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Stella Notes  作者: kisi
第1部 神域編
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第13話



エッグはぽかんと口を開け、正殿の前に立っていた。

さっきまで山のようにいた参詣客は一人もいない。

その代わり、正殿の戸が全て開かれ、そこには座りながら居眠りしている鬼神がいる。

ジュエイの姿はない。一緒にいたはずなのに。


「……鬼神兄ちゃん!」


とりあえず立っているだけではどうにもならないので、彼を起こす。

はっと気づいた鬼神はくあっと伸びをして、頭をぽりぽりかいた。


「おお、おお、エッグ。なんぞ、もう来んのではなかったか。」

「そのつもりだったんだけど…色々あってさ。」

「色々…ふむ。そうか。」


鬼神はまだ眠たげだったが、ぱんぱんと手を叩く。すると、奥からいつか見た女中がやって来た。


「お呼びいたしましたか?……あなや!」


聞いたことのない不思議な叫び声をあげ、口を両手で覆い、目をかっ開いて驚く女中。

どうも、とエッグが頭を下げると彼女は正殿の奥に駆け込んでしまった。

タイミングが悪かっただろうか。大事になりつつある気がした。


「あ…すぐ帰るから!お気遣いはいりません!」

「とんでもない!お前様には聞かねばならんことがあるからな。」


鬼神が正殿から慌ただしく手招きする。

大声で、菓子やらなにやらを持ってこいと命令を出し、正殿の奥も賑やかになる。

困った。ジュエイと一緒にちょっと顔を見て帰る予定だったのだが。

だいたいジュエイはどこへ行ってしまったのだ。


「鬼神様!鬼姫様をお連れいたしました!」


ああ、さらに困った。

確かに会いたいとは思った。

だけどその、なんと言えばいいのか。

なんと言えばいいのかわからないのだ。


「や、やあ、鬼姫……元気だった?」


女中の陰から飛び出した彼女に、エッグはぎこちなく手をあげて挨拶してみた。

今日も彼女は変わらず、美しかった。深くため息が出るほどだ。

長い睫毛、白い肌、黒い瞳。

初めて会った時から何も変わってない。


「……エッグ!」


もう会えないはずの友人の一人が会いに来てくれた。

鬼姫にはそれで十分だった。

エッグに駆け寄り、彼女はひしっと彼の体をを抱きしめる。


「エッグ!エッグですよね!」


耳元で大きな声を出されていることと、急な出来事にエッグの目の前がチカチカする。

おまけに顔は真っ赤なりんごだ。もう少しで頭が弾けてしまう。


「お、鬼姫、俺、ちょっと!待って!そういうの!あの!」


彼女の肩を持って少し距離をとろうとするが、絶対に離してくれない。

諦めたころには、エッグの左肩のあたりが温かいもので濡れていることに気づいた。


「…泣いてるの?」


仕方がないなあ。

いつもヒノリをあやすように、エッグは鬼姫の頭をポンポンと叩いてやる。

もう大丈夫。

大丈夫、大丈夫、と声をかけながら。


「……エッグ、お前さん、何かあったのか?」


鬼姫をあやしながら、そう訊ねてきた鬼神の方に向き直る。

本当はあやすよりあやされたい気持ちも強かったが、ここは心を持って報告しなければならない。


「実は俺たち引っ越しする、んだよね。兄貴と一緒に魔界にさ。」


自分もよくわからないが、グラゼルの予定ではそうなっている。

彼は地上より比較的安全な魔界へ、Fとヒノリと下るつもりだ。

エッグもそれについていく。特に異論はない。

ケトンがいなくなった今、神域は自分たちにとって危険なんだ。それだけだ。


「……だから余計会えなくなっちゃうな、って思って。」


その前に会いにきたんだよ、と鬼姫に声をかける。

彼女はようやく落ち着きを取り戻したらしく、顔を上げてくれた。


「……嫌です!」


ただ、かなりの駄々っ子になっていたが。


「ここに住めば良いではありませんか!あの日から、警備は強化したのですよ!わたくしも武芸の稽古をつけてもらうようになりました!何かあっても戦えます!」


エッグの腕に爪が食い込むほど、強く握られながら鬼姫に捲し立てられる。

どうしたものか。感情は昂ったままで、このままではなにを言っても「やだやだ」と言われ続けてしまうだろう。

しかしエッグにはどうしようもないのだが…


「……鬼姫、俺はさ」

「会えなくなるのなんて、嫌です!嫌なんです!Fに会えなくても、エッグさえいてくれれば……!」


また鬼姫にぎゅうっと抱き締められる。

かなり苦しい。それ以上に心も苦しい。


「……兄貴にきかないと。」

「今日からここにいれば良いではありませんか……!!」


あー、もうだめだ。なにも聞いてもらえない。

エッグは鬼神にアイコンタクトで助けを求めたが、鬼神も


「そうだ。それが良い。なあに、グラゼルには儂からも言っておこう。」


などと言うのだ。


「冗談だよね!?」

「いいや、本気で。」


なんという兄妹か。

そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。だいたい、自分がFから離れてしまうのはかなり不安だ。

それが許されるならFが一緒でなくては。

けど、Fはきっとまだここには来れないのだろうな。

なんとなくエッグは妹の状態を察していた。


「……ちょっと待って!そういえばジュデ兄がいなくなってるんだった!」


良い話題の転換の仕方ではなかっただろうか。

ついでにジュエイにお伺いを立てて、ダメだと言ってもらわねば。


「……ジュエイ?」


急に鬼神の声に陰りがさす。

もうエッグの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

なんで鬼神兄ちゃんは怒ってるんだ?なんでジュエイはいないんだ?なんで鬼姫は離れてくれないんだ!?


