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Stella Notes  作者: kisi
第1部 神域編
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第1話


朝一番に目を覚ましたのは、やはりケトン・スラドだったらしい。

7人もの兄妹のうちの長男である彼は、とにかく朝が早い。

日が昇る前には既に目を覚まし、腰ほどまである長く白い髪を一つに結い、熱い緑茶を湯呑みに入れ、他の弟妹が起きたり、帰ってきたりするのを待っていた。


朝、と言っても年中雪が降っているこの土地では朝も夜もほとんど景色は変わらないが、少しでも弟妹が光を浴びれるようにとの配慮はあるらしく、ケトンが起きた時彼が天井に灯をともす。


いつか外に出れるようになった時の為だ、と弟妹に言い聞かせているが、弟妹の中には闇夜に生きているがために、光が苦手な者もいる。


まあそれはそれで、とケトンは思う。

どちらにしろ、いつかは陽の光を浴びる日が来るはずなのだ。

彼にはその日が視えていた。



二番目にリビングに現れたのは次男のグラゼル・デッダーだった。

彼は無言で玄関から中へ入り、ケトンの甘ったるい「お帰り」という言葉にも反応しない。

だいぶ機嫌が悪いらしく、帰ってくるなり羽織っていた黒いロングコートを脱ぎ捨て、グラゼル専用のソファに倒れこんだ。


「部屋で寝たら?」


諭す兄の声にも反応しない。

眠ってしまったのだろうか。彼が寝てしまう時は息をする音すら聞こえないからそれもあり得る。

困った顔をしながらケトンがキッチンに向かおうとした。

そこでようやく


「おい」


という低い声がした。


「…はぁい?」

「俺がやるから入るな。」


全くこちらには見向きもしない弟がそう言うので、ケトンははいはい、と言いながらキッチンを後にする。

仕方なく、リビングの中央のテーブルにつき、湯呑みを啜る。

弟の分は用意しない。また彼の機嫌が悪くなるに決まっているからだ。


「お前の淹れた茶なんざ」


と、何度言われたことか。


さて、今日のグラゼルの不機嫌の素は、と言うと。

それは彼の中で三馬鹿と呼ばれている部下たちの、そのまた部下たちがしでかした問題が巡り巡ってグラゼルの元へ返ってきたことが原因だった。


大きな低いため息をつきながら、彼はその場で暴れまわった。

結局、彼を狙ってやってきた刺客は大した技量があるわけでもない死に駒であったが故に、グラゼルに傷がつくわけでもなく、かと言って戦闘狂の彼が喜ぶものでもなかった。

ただただ、疲れた。


「巫山戯んなよ…!」


ドンッと両足を思いきり床に叩きつけ、昨日の出来事を思い出しながらグラゼルがキッチンに入ったところで、玄関から賑やかな女の声がしてくる。


「だから……って言ったじゃない?なのに……それでね!?……って話だったはずなのよ!」


リビングの扉を開いて入ってきたのは顔のよく似た金髪の男女だった。

次女のロナ・フェニキンスと三男のジュエイ・フェニキンスだ。


「ただいま!お兄様方!」


まるで玄関にいた騒がしい女とは思えないほど、美しい女性がケトンとグラゼルに挨拶する。


「…おはよ、ロナちゃん。」


ケトンが綺麗な笑顔で挨拶を返す。

この一連の流れを見ればなんと麗しい兄妹たちなのだろうか、と誰もが思うだろう。


「……料理、ない……ヒノリたちが起きたら……食べるものない……」


かなり間を空けてジュエイが口を開く。

そうなんだよ、とケトン。


「俺が作ろうとしたらね、グラゼル君に止められちゃって。」

「……まあ、それは……当然……」


えぇ、と悲しげな声をあげるケトンを他所にジュエイはグラゼルを睨む。

カウンター越しにグラゼルの顔ははっきりと見えた。

グラゼルもそれに気づき、髪で隠していない方の右目でジュエイを睨み返す。


「なんだ?」


不機嫌そうに聞こえる声だが、グラゼルの機嫌は良くなっていた。


「……別に。」

「だったら何故睨むんだ。」


ふいっとジュエイは顔を背け、ロナの手を引いて二階へ向かう階段へ行ってしまった。

ちょっと、という声もしたが、その声もやがて小さくなり、扉が閉まると完全に聞こえなくなった。


「元気そうで良かったね。グラゼル君は、久しぶりに二人に会ったんじゃない?」


ケトンが頬杖をつき、料理をしているグラゼルを眺める。

黙々と作業を進めるグラゼルだったが、兄に目を合わせずに質問には答える。


「そもそも家に帰ってきたのが久しぶりだしな。」

「……大変だねえ、そっちは」

「誰かのおかげでな!」


今度はキッチンからドンッという音がした。

ケトンがそっと立ち上がりキッチンの様子をのぞいて見ると、まな板に突き刺さった包丁があった。


ああ、今日はもう仕事の話はしないでおこう、とケトンは心に言い聞かせる。

