びっくりするほどユートピアァッ!
目の前で繰り広げられる光景。
高校生くらいの男の子が、パンツ一枚で一心不乱に何かやっている。狂気の沙汰としか思えない。
半透明の彼女は心の底から思った。
『何なのこの人……』
◇
俺は夜、ベッドに寝転んで怖い話を読んでいた。いや、基本ビビリなんで怖いの苦手なんだけれども、たまぁーに刺激を求めて怖い話を読みふける時がある。家族と一緒に住んでるし、夜でもひとりじゃないって安心感もある。特に、隣の部屋にはゴリラみたいな姉貴がいる。幽霊とかでても、絶対あの姉貴なら叩き潰すに違いない。
俺の最近のお気に入りは、インターネットの某掲示板の書き込みだ。ウソか本当か分からない体験談や、まゆつばものの迷信など、ユーザー同士のやり取りもふくめて読み物としておもしろい。そういうサイトがあるのは知っていたけど、実際に覗いたのは初めてでその面白さに前のめり気味になった。今読もうとしているスレも面白そうだった。
『怖い現象起こってるけどどうしたらいいですか』
◆
1.
今、困ってます。とりあえず書けるだけ状況書きます。
大学進学の為にアパートを借りて独り暮らしを始めました。学校に通い、数ヶ月は順調に暮らしていました。大学に近い事もあり、だんだん友人の溜まり場になって行きました。
2.
>>1 見てるよ
3.
>>1 続きはよ
4.
ある日、いつものメンバーで夜集まってたら「肝試ししよう」という話になりました。この辺に心霊スポットあるとか聞いた事ないし、別にみんなで夜出歩くだけならまあ大丈夫かと軽い気持ちでした。それになんて言うか、ビビってるって言われたくなくて強がりもあって。ここで友人3人をA・B・Cとします。みんな出身はバラバラで大学入ってから仲良くなりました。
アパートの近くに小さな石碑がありました。小さいんですが鳥居があって、石畳の細い道があって、その奥にそれはあるんです。何を祀ってあるとか全然知らないんですけど、いつも何かお供えものがあったり、花が飾ってありました。
5.
>>4 やめろ
6.
>>4 やめろ
7.
>>4 DQNざまあ
8.
>>4 それアカンやつや
9.
友人と一緒なのもあり、気が大きくなってました。その石碑に一人ずつタッチしてこようという話になりました。鳥居の前にみんなならんで、じゃんけんの結果、俺は2番目になりました。
1人目が行きました。スマホのライト機能を使い、暗闇に消えて行きます。その時からなんだか嫌な感じがしてました。
すいません、具合悪くなってきたんで今日はここで終わります。明日また書きます。
10.
やばそうな匂い
11.
>>9 大丈夫か?
12.
>>9 待ってる
13.
>>9 ちょっと。そこ知ってるかも。それって◯◯県の◯◯ってとこ?
14.
戻りました。
>>13 そうです、◯◯です。有名なんですか?
続き行きます。
結果から言って、俺たちは何か良くないものを連れて来てしまったようです。それか祟られてる。その日から俺や友人ABCの周りで、心霊現象みたいなのが起こり始めました。まじで怖いんです。どうしたら止まりますか。
15.
友人ABC含めてお前らにどんな事が起こってるのかそこんとこ詳しく。
16.
お祓いしてもらえ。神社いけ。
17.
鶴瓶に会いにいけ。
18.
>>17 なぜに鶴瓶?
19.
>>18 鶴瓶氏は最強のパワースポットらしいぞ。マイナスのエネルギーを吹き飛ばしてくれるって。
20.
俺の場合なんですが、部屋に1人でいたら誰かの足音や声が聞こえたりします。来客のチャイムがなって、のぞき穴から見ても誰もいません。無視するとずっとチャイムが続きます。でもドアを開けてみても誰もいません。あの音が嫌になってチャイムぶっ壊しました。怖いので今友人達に泊まってもらってます。話を聞くとABCも似たような感じでした。でもCだけちょっと違います。夜金縛りにあったとか、足を掴まれたとか、目が真っ黒の怖い女に追いかけられる夢見るとか。……最近、Cは誰もいない方向にブツブツ話しかけたり、たまに壁に頭打ちつけたりしてます。ほんと怖いんです。
21.
