第12話
あーやだやだ。
Fはずっとそう言っていた。
ケトンがいなくなってからというものの、兄姉達は皆好き勝手だ。
兄同士は何故か仲が悪い。今まではケトンとグラゼルの派手な喧嘩が多かったせいで印象は薄かったのだが、グラゼルとジュエイだってそこそこ大きな喧嘩をしている。
やっぱりなんだかんだケトンがいなければこの兄妹は纏まらない。今になって、長男の偉大さを感じるのだった。
「ヒノリはさー、ケト兄ってどこにいると思う?」
人形の服のほつれを直していたヒノリは急に話しかけられ、肩が震える。
それから、ヒノリお手製のケトンの形をしたぬいぐるみを両手で握りしめながら、えーっと、と考える。
「……ケト兄ちゃんは、きっと、みんなの知らないところに行っちゃう……と思う。」
なるほど。
小さい妹ながら的確な意見だ。
そもそもケトンはいつも何を考えているのかわからない。
Fは自分の能力を試すために、兄妹全員の頭の中を覗いたことがある。
ヒノリとエッグは単純明快で、顔に出ているものと頭の中の感情は一致していたし、グラゼルは素直ではないから言っていることと思っていることが反対だったことが多かった。
ジュエイとロナはお互いのことばかりで、たまにヒノリの心配をする程度。
それから、ケトンはというと。
情報量が多すぎてFの頭がパンクし、そのままひっくり返ったことがある。
急にFが倒れたものだから、周りの兄妹は心配してくれた。
兄妹達が本当に心配してくれているのがわかる中、薄れていく意識の中でようやく掴んだケトンの意思は、空白だった。
あの人の見ている世界はどうなってるのかFにさえわからない。
そんな彼の目的や行き先なんてもっとわからない。
彼の過去だってちっともわからない。もう100年近く。そんなに長く一緒に暮らしているはずなのに。
Fはその事実にまたムッとした。
いかんせんこの兄姉達はFとエッグに対して隠し事が多すぎる。
だから勝手に頭の中を見て、全部暴いてやろうかとも思う。
でも、それは兄姉が出せる唯一の「親切」な気もして、行動には移せずにいた。
ところがさっきのはなんだ。
ヒノリを取り合って殺し合いの喧嘩だなんて、冗談じゃない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
あーあ、こんな時ケトンがいたらな、と思ったが、そもそもケトンがいなくなったせいでこういうことになっているのだから、あいつにも腹がたつ。
一体何があってこんなことになってるのか誰か教えて欲しい。
「おい!F!」
やや、おいでなすった。
Fは乱暴にノックされる扉の鍵をしっかりかける。
ヒノリはその声と音に怯え、Fのベッドに潜ってしまった。
それで良い。怖いものからは逃げるのが一番だ。
「なんのご用ですかー?」
ふてぶてしく、答えてやる。
相手はあの破壊神様だ。
破壊神だからなんだというのだ。横暴な真似ばかりして、家族みんなが怯えているのに気づいていないのだろうか。
ヒノリも可哀想に、とFは思う。
もう少しこの兄貴の顔が優しかったら。
いや、それはそれで気持ちが悪かった。
「開けろ!話がある!」
ガチャガチャとドアノブが鳴る。
こんな状況でこの扉を開けるわけがない。
段々相手がイラついていることも、Fはわかっていた。
だけど、だからなんだ。
もっと怖い思いをした妹がここにいる。簡単に開けてたまるか。
「話ならそこからでもできるでしょ。まずヒノリに謝って。」
ガチャ、と一回ドアノブが鳴って、大人しくなった。
声もしないし、ノックもない。
意気地なし、と吐き捨てたくなる。
大きいため息をついて、Fは座っていた椅子から降りて立ち上がる。
ヒノリが潜って震えているベッドの布団をポンポンと叩き、「ちょっと開けるね」と声をかけておく。
うん、という小さな返事が聞こえた。可愛い妹だ。
扉に近づいて、とりあえずノブに手をかける。
「謝る気がないんですか?」
訊ねてみるが返事はない。
まさかあの鬼のような兄貴が泣いているのだろうか?
