第93話 悪戯から妨害へ
昼食の時間になった。
トールは学食で、ルームメイトのウルリッヒと一緒に、サンドイッチとひよこ豆のスープを食べていた。
すっかり仲良しになった二人は、世間話から授業の話になった。
「ウルリッヒ。どうも僕は、授業中に邪魔をされているみたいなんだよ」
「そりゃひどいな。じゃあ、僕が後ろの席で監視していてあげるよ。魔法をかけるときは、必ず動きがあるから、動いている奴を探してあげる」
「ありがとう、ウルリッヒ」
午後は科学。
講師はアントン・メンゲルバッハ。
胸まで届く金髪を真ん中分けした碧眼の好青年。
第一印象は、男なのに、男装の麗人。
女生徒の間で、たちまちファンができた。
しかし、男の間でついたあだ名は、オカマ。
生徒がお楽しみの科学の実験は、明日の授業で行うことになり、今日は退屈な座学だけだった。
トールは教科書を開いた。
開くやいなや、彼は肩をすくめた。
なぜなら、開いたページの活字が賑やかに踊っていたのである。
仕舞いには、紙の上で活字が一斉に立ち上がり、右に左に走り回り、方々で喧嘩が始まった。
彼は後ろの席にいるはずのウルリッヒの方を見た。
しかし、彼の視界に飛び込んできたのは、机にうつ伏せになっていびきをかいているウルリッヒだった。
他の生徒は、全員教科書に視線を落としていて、トールを見ている者はいない。
クスクス笑っている者もいない。
授業が終了すると、トールはまだ眠っているウルリッヒを起こしに行った。
「ああ、ごめん。昼を食べ過ぎて寝てしまったらしい。少し前まで、怪しいのがいないかと目を光らせていたんだが、突然、猛烈に眠くなって」
彼の弁解は、嘘ではなさそうだ。
邪魔者を眠らせた、といったところだろう。
一体、誰がどのようにしてトールを、ウルリッヒをも邪魔しているのか?
彼らには皆目見当が付かなかった。
今日最後の授業は、体育。
講師はティモ・フォイエルバッハ。
体育と言っても、実際は、箒に乗る練習がメインだ。
ここで、一悶着が起こった。
トール達特待生は、箒がない。
持って来いと言われていなかった。
なので、昨日のようにトールがイヴォンヌを、マリー=ルイーゼがイゾルデを背負って、強化魔法で校庭まで駆けていった。
ところが、フォイエルバッハが「箒を持ってきていない者は見学。さらに授業を受けなかったことにして単位をやらない」と言い出した。
トールは納得できず、フォイエルバッハに食い下がる。
「入学の際に、箒を持ってくるようにとは聞いていません」
「なんだね、君は? 『学校に来るとき、服を着てきなさい』って、いちいち学校側が言うのかね? 箒はそのくらいに持っていることが常識なんだが」
そんな常識なんか知るか、と思ったトールだが、同じく納得がいかないシャルロッテとグラートバッハ校長のところへ直訴しに行くことにした。
二人は、大股で教職員の城へ向かう。
ところが、驚いたことに、グラートバッハ校長も同じことを言うのだ。
取り付く島もない。
そこでトールは、学校のフクロウ便を借りて、養母のアーデルハイト・ローテンシュタインへ連絡を取ろうとするが、なぜか校長は貸し出そうとしないのである。
「実家に至急連絡を取りたいのですが」
「寄宿制の帝国魔法学校の決まりで、生死に関わるような緊急事態以外は、連絡を取れないことになっている」
トールは、昨日の怪我が生死に関わるかというと、そうでもなかったのに連絡が取れ、今回は取れないことに、開いた口が塞がらなかった。
(敵の魔の手が迫っている)
彼は右手に指輪をはめていなくても、直感でそれを感じ取った。
そして、次々と起こる解せない出来事が積み重なって、それは確信へと変化した。
(悪戯は度を超えつつあったが、所詮は悪戯。
今度は教師が、僕をあからさまに困らせようとしている。
異世界最強の力を持つ者へのやっかみ?
いや、違う。
これは、僕の心を折ろうとしているに違いない。
狙いは何だ?
魔力は心の強さに依存する。
だから、魔力を弱らせるには、相手の心を折る必要がある。
間違いない。それが狙いだ)




