第82話 正体を現した卑劣者
すると、地面の付近にモヤモヤした黒い煙が現れ、次第に人の姿に変わった。
現れたのは、尻餅をついたアルフォンスだった。
まだ剣を手にしている。
生徒達が再度どよめく。
死んだはずのアルフォンスが再生したかのように見えたのだ。
トールは、敵が隙を見て斬りかかってくる恐れがあるため、「剣を捨てろ!」と叫ぶ。
アルフォンスは、右側へ1メートルほど離れたところへ剣を放り投げると、両手を挙げて降参のポーズを取った。
しかし、トールは、アルフォンスの鼻先に剣を突きつける。
「負けを認めろ! そして、二度と特待生全員に手出しをしないと誓え!」
トールがここまで怒るのは、少し前にアルフォンスの身代わりが剣の雨をシャルロッテ達に降らせたからだ。
脅しのレベルを超えている。あれは、れっきとした殺意だ。
すると、アルフォンスが鼻でフンと笑った。
「なに偉そうに。ちょっと勝ったくらいで――」
とその時、遠くに放り投げられた剣が、スッとアルフォンスの右手の元へ飛んで戻ってきた。
彼は柄を握りしめると、即座に立ち上がり、その勢いを買って剣を右下から左上に振り上げた。
だが、トールの前では、彼の攻撃は最後の無駄なあがきでしかなかった。
そうやすやすと負けを認めないだろうと警戒して構えていたトールは、後ろに跳んで回避する。
空振りになったアルフォンスは、めちゃめちゃに剣を振り回す。
トールは、相手の剣を斬るつもりで渾身の力を込め、暴れる剣に鋼の制裁を加えた。
ギイイン!
アルフォンスの剣は、絶叫のような金属音を残し、いとも簡単に二つに折れた。
彼はギョッとして棒立ちになる。
そして、目を白黒させながら折れた剣を見つめ、それから視線をトールに向けた。
「驚いたよ。剣をこうも簡単に折ってしまうなんて。しかも、僕の自慢の変幻自在なアバターを倒してしまうし。さらに、透明になった僕にも、透視みたいな力があるのか知らないけど、見えて勝ってしまう。これは、手の打ちようがないね」
アルフォンスは、もう一度、手元の剣に視線を落とし、忌々しそうに後ろへ投げ捨てる仕草をする。
が、それは『捨てたふり』だった。
彼は、目にもとまらぬ速さで、その折れた剣をトールに向かって投げた。
油断したトールは、折れた剣が左手の甲に当たり、ざくっと切れた。
不意を討たれて長剣を落とすトール。
そこにアルフォンスが拳を振り上げて襲いかかった。
トールは、顔面に鉄拳を食らった。
卑劣者の拳は、体に似合わず、強烈だった。
一発で唇が切れる。
しょっぱい鉄の味が舌の上で広がる。
(ああ、最後まで卑劣な奴。完全に性根の腐った奴か)
トールは、二発目、三発目の拳を頬に見舞いながら、敵を哀れんだ。
彼の視界に、アルフォンスが大きく振りかぶるのが映った。
渾身の力を込めて、特大の四発目をお見舞いするのだろう。
(拳は拳で返すのが――)
トールは、右手の拳を下に構えて相手の懐へ飛び込む。
(礼儀さ!)
彼は素早く拳を突き上げ、アルフォンスの顎を捕らえた。
「がっ!」
骨が砕けたかと思うほど、大きな鈍い音がした。
天に白目をむいて、のけぞるアルフォンス。
そこへ、トールの左の拳が相手のみぞおちを捕らえる。
「ぐふっ!」
右手の拳でもう一発。
「ぐうっ!」
拳が深く食い込み、体がくの字に曲げった。
その拳が、倒れようとする相手を支える。
トールは左手で相手の胸元をがっしりとつかんで、顔を上げさせた。
そして、引導を渡す。
「卑怯者は、この学校から去れ!」
怒りに燃え固く握りしめられた右の拳が、苦悶の表情を見せる敵の顔面を無慈悲に強打する。
一発。
二発。
鼻から口から、派手に出血。
そして左手を離す。
特大の三発目が鼻を砕く。
至近距離で痛打を受けたアルフォンスは、放り投げられたぼろ切れのように、地面へ落ち、弾んだ。
砂塵が彼を包み、静寂が支配する。
仰向けのまま全く動かなくなったアルフォンスを救出するため、ゲルトルートとカタリーネがバタバタと走り寄ってきた。
彼女達はトールを睨み付けると、二人でアルフォンスの腕を両側からつかんでズルズルと引きずっていった。
(よし、後はあの金髪七三男だけだ)
トールは、フェリクスの登場を待った。
しかし、当のフェリクスは不敵な笑いを浮かべるだけで、全く動かなかった。




