第62話 地下室での引き合わせ
一行様の向かった先は、秘密の地下室。
ここは、店番の彼女も知らない部屋。
扉が一つしかなく、普段は木箱などを積み上げて扉があることすら気づかれないようになっている。
中は、五十人くらいは優に入ることができる広い部屋。
だが、怪しげな機械や実験器具が半分以上を占めているので、それほど広くは感じない。
ここに、高貴な身分の人々が十名、側近五名、随行した警備兵五名、店の関係者二名が入ったのだから、否応なしに狭くなった。
帝国内はすでに電気が通っているが、ここはランプと燭台のロウソクのみの明かり。
窓がない地下室はかなり薄暗く、神秘的な雰囲気を漂わせている。
店の関係者二名が、高貴な人々を前に深々とお辞儀をする。
そして、入念にシンクロの練習でもしていたかのように同時に顔を上げると、老人が緊張を隠せない声で挨拶した。
「本日は貴重なお時間をいただきまして、誠に恐悦至極に存じます。私はハンス・メビウス、彼は助手のゲオルグ・クラウスです」
メビウスは、挨拶を簡単に済ませると、目を細めて聴衆を一瞥する。
あまり目を合わせなかったのは、高貴な方々とその関係者をジロジロ見るのは気が引けたからだ。
彼は、コホンと咳払いをして言葉を続ける。
「事前に本日ご説明する内容につきましては、文書にてお伝え申しておりますが、今一度この場でご説明させていただき、実例もご覧に入れたいと存じます。さっそく私の助手から説明をいたします。では、クラウス、続きを」
クラウスは、「はい」と答えると、人一人が入れるガラスのケースの前へ快活な足取りで移動して、聴衆の方へ振り向いた。
ガラスケースは、中からぼんやりと明るい光が漏れており、その光の具合から所々に七色の光を発している。
その美しくも謎めいた光の発信源は、メビウスの挨拶の前から、ここにいる誰もが注目していたものだった。
今その秘密が解き明かされようとしているのだろうか。
彼は聴衆の表情を一人一人確認するかのように右から左へ視線を動かした後、明朗に、ただし、緊張しているのか、ちょっと早口に解説を始めた。
「ご紹介に預かりましたゲオルグ・クラウスです。さて昨今、我が国の辺境の地では、異常なほどに魔物が出現し、冒険者はおろか魔法使いまでが被害に遭って、命を落とすものが増えていることはすでにご存じかと思いますが」
ここで彼は、うなずく一同を見渡してから、さらに言葉を続ける。
「特に最近は、正しい知識と高い技能を持ち合わせていない非公認、いわゆる野良のような魔法使いが増えてきており、己の力を過信し、冒険者よりも無謀な行動に出ているため、彼らの被害が公認の魔法使いの被害に比べて急激に増えております。
このため、『魔法使い』を名乗る以上、魔法学校でキチンと正規の教育を受けさせる必要があると考えております」
一同がザワザワし始めた。
その意味することを理解できない説明員は、コホンと咳払いをする。
つまり、無言で静粛を促しているのだが、聴衆の耳には届かない。
「この魔法学校に入るに当たり、規則上は保護者が必要になっており。身寄りのない子供達は――」
クラウスが場内のざわめきが消えぬまま、強引に説明を続けていく。
とその時、
「青年!!! 前置きはよろしい!!!」
突如、ローテンシュタイン皇帝エーリッヒの雷のような一喝が落ちた。
クラウスは、その言葉で頭からこっぴどく叩かれ、口から出かかった続きの言葉をゴクリと飲み込んだ。
「そのような話は、我々はすでに知っておる!! 聞いている方は時間の無駄である!! 養子の候補を、今すぐにここへ!!」
クラウスは、『魔法学校への入学手続きに必要な保護者の存在』、『保護者になるためには養子で良いこと』を、順番を追って、理路整然と説明したかった。
でも、確かに聞いている方は、ぐだぐだ説明されるよりは、早く子供達を見たいのである。
こうして、彼の独演会は、最高権力者の一喝で早々に幕を閉じた。
クラウスは気落ちするも、それを表情には出さず、「では、彼らを紹介しましょう」と言ってパンパンと手を叩いた。
「アンジェリーナ! 彼らをここへ!」
彼の呼びかけが合図となって、部屋の外から複数の足音が近づいてきた。
そして、地下室の扉が、もったいぶるようにギイイイイーと開かれていく。
いよいよ、待ちに待った最強の少年少女がやってくる!
室内全員の矢のような視線が、扉の向こうへ注がれた。




