第74話 雷鳴とドラゴン
トールが引き起こした大揺れにより、あちこちの城から外へ飛び出した生徒や教師が、箒に乗って続々と校庭に集まりだした。
その数、百人以上。
ゲルトルートがそれを流し目に見る。
「……お、ギャラリーが増えてきたよ。さっきの騒ぎで」
「張り合いあるだろう? 僕が呼んだのさ」
トールは、あくまで余裕を貫く。
集まってきた彼らが校庭で見たものは、あり得ない大穴と、対峙する二人。
校庭でこのような騒ぎが起きているということは、魔法学校で長く生活している彼らにとって、ファミリーが絡んだ私闘であることは明らかだった。
「おい。あそこにいるのは、シュトルツ侯爵家の次女ゲルトルートじゃないか?」
「ヤバいよ。彼女の魔法を見たものは恐怖で気が狂うらしい」
「それはまずい。ここで見せられたら、僕たちはどうなるんだい?」
「彼女の魔法に勝った奴はいないという噂だよ」
「そんな彼女と戦っているあいつは、いったい誰だい?」
「あいつ、殺されるぞ」
生徒達がザワザワと噂する言葉は、シャルロッテ達の耳にも届く。
どの噂話も、彼女達の不安をあおるばかり。
シャルロッテは、顎の辺りで両手を握りしめ、祈るポーズを取る。
それはマリー=ルイーゼも同様。
ヒルデガルトは、冷静にゲルトルートの杖を分析していた。
イヴォンヌとイゾルデは、ただただ震えるのみ。
彼女達は、魔法の威力を初めて見ているのであるから、仕方ないが。
しばし睨み合っていた二人だが、ゲルトルートの方が先に動いた。
彼女は、持っていた杖を高く掲げ、地面に力強くドーンと振り下ろした。
すると、杖の先から、金色に輝く大きな魔方陣が多数現れ、空中へ高速に跳ね上がる。
それらは、互いに等間隔になるように広がって行くので、魔方陣の層ができたようになった。
一番上の魔方陣が天まで届く高さに上ったと思われる頃、最上段の魔方陣から厚い雲がムクムクと湧き上がった。
たちまち、空全体が暗雲に覆われる。
そして、その垂れ込める雲が、起伏の陰影を見せながら、魔方陣の周りをゆっくり渦巻いた。
天変地異が起きたのか?
見上げる生徒達は、ただただ息を飲む。
とその時、眩しい閃光が見えたかと思うと、バリバリッという雷鳴が轟いた。
方々でこだまする悲鳴。
反射的に体を低くする者もいる。
その雷鳴の余韻が消えぬうちに、今度は閃光と雷鳴が同時に起こった。
これは雷が近くに落ちる証拠だ。
実際、ゲルトルートの30メートル後ろの地面が、落雷によって激しく叩かれた。
空気を切り裂くような激しい音が校庭の上を転がる。
ゲルトルートとトール等の一部を除いたほぼ全員が、恐怖のどん底に陥った。
すると、落雷の地点から、辺りに放射状の電光を飛ばしながら、何やら光り輝く巨体がムクムクと湧き出てきた。
まるで、落ちた雷が魂でも得たかのようだ。
ここまで腹に力を入れて恐怖に耐えてきたトールも、これには肝を冷やす。
「ハハハ! 使い魔と遊んでもらうよ!」
ゲルトルートは、召還した使い魔とトールを対面させるため、フェリクス達のいる場所とは反対方向へ走り去っていった。
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
青白く光り輝くモヤモヤした巨体が、金属音のような咆哮を上げながら、徐々に姿形を現す。
尖った口。上に突き出た角。両側に大きく広がった翼。
太い胴体に生えている短い前足と太い後ろ足。トカゲのように長い尻尾。
あれは巨大なドラゴンだ!
立っている部分だけで背丈は7メートルある。
広げた羽は、端から端まで15メートルは優に超えるかもしれない。
それが、ゆっくりとトールの方へ一歩一歩、地響きを立てて近づいてくる。
全身が青白く光るドラゴンなど見たことがない観客はもちろん、トールまで体が固まった。
しかも、相手は巨大である。
(自慢の長剣なら倒せるか?
それ以前に、剣を取り出すことをすっかり忘れていた!)
呆然と突っ立っているトールにやきもきするのは、いち早く我に返ったシャルロッテとマリー=ルイーゼ。
「「剣!」」
二人は同時に叫んだ。
トールは、彼女らの声にハッとして「そうだ!」と剣を出現させようとしたが、ドラゴンが大きな口を開けて彼めがけて火を噴いた。
火炎放射器から放たれたような燃えるジェット噴流が、恐ろしい速度でトールを襲う。
彼は横に跳んで、数回転し、それを回避。
炎はたちまち、彼の立っていた地面を黒焦げにする。
生徒達は、突然のドラゴンの攻撃に、悲鳴を上げながら右へ左へと逃げ惑う。
今度はドラゴンが少し横を向き、逃げたターゲットを狙って強く火を噴く。
再度、横に跳んで、辛うじて回避するトール。
再び逃げる生徒達。
「こりゃ、面白れえ! 逃げるのはいいけど、逃げた先で観客を巻き添えにするんじゃないよ!」
ゲルトルートは、燃える噴流を回避するトールの哀れな姿に抱腹絶倒する。
校庭で恐慌が起きていた頃、冷静さを取り戻したヒルデガルトがボソッと日本語を口にする。
これはもちろん、ローテンシュタイン語では、周囲に聞き取られてしまうからだ。
「アノリュウ。ジッタイガ ナイ」
「「ナンダッテ!?」」
シャルロッテとマリー=ルイーゼがハモった。
「アレハ ゲンエイ。アノツエヲ コワセバイイ」
ヒルデガルトが、ずり落ちる軍用ゴーグルを直しながら、ゲルトルートの方を指さす。
ドラゴンを倒す方法が見つかったのだ。
マリー=ルイーゼは、大きくうなずき、トールに向かって叫ぶ。
「アノツエヲ コワシテ!」
トールは声のする方に振り返り、彼女がゲルトルートの方を指さしているのを見て、意味を理解した。
「「トール、これ使って!」」
シャルロッテとマリー=ルイーゼが、同時にトールへ向けて何かを投げた。
それは、トールのすぐ後ろに、ドスドスと斜めに突き刺さった。
一つは1メートル弱の日本刀。いわゆる大太刀。
もう一つは刀身が真っ赤に燃える剣であった。