ちょっと心配もありつつ、そっとドアを開けてみる。
「ギャッ!」
開けた瞬間、腕を掴まれ外に連れ出された。
そのまま階段を下り、リビングに投げ込まれる。
ずてん。
かっこ悪く転げてしまった。見上げれば、赤い目を光らせている破壊神様がいる。
何怒ってんだか、とFはため息をついた。
「……私が悪いわけ?」
やだやだ、とまたFがため息をつく。
嫌だった。本当に、この兄貴は横暴で、偏屈で、頑固で、融通がきかなくて!
全部言ってやろうと思った時、グラゼルがしゃがみ、Fと視線の高さを合わせた。
「飯食ってないだろ。」
頭をぽんぽん、と叩いて、彼はキッチンに入ってしまう。
口が開いてしまう。なに?今のは。
「どうせ部屋で菓子しか食ってないんだろう。あのキャラメルは最後の2つだったか?」
何かを焼く音がしてくる。
別に食べなくても生きていける。それはこの二週間ほどでよくわかった。
お腹は減っても生きていたし、喉が乾いても生きていた。
外傷なく、衰弱して死ぬことはとても難しいのだ。
でも、見た目は少し痩せた気がする。
もう少しでケトンと同じような骨と皮の姿になってしまいそうだ。
昨日、姿見に映っている服を脱いだ自分の体を見れば、あばらの骨が浮いていた。
「……別に食べなくても。」
聞かれていたのかわからないが、Fが呟いた直後にドンッと食器が机に置かれる音がした。
「お前は食わなければ飢える。」
そんなことはない。
そう言い返したかった。
しかし盛大に腹が鳴き、その言葉は憚られた。
飢える。飢えているかもしれない。
そんなことはない。
もうこの先は意地の持ちようだ。
「……F」
やけに丸い声でグラゼルがFを呼ぶ。
拗ねきったFは返事をするものかと、彼に背を向けた。
ぐちゃぐちゃになったままのリビングで、机だけが直されている。
柱の傷、散らばった本や家具。
痛々しい惨状だ。
なにを見てもFは悲観的だった。
誰かに殺されてしまうかもしれないという予言。
自分達を狙う外敵。
もう会えないであろう初めての友達。
その友達の犯した罪。
妹を巡ったくだらない喧嘩。
このリビングの景色はFの心の中とさほど変わらない。
「……ケト兄がいたらな。」
やっぱりそう言わずにはいられなかった。
ケトンがいたのなら、きっと何か忠告をくれたはずだ。
ケトンがいたら、こんな喧嘩は起きなかったし。
ケトンがいたら、友達を救う方法を教えてくれたかもしれない。
「何故」
低い、呟きが聞こえた。
何故と言われても。
だって、ケトンだったらなんでも知っている気がする。
ケトンだったら、うまく伝えてくれる気がする。
ケトンなら、優しく諭してくれるはずだ。今までだってそうだったじゃないか。
でも彼がいなくなった途端。
Fはもう一度部屋を見回した。
涙が自然と溢れる。
くだらない。本当にくだらない。
わけがわからない。何故、だなんて、私がききたい。
「……私が欲しいのはそういう優しさじゃないってことだよ!」
リビングのドアを叩きつけ、Fは階段を駆け上がって自分の部屋に戻る。
ベッドにはヒノリがお行儀よく座っていた。
彼女が「おかえり」というのを聞いたか聞かないうちに、ベッドに飛び込み、枕を抱いてわんわん泣いた。
そうでもしなければ、何か壊れてしまいそうだった。
違う、これじゃない。
今は自分の中に湧き上がる虚しさの海を漂うしかなかった。
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「これはFがさ…」
行く店行く店でエッグはFの話をする。
後ろをついて、荷物を持つジュエイは頷くだけだが話を聞いているアピールはしてくれる。
もう何日も部屋から出てこなかった妹が、急に顔をのぞかせた。
それ自体は良かった。エッグだってホッとした部分はある。
でも、彼女は怒っていた。
何に怒ってるのだろうか?