>>17 俺まじで困ってるんで真面目にお願いします。
>>16 お祓いってお金かかりますよね? 自分達でできるのなんか無いですか?
22.
俺13だけど。そこ俺の地元。それかなりヤバいんじゃないか? あそこはな、荒神様祀ってんだよ。今すぐ◯◯神社に連絡して事情説明しろ。助けてもらえ。
23.
>>20やらかしたな。素人意見だがお供えもの持って誠心誠意そこの神様に謝った方がいいんじゃないか?
24.
>>20 とりまユートピアやっとけ
25.
やべぇ超KOEEEんだけど。頭壁に打ち付けるとか正気の沙汰じゃない。
26.
トイレいけない( ´・ω・)チビ太
27.
>>20 塩まいとこ
28.
>>24 それな。
29.
Cが行方不明になった。誰か助けて
◆
「うっわぁー……こえぇ」
思わず声に出てしまった。
>>1がその後どうなったかは分からない。本人の書き込みは29で終わっていて、掲示板の住人たちが事件だ釣りだと騒いでいた。まあ本当かどうかはわからない。
俺は霊感なんて皆無で、怖い体験とかもしたことない。普段なら部屋の様子なんて何にも気にならない。だけど怖い話をみたりした時なんでか部屋の隅っこや、小さい音にビビってしまう。今みたいに。ただいま23時30分。どうしよう、尿意を催してきた。
「ああ、トイレ行きたくねぇなぁ……」
ベッドから身体をむくりと起こし、ドアの方に視線をやったその時だった。半透明で白っぽい"何か"が視界を通り過ぎた気がした。
「ふぁっ……!?」
いやいやいやいやちょっと待って!!
なに、今の。気のせい……だよな? 埃のかたまりがぶわっと一斉に移動したんだよな。あああでもやばい、今のでちょっと漏れそうになった。早くトイレ行かないとまずいかも。けどちょっと怖い。
ああーー、どうしよーー!
……閃いた。俺は遠慮がちに部屋の壁をコンコンと叩く。隣はどう猛なゴリラの部屋だ。
「ね、姉ちゃんっ、 起きてる?」
しばらく間があって、ドォンっと壁が激しく鳴った。そしてパラパラと塵が天井から落ちてきた。壁抜けるんじゃないの。さすがゴリラ。
「うっせー! 早く寝ろ、潰すぞ!」
壁越しに、いつもの姉貴がいつも通りに応えた。そうだ、いちばん怖いのは姉貴の理不尽な暴力だ。それに比べたら、幽霊なんてかわいいもんだよ。
俺は意を決してトイレへ向かった。
◇
半透明の少女はフワフワと漂っていた。自分がなぜにここにいるか、何をしているのか、全然わからない。気がついたらこの部屋にいた。ポカポカして気持ちよくて、そのままふわーっと上に行ったらもっと気持ちいいだろうなぁと考えていた。高校生か、それよりも少し上の年齢のように見える。
「はぁースッキリした」
そう言って部屋に入ってきたのはさっきの少年だった。こちらも高校生くらいのようだ。部屋の壁に制服が掛けてある。その下には重そうなスポーツバッグが置いてあった。まだピカピカだ。彼はゴロンとベッドに寝転び、何気なく天井を見た。
見た瞬間、目があった。
半透明の少女と。
「ひっ……!!」
彼は目を見開き、体が硬直したように頭からつま先までピーンと伸びた。毛穴からブワっと冷や汗が出る。いつまで見つめ合っていただろう。耐えかねた少年は目をギュッとつぶり、ブツブツ小声で呟き始めた。
「ゴリラが一番怖い、ゴリラが一番怖い、ゴリラ怖いゴリラ怖い……!」
パッと目を開けると少年はベッドから跳ね起き、謎の浮遊物体と対峙した。半透明の少女は相変わらずフワフワ浮いていて、きょとんとした顔をしている。目がぱっちりしたかわいい女の子だった。彼はちょっとだけ冷静さを取り戻し、「かわいいじゃんかバカやろう」と思った。
少年は背を向け、ゴソゴソ漁りだした。自分のバッグから千円札を取り出したようだ。指で挟んでお札のようにピッと少女に向ける。
「くらえっ! 悪霊退散っ!!」
少年はドヤ顔だった。
『……? 』
思考回路がハッキリしていない少女は、目の前の少年の行動がよく分からなかった。
「あっれぇ、効かないのかな。お札に偉い人の顔が書いてあるのは意味があって、魔除けになるって聞いたんだけど。……やっぱり一万円札じゃないとダメかな」
少年は千円札を財布に戻した。
「仕方ない、アレをやるしかない……本当は全裸にならなきゃいけないけど、かわいい顔に免じてパンイチで勘弁してやろう!」
少年はおもむろに服を脱ぎ始めた。結果パンツ一丁になった。半透明の少女に向かって尻を突き出す。そしてお尻ペンペンの要領で、自分の尻を思いっきり叩きだした。さらに唾をとばさん勢いでしゃべり出す。
「びっくりするほどユートピア!
