トリック オア トリート――私が彼にした悪戯
「ハロウィンというものはさ、もともとは秋の収穫を祝って、悪霊を追い出すケルト人の祭りが起源となっている訳で」
「で、何が言いたいの?」
彼の言葉を遮るように強めの口調で返す私。
「お菓子をくれないと悪戯するよ? トリックオアトリートと子供達が近所の家を歩いて、お菓子を貰うなんてのは後付けで、ましてや仮装してパレードをする、パーティーを開くなんてものは……」
「うん、言いたい事は分かった。私とハロウィンパーティーには行きたくないって事ね」
私の言葉を遮るように彼の薀蓄が始まったという事は、それは、私の意見に反対という意思表示だ。せっかく魔女のコスプレ衣装を買って来たのに……。
「僕はケルト人とのハーフでもない生粋の日本人だ。そもそもキリスト教の祭りと勘違いされがちだけど、ハロウィンというものは……」
「わかった! もういい」
私は魔女の衣装を手に持ったまま、部屋へと閉じ籠った。
何よ、どうしてこうなるの? 彼はいつだってそうだ。
先日、『明日ドライブへ行こう』って、話になった時も喧嘩になった。
「仕事で車を使っている訳だから、わざわざ休みにまで車を出す必要はないじゃないか」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ? じゃあ、私が運転しようか?」
「うーん、運転するのはやっぱ男だろ?」
「どっちよ!? てか、男が……とか、そういう考え嫌い」
いかんいかん、これだけ書くと彼が一方的に悪い奴に見えるわ……。知恵袋に書くと絶対別れろって言われるよね。上記のような出来事があると、結局私が折れる事が多いんだよね。彼は彼なりに反省し、歩み寄ろうとするんだ。
ドライブの件も、私が不貞寝した翌日、完璧なドライブデートプランをネットで調べて準備して来やがるの。もう私が悔しいって思うくらいに。
ドライブ向けの音楽を準備し朝出発。まずは、透明な水が木漏れ日を反射し、心の澱みも全て洗い流してくれるような清流、そんな清流にある滝の傍で水と戯れる。
ランチは生パスタが美味しい、レディースセットがお得な店。生パスタのもちもちした食感と、濃厚な海老クリームソースの味とが口の中で混ざり合い、見事なハーモニーを奏でていた。こんなに美味しいお店、一体男の君がどうやって調べたんだよと問いたい。
海岸線をドライブした後、海が見えるカフェで休憩。テラス席は潮風がとても心地いい。ガトーショコラがこちらも濃厚で、こちらはほろ苦いビターな層と、甘いショコラが染み込んだスポンジ層との二重奏。落ちたほっぺの精が『美味しい、美味しい』とまるで妖精のようにテーブルの上でメロディーに合わせ、踊っていた。
そして、そのまま海へ沈む夕日を二人で見つめながら手を握って……嗚呼、思い出しただけで夕日のように顔が赤く染まってしまうではないか。
時折話す薀蓄は説明くさいけれど、普段見せない癖にさ、たまに無邪気な笑顔なんか見せられた時なんか可愛いって思っちまうんだよね。
嗚呼ーーー思い出すだけで悔しい! どうしてこんな面倒くさい奴、好きになっちゃったんだろうねー、本当。
そんな出来事を思い出しながらも、魔女のコスプレ衣装を投げ出し、今日も私は不貞寝する。
今回の流れだと、ハロウィンパーティーは流石になしだな。いくら私でも、彼が、人ごみ嫌いな事くらい分かってる。それでも今日くらい二人でパーティーに行ってもいいかなー、なんて考えてしまった私が馬鹿だった。気づけばベットに突っ伏して眠ってしまっていた……。
もう夜だ。はぁ、こんな憂鬱な時でもお腹がすくものね。お腹の目覚まし時計が鳴って、私はベットから起き上がる。
ふいに扉をノックする音が聞こえた。今更謝ろうというのだろうか? 今回はそう簡単に許してあげないんだから ――
「トリック オア トリート」
「……間に合ってまーす」
「トリック オア トリート」
「……何!?」
怒った口調で、扉を開ける私。すると目の前にお化けのお面を被り、黒いマントを身に付けた……いや彼だよね?
「悪戯はしません。ほんらひこの言葉に呪術的ないみはなひので」
「いや、お面被ったままだと聞こえづらいから……」
私がそう告げるとお化けのお面を取る彼。今更ハロウィンパーティに行こうなんて言わないわよね?
「悪戯はしませんが、お詫びに準備だけしました……」
「え……?」
部屋にはジャックオランタンのかぼちゃの飾りに、可愛いお化けやこうもりなどの飾りつけ。食卓テーブルには、かぼちゃのスープにローストチキン、オードブル、ホールケーキまで並んでいる……。思わず私は声に出す……。
「これ……? どうしたの?」
「あの後買い出しに行って、急いで準備をしました。人ごみはどうしても酔ってしまうので、せめて家でならと思いまして……。飾り付けは残念ながら百均ですので、大したものは準備が出来ませんでしたが……冷めないうちに食べましょう」
彼はお詫びをする時なぜか敬語になる。いやいや、百均でここまで飾り付け出来るのが凄い。完璧だ。いやはや、完璧すぎてお腹の虫が鳴ってしまった。
「……仕方ないから食べてあげる」
「ありがとうございます」
さすがに料理は手作りではないらしい。これは、近くの業務スーパーで買って来たな? 缶チューハイとビールで乾杯する。
「「ハッピーハロウィン」」
オードブルのローストビーフも、かぼちゃのスープも、みんな美味しかった。高級料理のフルコースほどでもない料理が並ぶ、ちょっと贅沢なホームパーティ。でも、それがいい。パーティーへ一緒に行けない位で、駄々を捏ねていた私がなんか馬鹿らしい。心に溜まっていた澱みがすっと洗い流されていくような……そんな気分になる。
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「ええ、なんでしょう?」
「どうしてクリスマスチキン?」
「いや、パーティーですし……」
「普段、薀蓄言う癖に、そこは意味ないんだ」
「君と一緒に食べられるなら、何でもいいんです」
くっ、さらっとそういう言葉を言うか、こいつは……。私の顔が熱くなっているのはお酒のせいだ、きっと。しかし、悔しい。このままだとやられっぱなしだ。
「あ、ちょっと待ってて」
私は何かを思い出したかのように部屋へ入る。
そして……魔女の衣装を身につけ、颯爽と彼の前へ立った。
「トリック オア トリート」
「え?」
「トリック オア トリート!」
「……うーん、ここには……ケーキしかありませんね」
彼が差し出したケーキをひと口、口に含む私。
そして、私は彼に口づけをした。
これが彼に私がやった、ささやかな悪戯。
―― 彼とのキスは甘いクリームの味がした。
ハッピーハロウィン!
普段なかなか書かないような、
甘い恋愛短編をあげてみました。
まぁ、二人共お幸せに、という事で。
ブクマ・感想・評価等お待ちしております。