第94話 生徒と教師の密談
トールとシャルロッテは、教職員の城を後にした。
二人は坂道をぶらぶらと上りながら、言葉もなく歩いた。
途中、鳥たちがさえずる声が、あちこちでする。
草むらからウサギが耳と頭を覗かせる。
平和な山の光景だが、トール達の心は晴れない。
「ねえ、シャル。この学校、なんかおかしいよ。僕は授業中にいろいろ教科書が悪戯されるし」
「私はそんな悪戯はされてないわよ」
「ほんとに? だとすると、僕だけかなぁ。笑えるような子供だましみたいな悪戯なんだけど、気に入らない」
「気に入る悪戯なんて、あるわけないじゃない。それで喜ぶなんて、ドMね」
「黒猫マックスと同じことを言うなぁ。……まてよ、マックスがいるじゃないか!」
「ど、どうしたの急に!?」
「彼に探ってもらうよ。猫がいても、油断して内緒話を平気で話す奴もいるかもしれない」
「トール、あんた、ばっかねぇ。マックスってローテンシュタイン語、からっきし駄目よ」
「うっ! そうだったか……。ん? 誰かいる。隠れて!」
年長組一年生の城にさしかかったトールは、近くの茂みにシャルロッテと隠れた。
二人の視線の先には、ちょうど校門から辺りを窺うようにキョロキョロして出てきた二人の人物がいた。
堂々としていればトールも通り過ぎたのだが、いかにも泥棒みたいに怪しいそぶりなので、隠れたのである。
彼は、探偵気分で、二人の会話に聞き耳を立てた。
「エンゲルバッハ先生。手はずどおりですよね?」
「もちろん。あ、ここでは先生は、やめたまえ」
エンゲルバッハという名前は、心当たりがある。
午前中の魔法学の先生だ。
しかし、口髭がない。髪型も違う。
トールは自分の記憶にある先生の顔と、エンゲルバッハと呼ばれた男の顔を、頭の中で照合した。
彼の頭の中で、チーンと音がした。
口髭の有無と髪の毛のスタイルが違う以外は、一致する!
もう一人は誰だ?
トールは、ゾッとした。
あの薄紫色の髪の七三分け。昨日会ったカルル・ブリューゲルだ。
「ティモとコルネリウスには話は付いていますよね?」
「それはもう。今頃、上で断られているはず。そして、奴が直訴に来ても断ることになっている。コルネリウスにがつんと言われて、心が折れているはずだ」
トールは、ティモとコルネリウスという名前を思い返した。
ティモ・フォイエルバッハ!
コルネリウス・グラートバッハ!
体育の講師と、さっき会った校長先生だ。
(直訴? 断る? ……それって、僕の行動が完全に読まれていたのか!?)
「じゃあ、エンゲルバッハさん。奴が精神的に弱ったところで、次の作戦に行きますけど、いいんですよね?」
「もちろん。そこに五番手が行くように編成を変えてある。それまで、『あれ』をあいつに今のまま続けさせればいいかね? ジャブのように」
「ああ、『あれ』? 適当にどうぞ。あんまり『あれ』をやると、ホシが誰だか気づかれますから、明日はやらず、明後日はやるってペース配分で。では、一週間後」
「じゃ」
カルルは城の中へ素早く戻る。
エンゲルバッハは、なんと両手で頭と顔を一撫ですることによって、口髭と髪の毛を元に戻し、教職員の城に向かって道のない斜面を走って行った。
トールとシャルロッテは、顔を見合わせた。
「ねえ、トール。もしかして、悪巧みの会話?」
「ああ。シャルは知らないと思うけど、薄紫色の髪の男は、フェリクスの兄貴のカルルだよ。そして、もう一人は今日の魔法学の先生」
「えええっ!?」
「あの先生、素手で簡単に変装した。てか、元に戻った。なんか、僕らの周りは敵だらけのような気がしてきたよ」
「敵!?」
「ああ。前にグリューネヴァルトのジークムントが言っていた話が気になっていてね。この学校の先生は、クラウスさん以外は、もしかしたら、とんでもない人たちかもしれない。12ファミリーに操られているのかもしれない」
「そんなぁ。……ねえ、これからどうするの?」
「悪戯は、されるままに無視する。問題は一週間後。五番手って、きっとファミリーの誰かのことだよ。また大暴れになるかもね」
「校庭に穴開けないでよね」
トールは苦笑いをした。
シャルロッテも笑った。
だが、二人が考えていることよりももっと大きな事件が、一週間後に起こるのである。