きっと、彼女は今どうしたら良いかわからないのだ。
だから、エッグは兄として安息を与えることに徹した。
Fの部屋のドアはノックしない。大きな声を出さない。ヒノリの相手は自分がして、平穏を保ってFの心が落ち着いたら部屋から出てこれるように。
…と、そんな時にあの大喧嘩だ。
Fが取り戻しかけていた心がまたバラバラになってしまうのを、エッグは感じた。
「そういえば、鬼姫のことをヘイカンさんに言ったらさ。」
そうそう、鬼姫。
彼女との三日間を報告したら、ヘイカンは「そうですか。」と言って消えてしまった。
結局何が目的であんな依頼をしてきたかはわからないが、まあとりあえずあの依頼は終わったらしい。ポストドロップにはスターが1つ溜まった。
なんだか拍子抜けだった。神様の仕事は大したことではないようだ。
「Fは報告してないらしいんだ。」
まあ、ほんとは、エッグではなくFの回答が欲しいことはよくわかっているのだが。
Fは生まれつき、他人の心の中を覗くことができる。
最初はそれがコントロールできず、急に倒れることもあって大変だった。
彼女の特殊能力のおかげで、エッグは物心ついた時からしばらくは全く喋らなかったらしい。
喋る必要がなかったから。
でも、エッグは幼い頃の記憶がとても薄い。
ケトンに連れられて、あの家にやってきた時のことも殆ど覚えていない。
Fは「エッグは最初喋ってくれなかった。」と、しきりにいう。
そうだっただろうか。
自分は、水の中で必死にFの名前を呼んで、どうか浮上してくれよと彼女の腕を引っ張った覚えしかない。
今考えれば、水の中でFを呼ぶということが無理難題だったか。
「……ジュデ兄はさ、どうやったら喋れるようになる?」
ふと思いついた言葉を声にしてしまう。
タブーであることはわかっている。でも今はそれを止める姉もいない。
人ごみの中、振り返り、ジュエイの瞳を見つける。
彼は瞼を閉じて一言
「呪いが解けたら」
と言った。
「そっか。」
あまり心が込められなかった。
呪いは、恨みがなければかからない。
エッグには恨みの感情はわからなかった。
だから呪いもわからない。原理とか、理由とか。呪いという存在も、極端にいえばフェアリーテールの中にしかない。
こうして身近に呪いを受けている兄がいても、共感してやれなかった。
「声が出なくて辛いだろうな。」
その程度だ。
「ジュデ兄は、喋れるようになったら誰と話したい?」
答えなんかわかっているけど、とりあえず訊いてみる。
どうせロナだろう。まあ、ここの二人も互いに言葉がいらない関係だけど。
「そう、だな……」
エッグが後ろ足で歩きながら、ジュエイは彼の進む方向を調整してやりながら、間の開く会話をする。
別に苦ではない。待てば良いことだ。
それよりも、ジュエイはやっぱりロナと同じで見た目は綺麗だった。
どれだけ見ても飽きない。見れば見るほど新しい発見がある。
今回エッグが発見したのは、ジュエイの「目」だった。
彼は右と左で目の色が違う。
左は金色、右は蒼。
その金色の左目は、猫のように縦線一本が入っている。
綺麗だなあ、とエッグは彼の目をじーっと見つめていた。
「…エッグ。」
「えっ!?」
急にジュエイとばっちり目が合う。
食い入るように見つめていただけに、少し気恥ずかしい。
「あ、え、えっと?」
「…エッグと、話し、たい。」
ジュエイは表情1つ変えず、真顔でそう言う。
ああ、さっきの話の続きか。
「…ジュデ兄って、男も落とせそうだね。」
エッグが発した何気ない言葉にジュエイの眉が反応した。
今の言葉はまずかったらしい。
「あ、いや、綺麗だし!かっこいいし!」
「……うん。」
当然だ、という態度を取られる。
彼はエッグの横をすり抜けて、先に行ってしまった。慌ててエッグが追いかける。
