第72話 人形遣い
シャルロッテを始め、特待生五人は拳を握りしめ、ことの成り行きを見守っていた。
四対一とわかった途端、「卑怯だ」と口にしたのは特待生のみ。
他の見物人は、それが常識なのか、フェリクスの論理に賛同したのか、あるいは彼を怖れているのか、何も異議を挟まない。
シャルロッテの心が瞬間湯沸かし器のように沸点に達した。
「トール! 私達も加勢するわよ!」
彼女の申し出に、トールは無言で右の手のひらを向けた。
来なくていい、という意味だ。
今の彼は、シャルロッテよりは冷静だ。
彼女は気が気ではない。
「何気取っているのよ! いくらあんたでも、勝てっこないわよ!」
「ジャ、ソコデ ジャクテンガ ミエタラ ニホンゴデ オシエテ」
急にトールが日本語でしゃべりだしたので、彼女は混乱し、目をぱちくりさせた。
すると、ヒルデガルトは何を思ったか、胸の高さで右の手のひらを上に向け、その上に銀色に輝く魔方陣を出現させた。
そして、魔方陣の中からゴーグルを取り出した。
「何それ?」
マリー=ルイーゼが怪訝そうな顔をしてゴーグルを見つめる。
「あ、家の図書館で面白い魔法の本があったので、見ながら練習したら出てくるようになった」
回答の要領を得ないヒルデガルトへ、マリー=ルイーゼとシャルロッテが同時に質問する。
「「だから、何それ!?」」
「テキノ ジャクテンガ ミエル グンヨウメガネ」
ヒルデガルトまで日本語をしゃべるので、ますますシャルロッテは混乱する。
しかし、マリー=ルイーゼは、ヒルデガルトがなぜ、肝心のところで日本語をしゃべるのかがわかった。
そして、トールもあそこで日本語をしゃべった理由を理解したのである。
マリー=ルイーゼはウインクしてにっこり笑う。
「ミエタラ ワタシニ オシエテ。カレニ ツタエルカラ」
「アイアイサー」
ヒルデガルトは、彼女曰く『軍用眼鏡』のゴーグルを装着した。
特に名前がないようなので、今後は軍用ゴーグルとでも呼んでおこう。
彼女が右側のスイッチを入れると、軍用ゴーグルの表面には、照準らしいものが表示された。
さらに、何やらごま粒大の白い文字が高速に表示され、スクロールしては消えていく。
ヒルデガルトがボソボソとした声で分析結果をささやく。
「マリョクガ ダイチニ ソソガレタ。ナニカ タイリョウニ デテクル」
マリー=ルイーゼは、それをトールがわかる程度の言葉に縮めた。
「ダイチカラ タクサン ナニカガ デテクル!」
トールは応える。
「ワカッタ」
「おやおや、君達は異世界の言葉で何やら作戦でも立てているのかい?」
フェリクスは、にやけた顔をトールに向ける。
しかし、そこにはひどく警戒している表情が滲んでいた。
言葉がわからないだけに、不安が募るのだ。
トールはフェリクスの問いを無視したまま、怒りの表情を崩さない。
その間にカタリーネが扇子を口に当てながら詠唱を済ませると、扇子を少し下ろして白い歯を見せた。
「まあ、わたくしの強大な魔力の前には、作戦など無意味ですわ」
彼女の自信たっぷりな言葉に続いて、右手が高々と上げられた。
「可愛いお人形さん!」
魔法名が叫ばれると、彼女の手前の地面に、金色に輝く大量の魔方陣が出現した。
ざっと数えても、20個以上はある。
それから、彼女は右手の指を大きな音でパチンと鳴らす。
すると、魔方陣から光り輝く人型の何かがゆっくりせり上がってきた。
やがて光と魔方陣が消えると、そこには背丈が50センチメートルくらいの女の子のアンティークドールが立っていた。
人形は四頭身。
セルロイドのようなツルツルした肌。
ぱっちり見開いた目と、それを縁取る長い睫。
小さく開いた唇から見える真っ白な歯。
どれも兄弟のように似ている顔。
着ているドレスの感じからは19世紀の女の子。
その人形が、ざっと二十体以上。
全員、両手に長剣と短剣を持っている。
二刀流の構えだ。
カタリーネがさらに指をパチンと鳴らす。
すると、人形達が横一列に七、八体ずつ、三列に並んだ。
トールとの距離は、7メートル程度。
「怪我をさせてもかまわないとおっしゃいましたから、ご覧の通り、この子達に剣を持たせましたわ。本当に切り刻んでもよろしいのかしら?」
カタリーネは、年齢からは想像できない悪女のような言葉を吐く。
「もちろんさ。向こうにはヒーラーがいると聞いている。怪我ぐらい、どうってことないはずだよ。なにせ、骨折をたちどころに治したそうだから。メビウスじいさんの手紙を信じればだがね」
フェリクスが、腕を組みながら悪女の申し出を承諾する。
「あらまあ。手紙が嘘かどうかをここで試すのね?」
「そうさ。嘘だったら、メビウスを恨むんだね、特待生!」
「薄切りハムになるかもしれませんわ」
「ハム上等。学食のウルスラおばちゃんへ上納するよ」
トールは、人形が一斉にズザッズザッと迫ってきたので、ギョッとした。
全員が、キラキラ光る二本の剣で二刀流の構えを崩さない。
トールは、怒りで頭に充満していた血液が、一気に首から下へ降りていくのを感じた。
ひゅうっと頬をなでる風が、背筋を寒くする。
「ネエ! ジャクテン ミエタ!?」
マリー=ルイーゼは、ヒルデガルトが無言なので気が気でない。
「ダメ。アノニンギョウ キカイジカケ。ワカラナイ」
ようやく得られたヒルデガルトの分析結果に、マリー=ルイーゼは言葉を失う。
こうなると、トールの運に賭けるしかないのか?
マリー=ルイーゼはもちろんのこと、シャルロッテも祈るような面持ちであった。




