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前編

 この話は、「レグルノーラの悪魔~滅びゆく世界と不遇の救世主~」の番外編です。

 本編に未読の場合、一部説明不足を感じる可能性があります。

 わかりにくい内容にならないよう努めますが、あくまで番外編ですので、至らない点はどうぞご容赦ください。

 登場人物の紹介などはございませんので、あしからず。

1.



 二月になると、にわかに教室がざわつき始める。

 普段より男子は身なりを整え、女子はソワソワと男子の様子を覗う。


 ……バレンタインが近い。


 チョコレートを幾つ貰えるのかで人間の価値が決まる。この悪辣な習慣が、来澄(きすみ)(りょう)は大嫌いだった。滅べばいい。そんな菓子メーカーと小売業者の癒着で生まれた最悪な風習などこの世から消え去れば良いと、常に思っていた。


「とは言いつつ、来澄は美桜(みお)と付き合ってるんだから、無条件に貰えるじゃないか。それに、須川(すかわ)さんに貰えるのも確定なんだし、良いじゃないか」


 学校からの帰り道、肩を竦めながら歩く凌の背中を、芝山(しばやま)哲弥(てつや)がバシンと叩く。


「うるさいな。そういうお前だって二人には貰えるだろ。仲間なんだから」


 男女二人ずつ、計四人で活動している同好会。凌と美桜が付き合ってるのは四人だけの秘密だ。

 美桜とは付き合って一年近く経つ。傍目からは羨ましがられる二人だが、凌の心中は複雑だった。


 美桜と心がすれ違い始めている。

 それを、誰にも相談できずにいるなんて、誰に言えようか。


 凌は天を仰ぎ見て、虚しくため息を吐いた。

 曇天だ。

 チラチラと雪がこぼれ落ちてくる。

 空気は肌を刺すほど冷たくて、息は吐く度に白くなる。

 恋の季節なんてわけのわからないことを叫ぶ輩もいるようだが、そんな甘い天気じゃない。

 今年の冬は寒い。






2.



「チョコ……?」


 芳野(よしの)美桜は目を丸くした。

 まるで初めてその言葉を知ったかのような驚き具合に、須川怜依奈(れいな)はあっけにとられた。


「付き合ってるなら、用意するよね、当然」


「付き合ってる……、ことになってるの? 私たち」


 同好会活動を終えた帰り道、薄暗い昇降口でポカンと口を開けたまま静止してしまう怜依奈。思わずブーツをポトンと手から落とした。


「付き合ってるんじゃないの? 愛を誓い合った仲じゃないの? じゃあ何?」


 言われて美桜はたじろいだ。

 何故かしら目を泳がせて返答に困る美桜に、怜依奈は自分の腹の底からふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じていた。


「好き同士で、二人いつも一緒にいて、隠すことは何もなくて。休みの日にはお互いの家にも行くでしょ? 勉強教えてあげたり、ご飯一緒に食べたり。それで付き合ってないって言うわけ?」


「そ、そう言われると……そうね、一般的には、『付き合ってる』状態なのよね、私たち」


 美桜は怜依奈から目を逸らし、顔を赤らめた。


「信じられない。私が凌のこと好きなの知ってて、凌のこと独り占めしてるクセに付き合ってる自覚ないなんて。その分だと、凌も芳野さんと付き合ってるつもりなさそう。どうなってんの、二人とも」


 頬を膨らませ怒る怜依奈に、美桜は半笑いで返す。


「そ、そうよね。ごめんなさい。もう少し、お互いの関係を認めるべきよね」


「ホントその通りだからね! で、チョコ用意するの、しないの」


「あ、うん。する、と思う。凌が……甘いの苦手じゃなければ」


「え? そこから? どうなってんのぉ?」


 頭を抱えて下駄箱にもたれかかる怜依奈。

 美桜はただただ、困ったように髪を掻き上げていた。






3.



 普通の関係ではない。

 美桜は常々、凌との仲に悩んでいた。

 表向き、普通の高校生として生活する自分たちには秘密がある。裏の世界・レグルノーラという場所で、二人は主従関係を結んでいる。凌は神で、美桜はその竜。表の世界ではお互いに素性を隠して暮らしているのだ。

 哲弥と怜依奈も、裏の世界を行き来する仲間。美桜と凌の関係を知る数少ない人間でありながらも、二人を温かく見守ってくれる心強い存在ではある。しかし、主従関係というのがどんななのか、そもそも神と呼ばれるようになった凌がどれほど遠い存在になってしまったのか、彼らは知らない。


 美桜は学校が終わると、いつものようにレグルノーラへ飛ぶ。

 表の世界に身体を残し、意識だけ裏の世界へと落としていく。

 目を覚ますと、塔の中。レグルノーラの中心にそびえ立つ高い塔の一室で、(あるじ)であるレグル(しん)の前に跪いていた。


「悩み事でも?」


 顔を上げた美桜の目に、美しい白髪男性の柔らかな笑顔が飛び込んできた。慈愛に満ちた表情は、表の世界での彼とは別人だった。

 人付き合いが苦手で、人間不信な来澄凌。

 全てを受け止める、美しき半竜神レグル。

 二人はとても同一人物だとは思えない。尤も、レグル神の中には、もう一人、ゼンという別人格が潜んでいる。目の前の彼が凌なのかゼンなのか。はたまた全く別の存在なのか。彼が神と呼ばれるようになり一年近く経つが、未だ美桜には理解できないでいる。


