第61話 高貴な人々の異例の訪問
ここはローテンシュタイン帝国の古都ローテンブルク。
いにしえの都と近代的な都が共存する帝国あっては、今なお古き良き時代を思い起こさせる建造物が当時のままほぼ完璧に残されている典型的な街。
通りという通りは、素朴な中世初期から豪華絢爛な中世末期までの建造物で溢れかえり、道行く人々を出迎える。
これらがまるで、人々をおとぎの国へ迷い込んだかのような錯覚に陥らせるため、国内外から毎年多くの観光客を集め、大いに賑わいを見せている。
観光のピーク時になると、3千人程度の住民の10倍もの老若男女が押し寄せるため、メインストリートは帝国首都ローテンハイムに匹敵する混雑ぶりとなる。
建造物を眺める人が観光で歩いているだけなのに、通勤ラッシュアワーのような混雑ぶりになるのだ。
これだけ集まる人が多いと、道路の清掃も大変なことになるのだが、古都の住民にとっては大切なお客様。
諸手を挙げて歓迎するときと同じく、散らかす観光客に不平不満を漏らすことなく、夜中までかかってゴミ一つ残さず綺麗に片付け、翌朝また、新たなお客様を満面の笑顔で迎えるのだ。
つまり、街は、連綿と受け継がれた住民の文化財保護への並々ならぬ熱意によって守られているのである。
今は、季節は晩夏。
徐々に気温が下がって、そろそろ秋風が恋しくなる頃。
気温に反比例して観光客が増えるので、店屋もホテルも準備で慌ただしい。
中心街にある中央市場も、観光客の落とすお金のおこぼれをいただこうと、生鮮食料品以外にも特産品、土産物、はてまた珍品・希少品の準備に余念がない。
屋台も朝から煮炊きやら下焼きやらで、店員は汗だくだ。
ぐつぐつ煮える煮汁の匂い、ジュージュー焼ける肉の匂いが遠くまで漂い、ローテンブルク生まれの住人をも誘っている。
そうした中、皆がそろそろ昼飯の準備にでも取りかかろうとしていた頃、たくさんの馬の蹄の音やエンジンを吹かす音が遠くから聞こえてきた。
道行く人々は、中心街から漂う香ばしい匂い等に腹が鳴って昼飯を思い描いていたが、近づいてくる物音にそんな頭の中の昼飯は吹き飛び、次々と立ち止まって、一斉に音のする方へ向き直った。
見えてきた。
メインストリートに馬車10台、T型フォードに似た車7台という物々しい一行が現れたのだ。
道行く人々はもちろんのこと、通りに面した建物の住民まで、外の異様な雰囲気を察知して窓という窓から顔を出し、車両の隊列を凝視する。
メインストリートの両脇は、ものの1分で何かのパレードさながらの出迎えとなってしまった。
「あれは、皇帝陛下のお車だ!」
「侯爵様や伯爵様のお車もあるぞ!」
「この街にお触れもなくご到着なさるとは、いったい何があるのだろう!?」
誰もが緊張した面持ちで一行を見守り、尖った耳を澄まして、尻尾をピンと立てている。
そう。
ローテンシュタイン帝国の住民は、尖った耳を持ち、尻尾の生えた種族なのだ。
尖ったといっても、横に長いエルフほどではないが。
見物人の中には、獣人もいる。
ドワーフもいる。
数は少ないが、やんごとなき用事でしかここに来ないエルフもいる。
彼らに見守られながら、一行は、街の中心部に近い、とある十字路の手前で止まった。
屋台から漂ってくる匂いで誰もが市場に引き寄せられているので、ここは人通りが多い。
すると、馬車や車から警備兵が降りてきて、近くに集まり始めた野次馬を遠ざける。
その後、ある石造りの建物の玄関から車道へ向けて、警備兵が十名ほど並んだ列が瞬く間に二つできた。
彼らは、実にきびきびと動き、人が四人並んで歩ける幅を保って、互いが向かい合う。
その間を、車や馬車から降りてきた高貴な身分の人々が合計十名、談笑しながらゆっくり歩いていき、建物の中へと吸い込まれていった。
彼らの入っていった建物の看板にはこう書かれている。
『メビウス魔法道具店』
店内は、品物が多いため狭苦しく、何代も前から経営しているかのような古めかしい構えだ。
男性はきらびやかな服装に帯刀姿。女性は裾が広がったドレス。
彼らがこの通路をよく通り抜けられた、と感心させられる。
入り口付近では古風な木製の道具やら骨董品やらが数多く展示されているせいか、古木のようなかび臭いような独特の匂いが店内を漂い、来店者を出迎える。
よく磨かれた魔法の杖がガラスケースに入って並んでいる。
魔女が使う箒のようなものが壁に掛けられている。
安物は傘立てみたいな箱に入っている。掃除用具コーナーでは決してない。
タロットカードのそばに『掘り出し物』とネコの似顔絵が描かれた札が立てかけられているのはご愛敬。
ロウソクが棚にあるが、表面に怪しげな模様が描かれていて、照明用とは思えない。
まじないに使うらしい水晶玉や頭蓋骨まである。
トカゲやら蛇やらのは虫類が、アルコール漬けになったりミイラになったりして普通に棚に置かれているのは、まじない用か。
それらが店の怪しさを一層助長させているのだ。
おっと。店内を見渡していたら、彼らは早くも店の奥へ消えたらしく、眠そうな顔をして店番をする猫族の女性店員しかいない。
急いで彼らを追ってみよう。