「い、いなくなっちゃったんだよね……俺だけここにいてさ……」


なんで自分はいつも迷子になってしまうんだろう。

今の自分の情けなさに物悲しくなってくる。

鬼姫にちゃんと説明できない。

ジュエイとは逸れてしまうし、それが原因で鬼神を怒らせているかもしれない。

よくわからない不安がエッグを包んでしまう。

それは少しだけ、形になって外に出てしまった。


「……あれ、いや、別に、なんか、そういうんじゃないんだけどな…あはは、困ったな……」


ぽろぽろとエッグの目から星がこぼれ落ちる。

泣くつもりなんかなかったのに、勝手に出てきてしまった。

いやはや困った。大変に困った。


「……鬼姫、ごめんな。」


自分で瞼拭い、エッグは意を決して鬼姫を引き離す。

しっかり彼女の目を見て、言ってやらなくては。


「俺、ちゃんとFを守んなきゃいけないんだ。兄ちゃんだからさ。それに、今後ああいう危ないことに鬼姫を巻き込むわけにはいかないや。」


そう言い切ったエッグの顔は晴れやかで、迷いも全くなかった。

だからこそ、鬼姫はもう彼に敵わないことがわかって涙が止まらなくなってしまったのだ。

エッグには、鬼姫の気持ちが痛いほどわかる。

母親を追いかけて生きるって決めた、あの時のFと同じ顔を、今自分がしてるんだろうな。

そう思った。


「……せめて、見て欲しいものがあるんです。」


度々嗚咽を漏らしながら、鬼姫は彼の手を引いた。

ちらっとエッグが鬼神の表情を伺えば、鬼神の表情は穏やかなものに変わっていて、二度ほど頷いていた。

さっきの怖い顔はなんだったんだろう?