いつにも増して随分と機嫌が悪い。

話題の転換の為、また彼のストレスを少しでも発散させるにはアレが丁度いい。

ケトンはイタズラっぽい笑顔を浮かべ、そっと席につき直し、目を閉じた。

タイミング的には、彼が料理を作り終えたあたりが良いだろう。


しばらくしていると食器の音がし始める。

これから起きてくる小さな弟妹たちの分を取り分けているのだろう。

食器の音の質が変わったあたりで、ケトンはグラゼルに話しかける。


「……そういえばさ、染めないの?」

「何をだ。」

「髪だよ。」


ケトンは自分の白い髪を指差しながらグラゼルを見る。

弟は精一杯怒りを抑えた顔で「は?」とだけ言った。


「は?じゃなくてさ。だって君、今とっても、その…」


「逆さにしたプリンみたいな色じゃない?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あーあ、と純朴な少年、エッグ・ライフは声を出してしまった。

その双子の妹のFは何を気にするわけでもなく、朝食を綺麗に食べている。


「ねぇ、F。あの二人ってなんであんなに仲が悪いんだろう?」


エッグがたずねるが、Fは「知らなーい」と言って目玉焼きを頬張る。

ちょっとは心配しないの?と言っても、彼女は


「仲が悪い理由なんかいっぱいあるじゃん!ケト兄が兄貴のことからかうんだし、兄貴はケト兄のこと嫌いになっちゃっても普通じゃない?」


それに、とFは続ける。


「今日のはケト兄が悪いし!」


Fがナイフで指差した先には、割れた大人用の食器と、飛び散った朝食の残骸だった。


「意味わかんない!せっかくケト兄のためにって作ってくれたのに。兄貴が作ってくれた料理落としちゃうなんて!」


えぇ、とエッグは更に訝しげな顔をした。

確かに、ケトンはグラゼルがいればグラゼルをからかうのがお決まりなのだが、だからと言って本当の悪意をグラゼルに向けたことはなかった気がする。

食べ物を粗末にするなと、かなりうるさく言うのはグラゼルではなくケトンの方なのだが。


「…その前になんかやってない?兄貴がさ」

「どうせもうすぐ喧嘩も終わるよ!本人たちに聞けばー?」


なんと無責任なのだろうとエッグは思った。

思ったが、声には出さなかった。

その瞬間、リビングの壁を突き破って、ケトンとグラゼルが現れた。


相変わらず派手な喧嘩だ。

この調子では二階で寝ている妹と、帰って来たばかりの兄姉が起きてくることだろう。


「良い加減にしろよ…誰のおかげでこうなったと思ってやがる!」

「俺じゃないでしょ…!可哀想だと思ったから俺はアドバイスしただけじゃないか…真っ黒に染めろ直せってさ…!」


両者無傷ではあるが、槍と刀の鍔迫り合いが続く。

壁に空いた穴を見て、エッグは大きくため息をついた。


「…なんでこうなるのかなあ。」


この喧嘩は長く続きそうだ。

グラゼルが仕掛け、ケトンを斬りつけようと躍起になっている。

勿論、ケトンはそれを絶対に許さない。

細い体のおかげか、ひらひらと着物の袖を揺らしながらも弟の暴力を躱す。


長兄次兄が織りなす、建物がいつ崩れてもおかしくないほどの超ド派手な喧嘩をよそに、Fは鼻歌を歌いながら食器を片付けてしまっていた。


「テーブルの方には結界が張ってあるから大丈夫でしょ。んー……美味しかった!」

「F、お前ほんと呑気だよな!」

「だって、そうじゃん!心配する方が無駄なの!見てなよ、この後一瞬でおさまるから!」


偉そうだなあ、とエッグが思っていたのだが、その言葉の意味はすぐにわかった。


「…ヒノリ!おはよう!」


一番末の妹、希光ヒノリが目覚めたらしく、そっとリビングのドアを開け、こちらを覗いていた。


「……お兄ちゃん、お姉ちゃん」


今にも泣き出しそうな顔でエッグとFに助けを求めている。

Fはとびきりの笑顔で「大丈夫だよ!」と声をかけ、ヒノリを抱きしめてやった。


「うっ…うっ……うわああああああああああん!!!怖かったよおおおおおおお姉ちゃあああああああん!!!!!」


大声で泣きだすものだから、家を壊し回っていた二人の耳にも勿論、その叫びは届いた。


「お姉ちゃん…お姉ちゃん……お家壊れちゃうよぉ…怖いよぉ!」

「うんうん、大丈夫だよ。もうお家壊れないよ。すぐ直すからね、ケト兄が!」


ピタッと泣き声がやみ、赤らんでぷっくりとした可愛らしい顔が部屋を見渡す。

見れば、フローリングの真ん中の線を境に、物が散乱した場所と、綺麗なままの場所と分かれていた。

沈黙が3秒ほど続く。

穴が空きに空きまくった部屋に立っているグラゼルとケトンも動きを止め、獲物をしまった。


「……ね?おさまったでしょ。」


勝ち誇った笑顔を見せるFに、エッグはつくづくうちの妹は怖いと思うのだった。

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