第90話 ファミリー筆頭らしからぬ策略
ここは、年中組三年生用の城の屋上。
さっきから、二人の少年が一人の金髪の少年を交代で殴り続けている。
顔中あざだらけになり、唇が腫れた少年が、頭からドオッ倒れた。
殴る方も疲れたのか、肩で息をしながら、倒れて動かなくなった少年を見つめている。
「グスタフ兄さん、そのパンチ、強すぎますよ。多少は手加減しないと、そいつ死んじゃいますって」
「るせい、カルル。ドジ踏んだ奴は、拳の痛みを骨の髄まで染み込ませないとな」
グスタフと呼ばれた少年は、巨体を揺らす金髪碧眼の少年。
カルルと呼ばれた少年は、さきほどトールに剣を納めさせた少年。
殴られている少年は、トールに無謀な私闘を申し込んだフェリクスだ。
「グスタフ兄さん。ここって、誰も来ないよね?」
「来ねえよ。魔法使って暴れても大丈夫。なにせ、この俺が結界張っているから、センコーにだって気づかれねえぜ」
グスタフは、倒れたフェリクスの金髪をわしづかみにして上体を起こし、グイッと顔を近づける。
「俺の長かった自宅謹慎がようやく解けて、久々の年中組三年生の学園生活を楽しもうとここに登校した記念すべき初日に、何やってくれたんだよ! ああん!?」
彼の、階段を上るように、どんどん語気を荒げる声に対して、フェリクスは息も絶え絶えで、目を閉じたまま声も出ない。
「気絶したみたいですねぇ」
「ちっ! ……でもよう。俺らに殴られてこれじゃ、あの最強野郎に勝てるわけがねえ」
「確かに。あいつは、潜在能力では、僕らの遙か上ですから」
「言うな! 胸くそが悪くなる! 魔法ファミリーの頂点に立つ家系に生まれた俺らが、この世界で最強じゃないと困るんだよ! わかってんだろ!!」
「グスタフ兄さん、ごめんなさい。確かに、そうですね」
「しっかし、どうなっているんだよ!? 最初の手はずでは、あの最強野郎が魔法を使う度に失敗し、自信をなくさせるはずだろ!? 失敗させるために、フェリクスが小細工を仕掛けるはずだった。正面からぶつかれなんて、誰が言った!?」
「いいえ。僕は言っていませんよ。卑怯な手口ならいくらでも使っていいから、奴の魔法を失敗させろとは言いました。手下にはファミリーなんか使う必要はない、その辺の奴らを使え、と」
「話が違うぜ! なんで、雑魚じゃなくて、初っぱなからファミリーの筋金入りの奴らを担ぎ出したんだ? しかも、全員ボコボコにされて、最強野郎に自信をつけさせて! あのシュテファニーの火球をぶっ飛ばすには、今まで使えなかった数段上の力を引き出したはず。三つ首の大蛇を倒す程度の力じゃ、絶対に対抗できないからな」
「確かに、グスタフ兄さんのおっしゃるとおり、戦いながら力の出し方を覚えて強くなったんでしょうね」
「感心するな、カルル! それより、なんでこうなった!?」
「知りませんよ。フェリクスはカッとなりやすいから、何か挑発されたか、気に入らないことでもあったんでしょう?」
「我慢すればいいものを! すべての目的は、最強野郎を精神的に追い込んで、自滅させること。魔法なんか、心のあり方で力を出せるか否か、制御できるかが決まる。『藤四郎がいきなり世界最強の魔力を手に入れたからといって、自由に使いこなせるわけがない』と思い知らせる必要がある。だから――」
「「使いこなせる前に自滅させろ!」」
グスタフとカルルはハモった。
「でも、自滅どころか、調子づけちゃった。フェリクスの尻拭い、どうします? グスタフ兄さん」
「想定外に力をつけたからなぁ。超面倒なことになったぜ。……まあ、どんな強い奴でも必ず隙がある。そこを狙うしかない。力が出せない時を見計らって、ファミリーの序列五番手から二番手までを順にぶつければ、どこかでぶちのめせるはず」
「それはわかるのですが、どういう隙があり得ます?」
「そりゃ、トイレの中で小便中に、後ろから羽交い締め」
「いやいやいや。ここで冗談はやめてくださいよ、グスタフ兄さん」
「俺に聞くな! お前達が考えろ。あ、フェリクスには一任させるな。またドジ踏むから」
「こいつ抜きで『お前達』って言ったら、僕しかいないじゃないですか、もー」
「ところでカルル、なぜ今になってエルフがこの魔法学校へ来たか、知っているか?」
「いきなり何ですか、グスタフ兄さん? ……そうですねぇ、気まぐれじゃないですか?」
「真面目に答えろ! あのなぁ。奴らの目的は最強野郎を自陣へ取り込むことよ。ファミリーの情報網で、調べは付いている。学校に二人も送り込んできただろう? 念には念を入れやがったな。エルフが最強野郎を手に入れた途端、魔法の勢力バランスが崩れるから、何としてでも阻止しないと。その前に、最強野郎を使い物にならないくらい叩いておく必要がある」
「なるほど。あいつを叩くことは、エルフ対策でもある」
「そうよ。ひいてはローテンシュタイン帝国のためでもある。あ、それから、フランク帝国からこの魔法学校へ送り込まれた奴がいるのも知っているよな?」
「もしかして、あの女の留学生?」
「そうよ。あいつは帝国の密使。ファミリーの情報網で、こっちも調べは付いている。目的はエルフと同じ、自陣への取り込み。近い将来、ローテンシュタイン帝国と戦争を押っ始める最有力は、フランク帝国だからな。そこに一騎当千の最強野郎が取り込まれたら、最悪なことになる。だから、叩かなければならない」
「なるほど。あいつを叩くことは、フランク帝国対策でもあると」
「そうよ。最強野郎がどこにいるかが、この世界のバランスに影響するという訳よ」
「なら、今のままローテンシュタイン帝国にいればいいのでは?」
「馬鹿野郎! それが、あの最強野郎じゃなくて、俺たちブリューゲル一族になっていないといけないのだ! そのくらい、察しろ!」
「ごめんなさい、グスタフ兄さん。では、あいつを精神的に追い込んで、弱くなったところを序列五番手から二番手までを順にぶつけるということで」
「おお。任せるぞ。ミヒェル伯爵家、アドラー伯爵家、ケーラー侯爵家、フィッシャー侯爵家の当主へは、父上から話をして協力を要請してもらう」
「よろしくお願いします」
「おいおい、何言ってんだ! お前がやるんだよ、父上への進言を!」
「へ?」
「へじゃねえ! ……お、フェリクス坊やのお目覚めだ。課外授業の続きをやろうか」
「グスタフ兄さん。もうやめましょう。本当に死んじゃうから」
「大丈夫。うちの家系に柔な奴はいない」
「いやいやいや。マジでやめましょう」
「ちっ! ……仕方ない。カルルもこうなりたくなかったら、失敗するなよ。俺は、失敗する奴は、絶対に容赦しないからな!」
「おお、こわっ……」
グスタフは、フェリクスの後ろ襟をつかんで、ずだ袋のように引きずり、どこかへ去って行った。
カルルは、グスタフの後ろ姿を見送りながら、呆れ顔でつぶやく。
「内輪喧嘩ならまだしも、今度こそ他人には手を出さないでくださいよ、グスタフ兄さん。また自宅謹慎ですよ。一体、何回留年していることやら……」




