第87話 黒猫マックス参上
トールは激痛で朦朧としていたので、シュテファニーの身の上に何が起きたか見当も付かなかった。
周囲のざわめきも、遠くから聞こえる。
だが、自分の背中が軽くなった感覚だけは、はっきりとわかった。
彼女が降りたのだろう。
彼は上体を起こした。
すると、目の前でシュテファニーが尻餅をついて、黒い塊と何やら争っている。
「オイ! コノオンナヲ ナントカシロ!」
その日本語の声は! 聞き覚えがある!
黒い塊は、黒猫マックスだった。
トールは、仲間の声に元気づけられ、ヨロヨロとだがなんとか立ち上がった。
見ると、黒猫マックスが唸り声を上げながら、シュテファニーの左手首に噛みついたり、手の甲をひっかいたりしている。
「キャーッ!! こいつ、どこの野良猫よ! 怖いから、来ないで!!」
彼女は、立ち上がり、脱兎のごとく逃げていく。
どうやら、彼女は猫が嫌いらしい。
20メートルくらい離れたところまで逃げた彼女は、大きく肩で息をしながら、トール達を見ている。
黒猫マックスは、意気揚々と引き上げ、トールの足下までやってきてた。
トールは日本語で礼を言う。
「タスカッタヨ! マックス!」
「オマエ。オンナニ フマレテ ネッコロガルナンテ ドMノ シュミカ?」
「イヤイヤイヤ。アレハ メチャクチャ ツヨイ」
「ウソコケ。イセカイ サイキョウノ クセニ」
「ソレヨリ イママデ ドコニ イタノ?」
「キキタイカ? オレノ チワキ ニクオドル ボウケンダンヲ?」
「イヤ、アトデイイ」
「ナンダイ、キイテオキナガラ」
「ソレヨリ、コレカラ ナニガ オコル? ナニガ ミエル?」
「アアン? ヨチカ。ウウム、……オオ!」
「オオ!?」
「……オオオ!」
「オオオ!?」
「……オオオオ!」
「オイオイ! オオオオッテ ナンダイ??」
「アノオンナ キョダイナ ヒノタマヲ ブツケテクル」
「キョダイ!? ヒノタマ!?」
「マトモニ ブツカルト コノシュウヘンガ ハンブン フキトブゾ!」
「ナンダッテ!? ……ワカッタ! マックスハ ニゲテ!」
「オオヨ! ガンバレヨ、オレTUEEE、サイキョウオトコヨ!」
「ソウダ! シャルタチノ トコロヘイッテ カイホウシテ!」
「アア、ソウイヤ マダ キゼツシテイタナ。ワカッタ! ガッテン ショウチ! マカセロ!」
黒猫マックスは、シャルロット達が倒れている場所に向かって一目散に駆けていった。
もし予知の通りなら、シュテファニーは最後の手段で巨大な火球をトールへぶつけてくるはず。
さあ、どうする!?
彼は、長剣を手元に呼び寄せた。
長剣の纏う炎は健在だ。
さて、この剣で火球を切れるか?
切れるとして、防御、攻撃、どちらを強化しておくべきか?
つまり、指輪をどちらにはめるかだ。
トールが決めあぐねていると、突然、彼の立っている地面からボコボコと音を立てて、黒くて太い鎖が何本も飛び出した。
それは、邪気を帯びた鎖で、あっという間に彼をがんじがらめに縛り上げた。
「あはははは! 何ボーッとしているんだか。おかげで、簡単に捕まえられたよ!」
シュテファニーが腹を抱えて笑い転げた。
トールは悔しがるが、どうにも動けない。
幸い、長剣を握ったままだが、縛られた体勢では、剣で鎖を断ちきれない。
「さあってと。ここからじゃ防御魔法が解除できないから、それがあっても体ごと吹き飛ばすくらいの強い魔法をお見舞いするよ」
彼女は、両膝を曲げて力強くジャンプした。
そして、ぐんぐん上っていき、40メートルくらいの高さでとどまった。
「このくらい離れていないと、あたしも危ないんでね、この魔法」
彼女は不敵の笑いを浮かべた。
「半径20メートル以上のすべてが吹き飛ぶから。気をつけな」




