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Stella Notes  作者: kisi
第1部 神域編
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第11話



エッグが寝て、また起きるとそこにいつか以上の大惨事が広がっていた。

ケトンが敷いていた結界がなくなったおかげでぐしゃぐしゃになったリビングの机。無造作に置かれた椅子。

割れた食器や、折れた柱。

壁についている傷跡から、それはグラゼルがつけたものだとすぐにわかった。

そして、彼にこんなことをさせるのは一人しかいない。


「巫山戯るなよ貴様アアアアアアアアアアアアアア!!!!」


外からとんでもない怒鳴り声が上がる。

グラゼルの声だ。ケトンが帰ってきたのだろうか?

急いで玄関で靴を履き、外に飛び出す。

しかし、ケトンはいなかった。


「……何やってんの?」


グラゼルの前にはジュエイがいた。

ジュエイはヒノリを抱えて、逃げ回っているらしい。

抱えられているヒノリは恐怖に慄き、真っ青だ。最早声すら出なくなっている。

それはもうトラウマものだろう。ジュエイに抱えられているとはいえ、鬼の形相をしたグラゼルに追われているのだから。

つまり、そういうことか。

姉が、ジュエイに告げ口したのだ。

ヒノリがグラゼルに奪われてしまうと、そうジュエイに伝えたのだろう。

ジュエイは異常に口数が少ない。だから、グラゼルに抗議しにいった時に彼の地雷を踏み抜いたに違いない。

どんな言葉を使ったかは知らないが、ここまで大喧嘩に発展させる必要があったのだろうか。


それよりもヒノリを降ろしてやってほしいとエッグは思った。


「ねえ、降ろしてあげてよ……」


エッグがジュエイに呼びかけるが、ジュエイは首を横に振る。

困った。このままではヒノリが恐怖で伸びてしまう。


「ヒノリ怖がってるからさ……兄貴もさ…」

「煩い!」


もう手がつけられないほど、グラゼルは怒り狂っていた。

瞳は真紅に染まり、眉間には深い皺が寄る。

あー、もう嫌だ。

どっちもヒノリのことを考えていないじゃないか。


「……良い加減にしてよ!」


久しぶりに聞いた声が、背後からした。

エッグが振り返ると、そこには双子の妹の姿があった。

マフラーに顔半分が隠れてしまっているが、表情が全くない。要は彼女も非常に怒っているのだ。

かなり、ひょっとすると今までで一番怒っていたかもしれない。

Fは無表情のまま、ジュエイからヒノリをひったくると妹を地面に降ろし、立たせる。

ようやく恐怖から解放されたヒノリはFに抱きついた溜め込んでいた涙をわあわあと吐き出した。

よっぽど恐ろしかったのだろう。Fからしがみついて離れない。

そんな状態の妹の背中をぽんぽんと叩いて、Fは彼女と手を繋ぐ。


「ヒノリ、行こう。」


それから、そのまま家の中へと帰ってしまった。

その場にいた全員が呆気に取られかけていた。

すごい。やっぱりFはすごい。

エッグは心の中で素直に拍手した。


「…どうすんだよ。兄貴、ジュデ兄。あいつ本当に怒ってるよ。」


ああなってしまったらもう彼女の機嫌をとるのは困難だ。

今日1日はまず口をきいてくれないだろう。

先が思いやられる。こんなんで、引っ越しなんてできるんだろうか。


一方、兄二人はにらみ合ったまま動かず、緊迫した時間が相変わらず続いた。

お互い、間合いを図っているのだ。じっと息を止めて、相手の隙を探している。

兄弟でやることじゃないだろ、とエッグは言ってやりたかった。

けど、言ったらどっちかに隙ができる可能性もある。その瞬間に死人が出るかもしれない。だから声も出せない。

特に、ジュエイの集中力を切らしてしまったら、グラゼルは一度で彼の急所を取ることができる。

兄弟での殺し合いなんてエッグは真っ平御免だ。それだけは避けねばならない。

一番有効な手段は誰かが間に入ることだ。

……やるしかない。


「もうやめようよ!Fが怒ってる意味わかってないじゃん!二人とも!」


エッグが間に入り、二人の説得を試みる。

わかってたことだが、二人の視界に自分が入っても状況はあまり変わらない。

エッグ越しに睨みをきかせ、牽制する。

もうだめだと諦めた時、二人に天誅が下った。


コツン、と良い音がして二人の頭に何かが飛んできた。

硬く、スピードもついて、角が尖っていたため、かなり痛い。

グラゼルとジュエイが何かが飛んできた方向を睨むとFが窓から身を乗り出してこちらを見ていた。

二人が気づいたことを確認すると、彼女は思いっきり舌を出し、思いっきり窓を閉めきる。


「おい、F!」


最初にその場から去ったのはグラゼルだった。

玄関から階段を上がって行く足音が聞こえる。

なんとかなった、とエッグは思った。

ふう、と一息つき、Fが投げつけたらしいものを探す。

かなり感情的な行動だったに違いない。Fの大事なものだったら回収して返してやらなくては。

呆けながら家を見つめるジュエイをよそに、エッグはよく目を凝らし、飛んできた何かを探した。


「…あった!」


落ちていた一粒、二粒。

これはいつかのキャラメルの包みだった。

よっぽど投げるものがなかったのだろうか。それとも何か意味があるのか。

よくわからないけど、ひとつはジュエイに渡さなければならない気がした。


「…ジュデ兄。これ、Fからだよ。」


エッグが声をかければジュエイは振り返る。

ジュエイのローブの裾で見えない手の上に、エッグはキャラメル握らせた。

余計ジュエイは困惑している。


「…キャラメル……?なんで?」

「さあ?Fに聞いてよ。」


こういう「思し召し」の類はエッグにはわからない。とにかくエッグはジュエイにキャラメルを握らせることに成功した。

妹もこれで満足だろう。多分。


「…エッグは…帰る?」


ジュエイが首を傾ける。

そうだな、今帰ってもきっと、面倒に巻き込まれるし、兄貴とFが何か交渉するだろう。

何かしたいことがあったかな、とエッグは記憶を辿った。

出来ることなら、今のうちに鬼姫に会いたいと思う。

最後に見た彼女の涙を思うと、可哀想でならなかった。

彼女が会いたいであろうFは連れていけないが、自分だけだったら多少は身軽に動けないだろうか。

若しくは……


「……ジュデ兄、ちょっと散歩しに行こう。美味しいケーキ買って帰ろう。Fの機嫌取らなくちゃ。」


若しくは、保護者にいてもらうか、だ。

きっとそれがいい、とエッグはジュエイを誘う。

彼のうん、わかったという声を聞いた時、エッグの計画がスタートした。




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