「……うん、わかった。」


仕方がないなあ。

エッグはそう言って鬼姫についていく。

廊下をゆっくり歩いていく。相変わらずここの庭園は美しいままだ。花が咲き乱れ、何羽か蝶がひらひらと舞っている。


鬼姫が案内してくれたのは、いつか三人で茶菓子を楽しんだ部屋だった。

戸を開くと、机の上に紙で出来た折り鶴がいくつも並べられていた。

ざっと100は超えているだろう。


「……千羽鶴です。今日やっと、綺麗なのが200出来たんですよ。」


ふと鬼姫の手が離れ、彼女は机の折り鶴をとってエッグに見せてくれた。

色とりどりの折り鶴たちは糸で紡がれている。絵本で見た虹のようだ。


「千羽作るとどうなるの?」

「わかりません……でも」


でも、と鬼姫が続ける。


「きっと、この世界が平和になります。」


彼女は綺麗に笑った。

そっか、平和か。

今は平和じゃないんだ、と改めて思う。


「そしたら、また会えますよね。」


これは鬼姫の願いの結晶だと気付いたのは、エッグの持っているポストドロップが淡く光を放った時だった。


「…ちょっと待っててね!」


急いでエッグはポケットからドロップを取り出す。

ポケットドロップの光は青かった。

中央にはめ込まれた石に触れると、パッと文字が浮かぶ。


「願いを受け取りました。」


なるほど、とエッグが頷く。

きっとこの後鬼姫の強い願いが、どこかの神様に届くのだろう。

それがFだったら良いな。

そうだったら早いのにな、とエッグは思った。


「…大丈夫。」


そっとドロップをポケットにしまい、確信を口にする。


「会えるよ。絶対にね。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


やれやれ、と鬼神が首を振る。

やれやれとはこちらのセリフである。


「……鬼神、エッグは。」


ジュエイはボロボロになりながらもこちらへやってきた。

魔除けを全て破って入ってきたのだ。おかげで体にはいくつもの傷がついている。

白く美しい陶器のような肌が裂け、血液が滴っても涼しい顔をしたままの彼は、同じことしか繰り返さない。


「エッグ。」

「わかっておる。もう少し待っておれ。」


はあ、と鬼神がため息をつくがジュエイはぐっと眉を寄せた。


「…早く。」

「盗ったわけではない!しっかりと帰すつもりじゃ!」


声を荒げる鬼神の前で、ジュエイは自分の左腕を天に向かって突き上げる。

ローブの裾から見えた彼の手は異形であった。指がない。

指がないどころではない。彼の左手は鎌になっている。


「……呪いか。それを儂に振りかざすと?」


ジュエイは静かに頷く。

れっきとした脅しだった。


「馬鹿を申すな!そこまでせずとも…」


鬼神が言い終えないうちに、ジュエイの腕は下がった。


「ジュデ兄!来てたんだ!」


エッグが鬼姫と一緒に正殿へと駆け寄る。

それが見えたジュエイの表情がほころび、一度だけ頷く。


「…帰ろう。」

「うん…って!なんでジュデ兄怪我してるの!?」

「…転んだ。」

「本当に!?」

「…大丈夫。」


エッグはジュエイの周りをぐるっと一周して彼の体をチェックする。

嘘だ。転んだだけでこんなに全身服までボロボロになるもんか。

まさか、と思ってエッグは鬼神を見る。


「鬼神兄ちゃん……」

「…儂と喧嘩したわけではない。ただ、そやつが無茶をしおったのだ。」


ほっと胸をなでおろす。

よかった。さっきグラゼルと喧嘩したばかりだったのに、連戦していたらどうしようかと思った。


「……連れて、帰る。二度と……迷い、込ませるな……!」


ジュエイがぴしゃりと言い放ち、エッグの手を右手で引く。

そのままエッグは引っ張られてしまった。とりあえず振り返り、鬼姫に手を振る。

鬼姫も寂しそうに手を振り返してくれた。

でもきっとまた会える。大丈夫だ。


「またね!」


エッグはちゃんと次を約束した。

鬼姫も、それを信じることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…ジュデ兄?もう離していいよ。」


帰路、しばらくの間ジュエイは手を離してくれなかった。

ジュエイの左腕にはカリアの店で買ったお土産が引っかかっている。

でもそれも随分傷が付いていた。


「……ねぇ、ジュデ兄。」


ジュエイは一切こちらを見ずにまっすぐ歩き続けている。

怒ってるわけではなさそうだが、機嫌が悪そうなのは確かだ。

鬼神との相性も悪いらしい。エッグ大きくうなだれる。

するとピタリとジュエイが足を止めた。

止まり切れずエッグはジュエイにぶつかり、うわぁと潰れそうな声を上げる。


「……エッグ、魔界に、行って、平気…?」


ようやくジュエイが振り返り、エッグに問いかける。

平気かどうかきかれても、そんなのわからない。


「エッグは、ちゃんと、生きてると…思う、けど……」


じっと瞳を覗き込まれる。

やっぱり綺麗な顔だ。少し傷が付いてしまっているが、あとでロナがなんとか治療もしてくれるだろう。


「……ちゃんと、死ねる?」


へ?と素っ頓狂な声が上がる。

なんだって?もう一度聞き返してしまう。


「ちゃんと死ねる、って…?」

「……ちゃんと、かえれる?」


かえるって、どこに?

家に?


「俺が、いなくて、平気…?」

「ジュデ兄、説明が欲しいよ…喋るのが難しかったら、ロナ姉がいる時でも…」

「ロナがいる時は、だめ。」


ジュエイは、悲哀を表情で表す。

彼はこんなに情緒豊かだっただろうか。

エッグは兄の新しい一面をまた見つけた。


「……聞いてくれる?」


言葉が詰まっても、ということだろうか。

今日のジュエイは一生分ではないだろうかと思うほど喋る、喋る、喋る。

エッグは一度だけ頷いて、二人で座れそうなところがないか探した。

進む方向に目をやると、道の横に大きな白い石がある。かかっている土を払って、二人はその上に腰掛けた。


「……エッグは、予言、受けなかったの……なんでだと思う?」

「え……うーん、必要なかったからとか?」

「……エッグは、死ぬの、怖くない……?」

「怖いよ。怖いに決まってるじゃん。」


話しながら、エッグはジュエイからお土産の袋を受け取り、更にバキバキに割れてしまったチョコレートを取り出す。

包みを広げると、丁度一口ぶんに割れたチョコレートのカケラが手に落ちた。

ひょいとそれをつまみ、もう一つカケラを拾ってジュエイに渡す。

ジュエイは手では受け取らず、エッグの手からそのまま口にチョコレートを入れた。


「……普通は、怖い…怖くないのは、おかしい…」


チョコレートが溶けきってから、ジュエイは続ける。


「……だから、死の予言は必要……鬼神は、来た者のほとんどに、予言を与える……あげない、時、は……」


言い切れず、兄は咳き込んでしまう。

背中をさすってやりたいが、傷が多く下手に触ることはできない。

もどかしかった。エッグは伸ばしかけた手をぎゅっと握る。


「……それが、生きてない、という、こと。」


ジュエイはポンポンと胸を叩き、声の調子を整える。

ただ、聞いていたエッグは呆然としてしまった。

生きていない?

予言を受けなかった自分は生きていないというのか?


「……俺、幽霊なの?」


そんなバカな。

この身は確かに生きている。

怪我もするし、お腹も空く。死への恐怖は確かにあるし、傷つけば痛い。


「それが、わからない。」


エッグの生への疑念を振り払うべくジュエイは答える。


「……エッグは、こっちの目に、映らない。」



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