「いいえ。何も。それより今日も、何ごともなく?」


 美桜は半分竜になった身体をゆっくりと起こして、レグル神を見上げた。

 レグル神は白く長い尾をくねらせ、畳んでいた背中の羽を少しだけ動かした。


「そうだな。何もない。強いて言うなら、今日はディアナが尋ねてきた。隠居してから殆ど塔には近づかなかったが、調べ事があるとかで久しぶりにやって来たのだ。彼女は相変わらずだ。(やかた)の方にはちょこちょこ顔を出してくるから、私はいつも通り接したのだがね、塔の連中は久々に見た先代の魔女に恐縮していた。やはり若いローラとは威厳が違う。年の功かと言ったら、危うく首の骨を折られそうになった」


 ハハハと静かに笑うレグル神の顔は、やはり凌とよく似てはいるが別人だ。髪の毛の色も、顔の印象も、体つきも全部違う。口調や性格まで、同じところなどひとつもない。

 それなのに、彼は彼であって、彼ではない。

 複雑な気持ちで見上げる美桜に、レグル神はそっと手を差し伸べ、立ち上がるよう促した。美桜は(うやうや)しく手を差し出し、立ち上がって改めてレグル神に深く頭を下げた。

 こんな関係がずっと続いていて、それでも『付き合っている』などと。

 怜依奈の言葉が頭をよぎると、益々胸が痛んだ。

 友達でも、仲間でも、恋人でもない。(あるじ)(しもべ)。二人きりになっていても、それは全く変わらない。レグル神は話相手として、(しもべ)竜として美桜に接する。


「元気がないな。何を欲しているのだ」


 凌の声でレグル神は問う。

 それがまた、切ない。


「いいえ、何も」


 美桜は首を横に振って、静かに笑った。






4.



 美桜の様子がおかしいのに、凌はなんとなく気付いていた。

 そしてその原因が、自分にあることも。

 表と裏で二重の生活を始めるようになり、色々と融通の利かないことが出てきたことに、凌自身、苛立ちを感じることがあった。

 表に居るときはこれまでと変わらぬ生活を続けられているが、裏ではまるでゼンの言いなりだ。ゼンというのは、裏で身体を共有している竜。表で力を使い果たしてしまうからだろうが、最近はゼンがほぼ前面に出ていて、凌の意識はなりを潜めていることが多くなった。

 今日も美桜はやって来て、レグル神として鎮座する自分の前でため息を吐いていた。

 抱きしめてやれば良いのに、ゼンはそうさせなかった。まるでレグル神としての威厳を守るかのように、ただ手を差し伸べるだけ。

 そんなのは、自分の意思じゃない。自分の優しさじゃない。

 思っていながらも、その先に進むことができない。

 わかっている。

 自分の立場も、ゼンと美桜の関係も。

 

「……で、どうしたら良いかわからなくなって、ボクに相談するわけか」


 哲弥が面白くなさそうにため息を吐いた。


「スマン! 芝山。俺、他に友達とか居なくて」


 自宅に招き入れ、狭い部屋で土下座する凌に、哲弥はもう一度ため息を吐いた。


「裏でジークやノエルに相談すれば良いじゃないか。モニカやローラだって力になってくれるだろうし」


「いや! そういうわけにはいかない」


 ガバッと凌は(かぶり)を上げ、


「裏で俺が神様扱いされてるの、知ってるだろ。そんな状況でどうやって悩み相談すれば良いんだよ。それに、俺だけの意思で動かせる身体じゃない。表に居る間なら、自由気ままに動けるんだ。となると、もう頼れるのはお前しかいない。頼む! 親友を助けると思って!」


「……情けない顔だな」


 哲弥の口から、思わず本音が出た。

 裏の世界で何度か会ったレグル神は、全てを悟ったようなオーラを全身から放っていた。全ての罪を許し、全てを受け止める度量があり、慈悲深く、全てを包み込む力を持っていた。元があの凌なのかと思うほど神々しく、近寄りがたかった。死線を共にくぐり抜けた仲間として、レグル神は温かく自分を受け入れてくれるが、とてもじゃないが恐れ多くて頭を下げずには居られない。

 ところが、表へ戻ると彼はいつもの凌だ。疑い深く、自分の殻に閉じこもる根暗な男子高校生。自信の欠片もない彼は、美桜という彼女が居ながらも、その関係をまともに続けることすらできない体たらくなのだ。


「好きなら好きで、もう少しくっついてあげるとか、抱きしめてやるとか。悪いけど、裏じゃボクだって何もしてやれない。あんまりにも君は立場が上過ぎる。彼女との関係を深めるなら、やっぱりこっちの世界じゃないとダメだろうね。あんまり気は進まないけど、須川さんにも協力して貰おうか。美桜の気持ちを聞き出して、真っ当な恋人同士に戻れれば良いんだろ」


 哲弥がそう言うと、凌は耳まで赤くした。

 互いに好き同士なのに、一度は思いを伝え合ったはずなのに。

 全てを丸く収めるために、凌が一番辛い選択をしたことを、哲弥は知っていた。だからこそ、どうにかしてやりたいという気持ちはある。

 しかし。

 考えも及ばなかった。最高の選択肢が最悪な状態を生む可能性を秘めていることなど。


「それから。君も、ゼンに言えばいい。『美桜にあまり他人行儀な接し方をするな』って。君たちは、揃いも揃って不器用すぎる」


 哲弥が眼鏡を直しながらそう言うと、凌は長いため息を吐き、


「わかってるよ……」と力なく答えた。


「無謀な選択肢だったのはよくわかってる。けれど、あのときはアレしか解決方法が見つからなかったし、それを後悔してるわけじゃない。ただ、美桜があんなに悲しそうな顔をしているのを見ていると、胸が苦しくなるんだ。とにかく、俺だけの力じゃもう……。頼むぜ、芝山。本当に、本当にだ」


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