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僕と幼馴染みと黒猫の異世界冒険譚  作者: s_stein
第二章 魔法学校編

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第89話 異世界の貴族の卑怯な流儀

 トールは、舌打ちをして、声のする方向を一瞥した。

 薄紫色の髪の毛を短く刈って七三に分けた、痩せ型で恐ろしく背の高い碧眼の少年がつかつかとやってくる。


(なんだい。またフェリクスが助っ人でも雇ったのか! 今度はのっぽかよ……)


 トールはうんざりして、首を左右に振った。


「おいおい、六対一かよ。どんどん増えるなぁ。一体、この勝負はどうなっているんだい!? 仕舞いには、全校生徒を相手にすることになるのか!?」

 トールは、剣をグイグイとフェリクスの鼻先を突くように動かす。


「い、いや。あれは、カルル兄さんだ。僕は呼んでいない」

「カルル兄さん?」


 トールは、近づいてくるカルル兄さんと呼ばれた少年の顔をしげしげと眺めた。

 言われてみると、フェリクスの顔のパーツと比較して、眉も眼も鼻筋も似ている。

 兄弟と言われるとそうかもしれない。


 カルル兄さんがトールのすぐそばまでやってきて、一礼した。

 それを見た周囲の生徒がザワザワし始めた。


「貴族が頭を下げたぞ」

「勝負の仲裁か?」

「ってことは、貴族が『私闘』の負けを認めたのか?」


 トールは、ざわつきの様子から、彼は勝負の行方を左右する鍵を握る人物、と確信した。


「私は、カルル・ブリューゲルと申します。ブリューゲル公爵家三男で、年中組一年」

「はじめまして。僕はトール・ヴォルフ・――」


「いいえ、お名前は存じております、トール様」

「はあ」


「こたびは、弟がとんだご迷惑をおかけいたしました。王族の方に私闘を申し込むなど――」

「カルル兄さん、それは違う――」

 フェリクスが言葉を挟もうとする。

 しかし、カルルはゾッとする眼をフェリクスに向けた。

「無礼者は、ここで一切の申し開きをするな!!」

 怒号で一喝されたフェリクスは、跳び上がるくらい驚き、次に全身をブルブルと震わせた。

「は、……はい」

 彼は、唇を真横に固く結んだ。


「さて、トール様ご自身も含めてお友達の皆様も大変なお怪我をされましたので、私どもブリューゲル家専属の医師団が、誠心誠意を持って看病いたします。それで、すべて水に流していただけないでしょうか?」

 トールは、ムッとした表情を隠さなかった。

 実に虫のいい話である。

 そこで彼は、フェリクスに全責任を負わせることにした。

「いいえ、彼が決着をつけると言っていますから、僕はここで決着をつけます。全ては彼がそう言い出したことから始まったのです。全ては彼の責任に――」


 すると、カルルは、非常に困ったような顔をして言葉を遮る。

「トール様。あなた様は、こちらの世界に来られてまだ日が浅いからご存じないと思いますが、貴族がここまで申し上げた場合は、たとえ王族とはいえ、相手の名誉のために、その申し出を受けるのが『礼儀』でございます」

 トールは、大いに迷った。

『僕のいた世界では、とことん勝負する』とでっち上げるか?

『しょうがないなぁ』と諦めるか?

 でも、フェリクスを叩き潰さないと気が済まない。


 カルルは、迷っている表情を隠せないトールへ、さらに畳みかける。

「さあ、その剣を鞘にお納めください。衆人環視にさらされております今、トール様の節度あるお振る舞いが試されるときです」

 トールは、ここまで言われると諦めることにした。

 だが、最後に相手へ後ろ足で砂をかけないと気が済まなかった。

「では、剣を納めますが、彼らは散々卑怯な手を使いました。彼らは、納めた後で襲うようなことはしないでしょうね?」


 すると、カルルはゾッとする眼をトールへ向ける。

「貴族がそんなことをするとおっしゃるのですか? 剣を鞘に収めた相手に卑怯な真似などしませんが、何を根拠にそのようなことを?」

「僕のこの左手の怪我は、その卑怯な手口のせいです」


「ハハハ! トール様は、面白いお方だ。……いや、これは失礼」

 と言いながらも、カルルはまだ笑っている。

「それは『私闘』の最中でのお話ですよね? あなた様の世界ではどうか知りませんが、こちらの世界は『私闘』では何をやっても許されます。それを卑怯などとは言いません。何をやっても勝ちは勝ちです」

 トールは、呆れて二の句が継げなかった。

「さあ、これ以上の議論は無用です。どうか、剣をお納めを」


 トールは渋々ながら剣を魔方陣の中に納めて、心の中で大きなため息をついた。


 とんでもない異世界に転生した、と。

 正々堂々と勝負するという慣習がない無法地帯だ、と。


 彼は、改めて決意した。


(無法地帯の世界で戦おうとも、僕は信念を曲げない。

 正々堂々と勝負する。

 逆に、こちらの世界の考えが間違っている、と教えてやる。

 卑怯な貴族の卑怯な手口による卑怯な勝利など、僕の魔法で吹き飛ばしてやる。

 そのためには、魔法をしっかり勉強しないと。制御できるようにならないと。

 そして、この異世界で真の意味で『最強』にならないと)


 彼は、自分の力は潜在能力の半分も出ていないと考えていた。

 この予想は正しい。

 悲しいかな、彼はまだ、異世界最強の力が潜在能力の30%程度しか出ていない。

 つまり、今まで彼は、3割の力で戦ってきたのだ。

 卒業するまでに100%力が出せるようになる、100%コントロールできるようになる、が彼の目標になった。


「フェリクス、ちょっと来い」

 カルルは含み笑いの表情を浮かべつつ、フェリクスを呼んだ。

 呼ばれたフェリクスはその意味を察して、みるみるうちに顔が青ざめた。

「兄さんが『来い』と言ったら、お前はどうすべきか? わかるよな?」

 そう言ってカルルは、くるっと後ろを向いてスタスタと歩き始めた。

 フェリクスは返事より早く、カルルの後ろを駆け足で追いかけた。

「は、はい!」

 そして、死刑囚のような表情で、とぼとぼと歩いて行く。


 これで決着が付いた、と生徒も教師も散会し、次々と箒に乗って帰途についた。

 しかし、トールの心の中では、全く決着が付いていない。

 貴族の体面で幕が引かれただけだ。


 彼は奥歯で硬い物をすりつぶすような歯ぎしりをしながら、二人の後ろ姿が視界から消えるまで、ギラギラと光る眼で睨み付けていた。


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