「ご、ごめん!」
「……良い。」
良いと言いながら、ジュエイはもっと先へ進んでしまう。
どこへ行くんだろうか。
「ねえ、ジュデ兄!どこ行くの!」
走って追いかけ、追いかけ。
人は多いが、あの金髪の流麗な姿はどこにいてもわかる。
待って、と声をかけようとした時だった。
「…?」
一瞬、知っている香りがした。
人ごみの中、知り合いがいないか探してみる。
それらしきものはない。今エッグのそばを通ったのは、短い銀髪で白い軍服の男だった。
「……あれ?」
不思議な感覚に囚われていると、肩を何か硬いものが叩く。
ジュエイだった。彼は眉間に皺を寄せて、エッグが見ていた方向を睨んでいた。
二人を避けて、人の流れができる。
さすがに邪魔だ。エッグは息を吸った。
「…お、追いかける?の?」
エッグが不安そうに訊ねれば、エッグの肩から袖に隠れた左手をはなし、首を横に振る。
「……確証、ない、から。」
ということは、ジュエイも感じたのか。
もしかしたら、この人ごみにケトンがいたかもしれない。
「……あ。」
懐かしい香りから目を逸らし、ふと脇道を見れば、冥府へ続く道が見えた。
こんな人通りのある場所だったか。でもあの赤い鳥居の先は鬼神宮があるはずだ。
「…ねえ、ジュデ兄。あのさ……。」
エッグがジュエイにお伺いをたてる。
彼は1つ頷くと、
「言うと、思った。」
そう言って笑った。
バレてたのか。完璧に隠せていると思ったが。
「だから、こっち、きた。」
ジュエイは鳥居の方向へ歩いて行く。
石畳の道、参詣客もいるようでかなり活気のある道だ。
もしかして、こっちが所謂表参道なのではないだろうか。
道を行けば行くほど、暗くなっていく。
今までの鳥居より大きなものの前に来た時は、陽が落ちたかと思うほどだった。
参道の側には赤い華が咲いている。
冷たい風がエッグとジュエイに吹き付ける。それでも二人は進んだ。
「…会えるかなあ。」
ぽつり、エッグがこぼす。
鬼姫でも、鬼神でもよかった。とにかく二人のどちらかに会って話をしたかった。
Fはこれからどうなってしまうのか、とか。
自分はどうするべきなのか、とか。
相談がしたかった。
「きっと。」
慰めのような言葉をジュエイは出してくれる。
そういえば、彼とまともに二人だけで時間をとったのは今日が初めてかもしれない。
ロナのことしか頭にないものだと思っていたが、意外とエッグに対しても気を配ってくれた。
短い言葉ではあるが、話しかければ返事をくれる。
それがとても新鮮で、エッグは事あるたびにFに話しかけてしまうのと同じようにジュエイにも話題を振った。
それで、わかったことが1つ。
こう言っては怒られてしまうかもしれないが、ジュエイの性格の根元は非常にグラゼルとよく似ている。
無責任なロナのせいで、同族かと思われがちだったが、彼自体には責任感や罪悪感はあるようだ。
カリアの店でFのことを話題にし、キャラメルを催促すれば、申し訳なさそうに頷いて12箱カゴに入れて会計まで持って行った。
また、その間にグラゼルの話題を出せば不服そうな顔をしつつ、この前カリアが渡してくれたチョコレートを一枚、会計に加えた。
そのチョコレートにはささやかな報復のためか、落としてヒビを入れていたが。
そんな性格だから、先ほどの喧嘩も同族嫌悪が増長させたものだったかもしれない。最初はお互いに責任のひっ被りあいをしたのではなかろうか。
だったら、Fは「くだらない!」と思ってるに違いない。それで殺し合いが始まるなんて、馬鹿げている。
「ジュデ兄って優しいよね。」
エッグはそう言いながら、鬼神宮と書かれた大きな鳥居を抜けて参道の真ん中を行く。
人間は端を歩く。神様は真ん中。
鬼姫から得た知識だ。
