第96話 幼馴染みの急接近
五日後。すなわち、漁師が予告した日の前日になった。
あれから、悪戯は学食での昼飯の交換のみになっていた。
今日もまた、トールは運搬途中で入れ替わった魚料理を肉料理に交換するため、ウルリッヒと一緒に受け取りコーナーへと向かって歩く。
トールは、列に割り込まず、後ろに回り、自分の番を待った。
「肉に交換してください」
トールは順番が来てお盆を差し出すと、獣人族のウルスラおばちゃんは、イノシシのような顔をクシャクシャにして、耳をピクピク動かして笑う。
「またかい」
「ええ、すみません。魚を食べろとうるさい人がいまして」
トールが交換を終えたその時、後ろからイヴォンヌの声がした。
「ねえ。ト、トール」
「え? ど、どうしたの?」
振り返ったトールは、後ろにいるはずのウルリッヒが、いつの間にかイヴォンヌに代わっていたので、びっくりした。
「私、トールよりも、ハヤテがいい。ねぇ。二人だけの時はハヤテって呼んでいい?」
「そんなことを言いに来たの?」
「違うの。さっき魔法学のエンゲルバッハ先生と廊下ですれ違ったんだけど、特待生全員を昼休みに講堂に集めろって言われて」
「何でまた君に?」
「知らないわ。それより、大事な話があるの」
そう言うとイヴォンヌは、ソッとトールの耳元でささやいた。
「今夜9時に、私の部屋に来て。ルームメイトは席を外すことになっているから大丈夫。ハヤテの未来に起こる話をしたいの。だから、必ず来て」
トールは、ひどく動揺した。
女の子に耳元でささやかれ、甘い匂いの息がくすぐったかったというのもあるが、『自分の未来に起こることをイヴォンヌが知っている』ということに心底驚いたのだ。
なぜ彼女がそんなことを知っているのだろう?
未来予知の能力が使えるのだろうか?
イヴォンヌが、トールの肩越しにウルスラおばちゃんへ「トールと同じメニューを」と声をかける。
「なんだい、あんたら、仲がいいねぇ!」
ウルスラおばちゃんは、上機嫌だ。
「はいよ、お待ちどう!」
「おばちゃん、ありがとう」
「今度、恋バナでも聞かせておくれよ」
「ええ」
「おいおい……」
食事の載ったお盆を持って、イヴォンヌは右側の腰と右側面の胸をトールにくっつけてきた。
「ねえ、一緒に食事していい?」
「あ、……ああ。」
そばにいてお盆を持ちながらトールを待っていたウルリッヒは、「じゃ、僕はむこうで」と気を利かせて去って行く。
「あのー、イヴォンヌ。一体、どうしたの?」
「いいじゃない、いつもの男同士じゃなくて、たまには女の子とでもお食事を」
「いや……」
「え? 男性が好きなの? そっちの趣味?」
「いやいやいや……」
「魔法学校の英雄さんは、たまには女の子ともお付き合いするのよ。……あ、あそこにちょうど席が二つ空いているわ」
それから、トールとイヴォンヌは、周囲の注目を一身に集めながら食事をした。
終始、真っ赤な顔をしているトール。
隣で寄り添うように座って、時々肩をくっつけても平然とした顔をしているイヴォンヌ。
たちまち、周囲は二人の噂で持ちきりになった。
たまたま、シャルロッテもマリー=ルイーゼもヒルデガルトもいなかったからよかったものの、いたら一悶着あったはず。
気が気でないトールは、食事もろくに喉が通らない。
「あのー、もうそろそろ行こうか」
「そうね。……あ、そうそう、午後9時。忘れないでね。あなたの将来の、は・な・し」
彼女の誤解を招きそうな言い方に、魔法学校の英雄の頭から湯気が上った。
それから二人は手分けして残りの特待生四人を集めて、全員で講堂へ向かった。




