第78話 砕け散る大太刀と炎の剣
グイグイと押されるトールは、直感だが、『穴の縁まで近い』とふんだ。
もしここで、押される体を横に交わすと、うまくいけばの話だが、勢い余った相手はそのまま穴の方向へ直進する。あわよくば、落ちるはずだ。
そこで彼は、素早く体を時計回りにねじり、相手の一方的な押しを交わした。
体をねじった瞬間、視界の右側に穴が映る。
それは、自分の今いる位置から1メートルの距離。
(やはりそうか)
アルフォンスは、トールの思惑通り、前のめりになりながらバタバタと穴の方へ数歩踏み出した。
しかし、穴の縁で辛うじてとどまり、素早く反対側に向き直る。
トールは大太刀を振りかぶったが、敵の体勢がいとも簡単に立ち直ったので、突進するのをやめた。
二人とも、剣を構えたまま対峙した。
不利なのは、当然、穴に近いアルフォンス。
このままつばぜり合いで押せば、難なく落ちる。
でも、トールの直感は、体を突進させなかった。
(絶対、交わしてくる。穴の縁にいるのは、わざとだ。不利な状況をこっちに見せて、誘っている)
そう思うと、トールは足を踏み出せない。
彼の読みは正しかった。
いつまでも誘いに乗らないトールに痺れを切らしたアルフォンスは、今度は剣をめちゃくちゃに振り回して突進してきた。
トールは、大太刀で防戦した。
しかし、敵の振り回す力が華奢な体に似合わず強いため、大太刀でも簡単に弾かれる。
乾いた金属音と、火花が連続する。
柄を握る手がだんだん痺れていく。
優位になって自信を得たアルフォンスは、ますます剣を力強く振り回す。
トールがその力にだんだん耐えられなくなってきた。
このままでは大太刀が手から離れてしまいそうだ。
そう思った彼は、思いっきり力を入れて、大太刀を相手の剣にぶつけた。
すると、あろうことか、大太刀が砕けるように折れてしまった。
固唾を飲んで激しい剣戟を見守っていた生徒達が、地鳴りのようにどよめいた。
トールは燃える剣を素早く左手から右手へ持ち替え、防戦を再開する。
しかし、これもわずかな間しか持たなかった。
炎を纏う剣ですら、健闘むなしく、でたらめな剣術を前に折れてしまった。
目撃者の叫びが、甲高い悲鳴が、校庭を駆け巡る。
シャルロッテもマリー=ルイーゼも深いため息をつき、放心状態になった。
自分たちの剣が折れたのだ。
イヴォンヌとイゾルデは、両手で目を覆った。
一人、ヒルデガルトだけは、軍用ゴーグル越しにアルフォンスを凝視する。
彼女は、何かおかしいことに気づいたようで、それの確証を得ようとしているのだ。
目にもとまらぬ速さで剣を振り回していたアルフォンスの動きが、ピタリと止まる。
もう剣の前に立ち塞がるのは、生身の体だけだ。
彼は、口角をつり上げ、畳みかけるように挑発する。
「さあ、来いよ。その拳でこの剣を受けてみろよ。つえーんだろう?」
「……」
「あの三つ首の大蛇を倒した拳だろう?」
「……」
「おい! 神に遣われし子は、この世界で最強なんだろう? 俺TUEEEなんだろう? ああん?」
「……」
「返事をしろよ!! ……あ、そうそう。その拳でまた地面を叩いて、土砂で目くらまししようとしても無駄だよ。振りかぶって下を向いた瞬間、この剣で貴様の首が飛ぶからな」
「……」
トールは無言を貫く。
恐怖に怯えていたからではない。
じっとチャンスを窺っていたのだ
アルフォンスが口上張らず、さっさと剣で襲ったなら、確実に斬り捨てることができたはず。
ところが、獲物を追い詰めた自分に酔う強者の驕りが、罵倒のみを繰り返す。
いつまでも動かない。
(よし、今だ!)
トールは、直立の姿勢を取り、腰を落とした。
この動きが何を意味するのかわからないアルフォンスは、警戒して剣を構え直した。
空気椅子に座る格好をしたトールは、両腕を後ろに下げる。
一体彼は、何をしようとしているのだろう。