「ジュデ兄ともっと話したいなー。呪いってどうやったら解けるのかな。」
ね、と振り返った先、ジュエイはいなかった。
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参った。エッグが消えた。
ジュエイは冷や汗を流す。もしかしなくとも自分のせいだ。
自分が前を行くべきだった。少し気を抜き過ぎてしまった、と今更悔やむ。
ここは冥府だ。何もごまかすことはできない。
鬼神の目は真実のみを映すという。だとしたら、もうとっくに彼もわかっているはずだと思ったが。
自分の持つ金色の死神の目に、エッグは映らない。何故かはわからない。でもその現象がについて考えられることはいくつかある。
1つ、エッグが幽霊であること。
しかしこの世界であれ、人間界であれ、幽体が実体を持つことはないのでこの説は否定される。
2つ、エッグが魔術や神の力の行使によって作られたホログラムであること。
これも実体を持つことはないのであり得ない。
3つ、エッグが死んでいること。
ジュエイは、彼があの家に来た時からその線を追っていた。もし、死んでいるはずの何かであれば自分は彼をなんとかして輪廻の輪へ還してやらねばならない。
ことに、彼が神という種族であるなら、迅速に。そうでなければどこかで世界のほころびが出てしまうからだ。
しかし、しかしだ。
彼は生きている。心臓があり、微弱ながら神力を持ち、魔力を宿して動いている。
肉体に異常もない。ロナの魔術の影響を受け、あらゆる刺激を感知することができた。
あれはなんだ?
死神のジュエイにすら、エッグの正体がつかめなかった。
それをケトンに訊ねたことがある。
ケトンは、ただ笑って
「俺の大事な弟だよ。」
と、言った。
大事な弟。
彼がちゃんとそう公言するのだ。
ただの拾い子ではないと、そういうことだ。
「エッグは生きてるじゃないか。少しずつ感情を得て、今じゃFの立派なお兄さんだ。何か問題あるの?殺せって言われたとか?」
ケトンが放つプレッシャーに圧し負け、ジュエイはそれ以上をきかなかった。
でももし、彼が死神達の求める理想と均衡を崩す存在だったら。
本当は輪廻の輪へ還らなければならないのだとしたら。
その時は自分がエッグを殺さなければならない。
そう思っていた。
だから、鬼神に会って何もなかったと聞いた時は心の底から安堵したものだ。
鬼神に会わせると聞いた時、ジュエイは猛抗議した。
グラゼルの縁の者とはいえ、鬼神は人間の魂循環させる要の神だ。だとすれば、エッグを見たときに何かに気づいて、そのままあの世へ送られてもおかしくなかった。
その時もグラゼルに対してはなんと愚かな神かと怒り気味ではあったが、結果としてエッグは守られた為に許すことができた。
ところが、今日は。
鳥居をくぐった瞬間、エッグの姿が見えなくなった。
もともと片目にだけ映る存在だったとはいえ、こうも完璧に消えてしまうことなどあろうものか。
ジュエイも急いで鳥居をくぐったが、やはりエッグの姿は見つけられない。
全く、迷子になるのが得意な弟だ。
周りを見渡しても、弟はいない。
たった一人の弟だ。できればジュエイは彼を大事にしたかった。
その、疑念が杞憂だったことがわかってからは。
正殿は戸が閉められ、参詣客が並んで鈴を鳴らし続けている。
あの奥に鬼神がいるのだろうか。いや、それはない。
仕事柄、何度かジュエイはここに来たことがある。その時は正殿の戸は全て開かれ、鬼神が座って亡者を裁いていた。
そうか、そもそも場所が違うのだ。
おそらく、ここは鬼神宮の表の姿。
裏に行かなければ、本来の鬼神宮に辿り着くことはできない。
裏の鬼神宮への行き方がわかれば、鬼神を問い詰めることができる。
ジュエイは静かに息を吸った。




