第70話 箒で飛べない特待生
シャルロッテは城から外に出ると、他の新入生達が箒にまたがって飛んでいく方向を見やって呆れたような声を上げる。
「ねえ? 嘘でしょう!? 校庭って、みんなが箒で飛んでいく先!? この山の上!?」
マリー=ルイーゼが額に右手をかざして、山の上を仰ぎ見る。
「そうみたいね。箒ってどうやって出すの? 箒がなければこの坂を駆け上がって行くのかしら?」
シャルロッテは、困った表情の顔を左右に振る。
「箒の出し方がわからない。どうすればいいの? ねえ、トールったらぁ!」
トールは、「僕もわからないけど」と言って黙り込んだ。
ヒルデガルトが「掃除道具を探してくる」と言って、城の中へ戻る。
すぐに彼女は、一本の箒を持って城から出てきて、皆の拍手喝采を浴びた。
「借りてきた」
彼女はそう言って、トールに手渡した。
後で聞いたところによると、近くにいた門番のクリスから借りた、玄関掃きの箒らしい。
トールは試しにまたがってみたが、うんともすんとも言わないへそ曲がりのように、まるで手応えがない。
ふわっと宙に浮きさえすれば、まだ見込みがあるのだが、手を離すとカランと下に落ちてしまう。
「貸して!」
今度はトールから箒を奪ったシャルロッテが、スカートなので横向きに座ったが、これも動かない。
残りの特待生四人も試したが駄目だった。
「ハハハ! お嬢ちゃん達。それは体育のフォイエルバッハ先生に習わないと駄目だよ。他の子達は、小さいときから親に乗り方を習っているので、必要ないけどね」
暇そうな門番クリスが、腕を組み、ふさふさした顎髭を揺らしながら近づいてくる。
まだ笑い足りないという顔をしていたので、シャルロッテはむくれた。
「おじさんなら乗り方がわかるのね!?」
「ああん? 知らないよ。わしは魔法に関しては無能だしね。だから、こんな仕事しかないのさ」
クリスはくるっと後ろ向きになり、右手をひらひらさせて去って行った。
「「どうしよう」」
トールとシャルロッテは、オクターブでハモってびっくりし、プッと笑った。
とその時、マリー=ルイーゼが、はたと手を打つ。
「そうだ。みんな強化魔法が使えるよね? それで坂道を一気に駆け上がるってどう? いいアイデアじゃない♪」
「それがいいわ」
シャルロッテも手を叩いて喜んだ。
トール達四人は、さっそく強化魔法を発動し、白い光を全身に纏った。
ところが、イヴォンヌもイゾルデも、何もしないでもじもじしている。
「ごめんなさい。私、魔法が使えないの」
イヴォンヌが残念そうに言う。
「私も」
イゾルデも言葉を連ねた。
「えええええっ! あんた達、それでも特待生!?」
シャルロッテは、目をぱちくりした。
「なぜ特待生なのか知らないけれど、フランク帝国のとある偉い人から『行きなさい』と言われてここに来たの。理由は、よくわからないわ」
「エルフ族の偉い人から、同じく」
イヴォンヌもイゾルデも、うつむきながら元気なく答える。
「どうしよう……。あの憎たらしい金髪七三男が笑っているわよ、きっと」
シャルロッテは、地団駄を踏みながらイライラする。
トールは少しうつむいて考えていたが、妙案が浮かんだらしく、さっと顔を上げた。
「よし。僕が負ぶって走るよ。強化魔法を使っているから楽に走れるはず。もう一人、負ぶって走れないかな?」
「あ、じゃあ、私がやってもいいわ♪」
マリー=ルイーゼが右手を高く上げた。
「マリー、お願い」
「任せて♪」
「じゃあ、誰か乗って」
トールは腰を落として、負ぶる体勢を取った。
すると、イヴォンヌとイゾルデが、我先にとトールの背中へ突進する。
一瞬イゾルデはイヴォンヌの体を肘で押しのけた。
負けてはいないイヴォンヌは踏みとどまり、イゾルデの体を両手で強く押しのけ、トールの背中へダイブした。
そして、トールの首に両腕をがっしり巻き付ける。
後ろで起きている女の争いが見えないトールは、首を絞められて面食らうが、時間もないので「じゃ、出発するよ」と言葉を残し、一目散に坂を駆け上がった。
人を背負っても、韋駄天走りができるとは恐れ入る。
彼の姿は、みるみるうちに小さくなっていった。
イゾルデは、イヴォンヌの背中を睨み付けながらマリー=ルイーゼの背中に体を預けた。
こうして六人は、校庭で待ちくたびれた観客の冷笑を浴びながら到着した。
箒で飛べない特待生なんか初めて見た、と。




