くした。
成都の郊外に築かれた礼拝台。
そこに完全武装した精鋭数万が整列し、礼服を纏った文武百官が漢中王が来るのを今か今かと待っていた。
そして、銅鑼の音を開始の合図とするように笛と太鼓の音が辺り一面に響く。
すると兵達が二手に別れると中央から輿がやって来る。
その輿が礼拝台に到着すると一人の男性が降りてくる。
その男性が劉禅だと言う事は皆分かりきっていた。
しかし、劉禅はその場で平伏する。
すると輿からまた一人の男性が降りてきた。
「な、そんな、馬鹿な!?」
その男性を見た孔明は驚愕した。
「あ、あり得ない。そんな事はあり得ない」
その男性と劉禅はゆっくりと礼拝台を上る。
そして、孔明の目の前で止まると劉禅は孔明に声を掛ける。
「漢中王劉孝徳様の御前である。なぜ平伏しない」
「は、はは」
孔明は慌て平伏する。
そう、孔明の目の前にはあの男が居た。
あの男、劉封が!
ようやく登場!
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