第69話 ファミリーの五人衆
フェリクスは城の外へ出ると、右手で腰の辺りの空中をサッと真横に一撫でした。
すると、そこに光り輝く棒状のものが現れ、すぐに長くて黒光りする箒に変化した。
魔法の箒だ。
それはまるで、主をウキウキしながら待つかのように、フワフワと宙に浮いている。
彼はそれを両手でつかみ、ヒョイとまたがった。
ここまでの一連の動作によどみがない。
日頃から箒に乗って飛ぶのが慣れているのだろう。
彼は一気に山の上の校庭まで飛行する。
その早さは、まるで放たれた矢のようであった。
正面から受ける風に目を細めるも、彼はこれから起こることを思うと笑いが止まらないという顔をして、笑い声を漏らす。
山頂の校庭へ着地した彼は、魔法の箒から降りると、サッと一撫でする。
役目を終えた箒は、下がれと言われた従僕のように頭を下げ、煙のように消えた。
それはまるで、主の意思がわかるかのようだ。
彼より先に講堂を出た新入生が男女合わせて四人いたが、もう校庭の真ん中に到着している。
彼らは、近づいてくるフェリクスに対して、常に重役出勤する上司でも迎えるかのような渋い顔を向けた。
「何で王族に挑発して、逆に挑発されているんだい? 君らしくもない」
痩せ型で、深緑色の長髪を真ん中分けしている金眼の男の子が、腕を組みながらフェリクスをたしなめる。
彼は、12ファミリーの序列六番手であるミュラー公爵家の、次男アルフォンス・ミュラー。
「あーあ、面倒くさー。なんで、あたしまで呼ばれるのさ」
フェリクスより頭一つ背が低く、赤銅色の髪の毛でショートカット、前髪はおかっぱの女の子が、灼眼の左目、碧眼の右目を半開きにし、腰を下ろして体育座りをする。
彼女は、ファミリーの序列七番手であるザルツギッター侯爵家の、三女シュテファニー・ザルツギッター。
「魔女の力をたやすく利用するなよな」
丸々太った体型で、紅色のサイドテールを揺らす碧眼の女の子が、長い杖を持ちながらイヤそうな顔をフェリクスに向ける。
彼女は、ファミリーの序列八番手であるシュトルツ侯爵家の、次女ゲルトルート・シュトルツ。
「あのような魔法の素人の相手など、わたくし一人で十分ですのに」
華奢な体つきで、金髪の縦ロールを右手でいじる翡翠色の眼の女の子が、過剰に装飾の付いた扇子で顔を扇ぐ。
彼女は、ファミリーの序列九番手であるシュヴァルツコップ伯爵家の、次女カタリーネ・シュヴァルツコップ。
ちなみに、十番手はシャルロッテのアーデルスカッツ侯爵家、十一番手はマリー=ルイーゼのゾンネンバオム伯爵家、最下位はヒルデガルトのリリエンタール子爵家である。
この三つの貴族には、子供がなく、シャルロッテ達が初めての子供だったのだ。
フェリクスは無知をなじるような顔で彼らを見渡した後、おもむろにニヤリと笑う。
「君達の所にも手紙が行っているから知っているだろう? あいつの桁外れな魔力の潜在能力値。メビウスじいさんが大げさに盛っている数字だと思うけど、本当なら化け物だ。魔王と言っていい。だから、一応、用心しないとね」
これにはアルフォンスが腹を抱えて笑い出した。
「ハハハハハハハハハハ! またまた……。何を言い出すかと思えば。ファミリー序列第1位のブリューゲル公爵家の君らしくもない。何をそんなに怖がっているんだい? 魔王だって!? 冗談言っちゃいけないよ! あいつ、こっちの世界に来てから魔法が使えるようになったんだろう? 反対に、僕たちは小さいときから魔法を操っているから、キャリアがまるっきり違うじゃないか?」
「そう。あたしら、物心ついたときからね」
シュテファニーが左手で膝を抱え、右手でソフトボール大の火の玉と水の玉を交互にお手玉のようにして遊ぶ。
「あら、あなたみたいに火、水、風、土の四元素を同時に扱える、序列の高いお方は特別よ」
カタリーネが、お手玉で遊ぶシュテファニーを一瞥し、唇の前で扇子を閉じたり開いたりしながら、ため息交じりにつぶやく。
「朝からマジでだるー。眠くて死ぬー。……あのさ、フェリクス。向こうで寝てるから、ピンチになったら呼んでー。ん、じゃ」
体育座りしていたシュテファニーが大あくびを残し、ふわっと浮いた。
すると、その体勢でスーッとフェンスの近くまで平行移動する。
およそ50メートルを数秒だから、恐ろしい速さだ。
そして、目的地に着地すると、彼女はごろりと横向きに転がった。
「チッ! 怠慢な奴め。……じゃ、作戦会議だ」
フェリクスは舌打ちし、アルフォンス、ゲルトルート、カタリーネと円陣を組んでしゃがみ込んだ。
それから、箒に乗った新入生が続々と校庭に集まってきた。
彼らは、フェンス付近で見物に向いていそうな場所を適当に選び、数人ずつ固まって体育座りを始めた。
グラートバッハ校長も箒に乗って駆けつけた。
彼が周囲を見渡して、生徒の顔を確認しながら、数を数えた。
すると、ここに来ていないのは特待生の六名であることに気づいた。
「まさか、逃げ出してはいないだろうな?」
彼は気が気ではなかった。