びっくりするほどユートピア!
びっくりするほどユートピアァッ!!」
——解説しよう。
「びっくりするほどユートピア」とは一種のおまじないである。方法はいたって簡単。全裸になってベッドに登り、尻を突き出しす。そして尻を叩きながら「びっくりするほどユートピア!」とハイテンションに叫ぶのだ。十分やれば効果絶大。尻を叩く時は左右交互、ベッドは上り下りを繰り返し、白眼を向きながらやると良い。気分が落ち込む時、元気を出したい時、怖い話を見た後のリフレッシュにと用途は様々だ。そしてこのユートピア、実は幽霊撃退にも効果があると言う。その道の人いわく、「あんなもん見せられたら霊もビビってどっか行くわ」ということだった。
これを見た少女はあ然とした。強烈すぎる。何をやっているのこの人は。しかし彼はいたって真剣に「びっくりするほどユートピア!」と繰り返し、自分の尻を叩きまくっている。少女はだんだんと可笑しくなってきた。それと同時にぼやけていた意識がハッキリしてきた。するとなおさら目の前の光景が可笑しくてたまらない。
『ふ、ふふ……あはは! あはははは! もうやだー、なにやってるの!』
少年は気づかない。髪を振り乱し、一生懸命ユートピアをやっている。ひとしきり笑ったあと、彼女は少年を見た。やっている事は馬鹿以外なにものでもないけど、人の良さそうな少年だった。
"はぁー、おかしい。……さ、あたし戻らなきゃ。ありがと、おかげで思い出したわ。バイバイ"
少女はすうっと消えて行った。しかしそうと知らない少年はやり続けた。叩きすぎてジンジンする尻。額からは汗が滲んでいた。そして少年は知らなかった。彼が一番恐れるあの人が近づいてきている事に。
「びっくりするほ——」
「おいコースケ ! 夜中にうるせぇんだよ! いい加減にしろっ!!」
バンと開いた扉から、少年——もといコースケの姉が姿を現した。小さい身体に可愛らしい幼い顔。眼尻はつり上がって、性格は強気に見える。小さな身体に似合わず、胸はふるるんと大きかった。
「ひっ……姉ちゃん……」
姉は見た。自分の弟がパンイチで奇声を発している所を。そして自分の尻を叩いている所を。
コイツやべえ。
即座にそう思った姉は、その体に似合わない強烈な蹴りを弟に食らわせた。重みのあるローキックはたいそう効けて、弟はその場に崩れ落ち、朝まで目を覚ますことはなかった。
◇
コースケの自宅から少し離れた所に大きな病院がある。そこに交通事故にあった少女が運び込まれていた。すぐさま処置を施すも意識不明。三日間、生死の狭間をさ迷っていた。そして四日目の夜中、ついに彼女の意識が戻った。その時の彼女は少し笑っていたという。
目のぱっちりした、可愛らしい女の子だった。
入院生活で辛い時、心細い時、彼女はとあるフレーズをつぶやいた。母親が「なあにそれ」と聞くも、彼女自身もよく分からないと言った。
「でもね、なんだか元気が出てくるんだ。この言葉、元気の出るおまじないなのかも」
彼女は半年間の入院生活を送り、無事に退院できた。しかしリハビリや勉強の遅れもあり、留年することとなった。
季節は移ろい、次の年の春。暖かな日差しが降り、桜の花びらがハラハラと舞い散る頃。高校二年に進級したクラスで、ひと組の男女が顔を見合わせた。ゆっくりと交わる視線。互いにぼんやりだけど、どこかで会ったような気がした。
さてさてこれからどうなるか。
それはまた、別のお話で。