第76話 剣術使い
「次は、シュテファニー!」
「やーよ。めんどい」
シュテファニーは、寝そべって腕枕をしながら、元に戻った空を仰ぎ見る。
口には、いつの間にか抜いた猫じゃらしのような長い雑草を一本くわえて、唇で揺らしている。
完全に命令無視を決め込んでいるようだ。
「行けよ! シュテファニー!」
「あたしのザルツギッター侯爵家より序列が上のミュラー公爵家にいるアルフォンスにやらせりゃいいじゃない。序列が上なら、強いんでしょう?」
「シュテファニー!」
「弱い順に呼び出されているみたいで気に入らないんだよ! あたしは、本当はアルフォンスより強いんだからね!」
彼女がイヤと言ったら梃子でも動かないことをフェリクスは知っている。
もちろん、彼女の言うとおり、家の序列と違って、能力的には二人が逆であることも。
12ファミリーでは、一度家の序列が決まると、その中で実力差が出ても即座に家の序列には反映されない。
シュテファニーが気に入らないのは、そのことだ。
それで、諦め顔をアルフォンスに向ける。
「アルフォンス、行ってくれるよな?」
「君の頼みとあらば仕方あるまい」
キザな台詞を口にするアルフォンスの右手の先から、黄金色の光の棒が伸びていった。
その光はみるみるうちに、鋼色の平たい棒に変化し、さらに形を変えていく。
握りやすいようにくぼみがある柄。
豪華な装飾のある鍔。
幅がやや広い刀身。
鋭利な剣先。
鋼色の平たい棒は、極めて実用的な刀に姿を変えた。
アルフォンスは、その刀を右肩に乗せて、校庭の中央へ歩いて行く。
少し遅れて、トールも校庭の中央へ歩いて行った。
彼は、自分の剣を取り出さず、シャルロッテとマリー=ルイーゼの剣で望む。
なぜなら、彼女達が力を貸してくれている。それだけでも心強かったからだ。
二人が正面を向き合うと、トールが歩み寄り、3メートルほどの距離に詰めた。
彼の方からアルフォンスに近づいたのは、理由がある。
これ以上後ろに下がると、自分で陥没させた穴に落ちてしまうからだ。
自分で掘った墓穴になりかねない。
「さあて、トールくんだっけ?」
「そうだよ。君の名は?」
「名乗る必要なんかないさ。今からこの剣で君が裁かれ、あの世に行くのだからね。ちょうど後ろに、君には大きすぎるほどの墓穴ができているし。バラバラにして投げ込んでやろう」
「名乗らないとは無礼なんだね」
「そうだ。特待生も全員切り刻んで、一緒に埋めてやろう。でかい穴がもったいない」
以前のトールなら、ここでゾッとしていたかもしれない。
しかし、彼の心の弱さはすっかり克服され、彼らの脅し文句に全く動じなくなっていた。
皮肉の言葉を返す余裕すらある。
トールは考えた。
(彼らがこの年齢でこんな脅し文句を言うのは、おかしい。本心じゃないはずだ。親の呪縛なのだろうか?)
それを気づかせるため、トールはズバリ言うことにした。
「君達の言葉を聞いていると、全員が人殺しと変わらないことを言っているね。それは本心なのかい? 本当に人を殺したいのかい? 君達は僕らと同じ年齢の、まだ子供じゃないか?」
「おいおい、何を言い出す?」
「子供が血に飢えているなんて、おかしいだろ? この世界の貴族から呪縛を受けていないかい? 受けているとすると、貴族はよっぽどの悪党なんだな。君達の魔力は利用されていることになるしね」
「なんだと!?」
「違うのかい?」
「当たり前だ。貴族の『私闘』は、昔から『殺し合い』と決まっている」
ここで、トールは青ざめた。
今頃になって『私闘』の意味を理解したのだ。
いわゆる『決闘』である。それも、命がけの。
「いい加減、理解しろ!」
だが、トールは、この異世界ではそうであっても、どうしても納得ができない。
「いや、学校で『殺し合い』なんか、先生が許可するものか」
「しているじゃないか、校長が」
「じゃあ、この世界は狂っている」
「はあ!? そっちこそ、気でも狂ったか? 貴族の子供は、家の名誉のために命を賭けて魔法で戦う。この世界ではそれが伝統だ! それが『私闘』なんだよ!」
「それは人殺しのような悪党の論理。僕は、魔法を使う人は正しい心を持つ必要があると信じている。君達が悪党だとは思いたくないが、もし万一、人殺しを何とも思わない心底呆れる悪党ならば、魔法を使う資格はないね。悪事に魔法を利用するなんてとんでもない。むしろ、君達こそ退学させられるべきだ」
「言わせておけば! 12ファミリーの序列六番手であるミュラー公爵家の次男アルフォンス・ミュラーを侮辱する気か!」
「なんだ、名乗れるじゃないか」
その時、アルフォンスが、握っている剣に何かの魔力を注ぎ込んだらしく、鋼色の剣がみるみるうちに血のように赤く輝きだした。
怒りに震える彼の髪の毛は逆立ち、殺気が剣先までみなぎる。
今にも食い殺そうとするライオンのような目つきは、人間とは思えない。
「いくら王族とはいえ、貴様のその言葉は、絶対に許せん! 親も侮辱された! 殺してやる!!」
彼は、腹の底から鳴り響くような怒号をトールにぶつけ、剣先をトールに向けた。
「そうかい。君は心底悪党だった訳か」
トールは、素早く二刀流の構えをした。
(剣と剣の戦いなら、勝てるかもしれない。もし、相手が二刀流になっても大丈夫だ)
そう考えたトールの視界に、ゾッとするものが飛び込んできた。
アルフォンスの両脇に、何十という銀色に輝く魔方陣が出現したのである。
一人を攻撃するには、数が異常に多すぎる。
トールは、直感力をフル活用し、魔方陣の位置や向いている方向から、アルフォンスの意図を瞬時に把握する。
(ヤバい!!)
彼の四肢から血の気が引いた。
そして素早く後ろを振り向き、力の限り叫んだ。
「みんな!! 逃げろ!!!」




